044.「」
そのまま少し眠っていた。
「……オイ、あれか?」
低い声がしてパチリと目を覚ます。
顔を上げれば、そこに自宅のロッジが見えていた。
「うん、ありがと。ここで待ってて。着替えてくるから」
「ハッ、待つかよ。俺も行くに決まってんだろーが」
「一応聞くけど、行くってどこまで? まさか人の部屋までじゃないでしょうね? 人の着替え、全部覗く気?」
「バカが、覗かねぇよ。見張るだけだ」
「一緒でしょ、というかむしろ最悪よ……。いいからここで待ってて。逃げたりしないから」
「逃がすかよ。ここまで付き合ってやったんだ。落とし前はキッチリ付けさせる。ソイツがケジメってモンだろーが」
「うん、分かってる。今度はちゃんとするから」
「……チッ、どんくらいだ?」
「すぐよ」
そうして一人、アルメリアは自室へ戻り、着替えを済ませる。
「気に入ってたのに……」
胸元から大きく裂け、形無しとなってしまった服。
それを手に取り、せめてもの供養にギュッと抱きしめてから畳んだ。
カーテンの隙間に指を差し込み、そっと外をのぞけば。
そこには切り株にズカッと座り込んだレドックスがいる。
「アイツ、まだかよ」とも言いたげな、とても不機嫌そうな顔つきで待ち構えていて。
(一応、待つことはちゃんと待ってるのね……)
その素直さを意外にも思いつつ、ふぅとひと息。
痺れを切らして乗り込んでくるまえにと戻っていくアルメリアだった。
「お待たせしました」
「やっと来やがったか。チンタラしやがって」
「これでもかなり急いできたほうなんだけどね。それと……」
「あァ? アンだよ、まさかまだ何かあるってんじゃあ……」
「さっきのは、ごめんなさい。さっさとギブアップしちゃった件……謝る。あれは、私がよくなかったです」
思いがけなかったのか、アルメリアの謝罪にレドックスの憎まれ口がピタと止まる。
妙な沈黙が流れたが。
「ハッ」
それを先に破り、身構えたのはレドックスの方だ。
「たりめぇだ。オメェが悪ぃ。ぜんぶ悪ぃ。だが俺ぁな、口先だけでチョロっと済まして"ハイおしまい"なんてのは気に入らねぇんだよ。期待させるだけさせておいて、そんなんじゃあシまらねぇ。全然モノたりねぇだろうが」
「うんそうね、だから今度はちゃんと」
「ナマ殺しにすんな。一度その気にさせたんならちゃんと責任取れ。最後のシメまできっちりヤらして俺を満足させろ。本当に詫びる気があんならそれなりに、カラダ丸ごと使って態度で示せや。ケツも腰もしっかり振ってなぁ」
(…………あれ、ちょっと待って。これいま何の話してる?)
「ソイツが誠意ってモンだろうがああああッ!!!」
たぶんレドックスは、謝罪がしたいのなら言葉ではなくきちんと対応で示せとか、そんなことが言いたかったのだと思う。
でもアルメリアには途切れ途切れにしか届いていなかったもので解釈を誤りかけた。ついでにやはり体調も思わしくなく、視界はボヤけてぐらついて。
気付けばいつもと同じ展開。
レドックスから背後に回り込まれていた。
またも首に二の腕がかかり、がっつり締め上げられて。
「う、ぐっ……!」
たとえこのまま落とされることになっても、今日はもうギブアップは使わない。そう決めていた。ペシペシもせず、ほとんど力の入らない腕だけで抵抗していたが。
「オイ……ちょっと待てコラ、オメェ……」
「……っ?」
そんな低い声とともに、拘束が緩められる。
何かと思えば。
「さっきあんだけ冷やしてやったろーが……。なのに、なんでまた火照ってやがる……!?」
驚愕みたく言われた。
そのまま解放され、ガックと頽れる。
(なに、それ……?)
いったい人を何だと思っているのか。
まるで冷やせば治るとでも思っていたかのような口ぶりだ。
そんな単純なものの訳ないのだが。
「ちょっと待って。まさかあなた……風邪とか引いたこと、ないの……?」
「あァ……? んなもん、あるわけねぇだろうが」
アルメリアは心から思った。
ゼェゼェと呼吸を荒らげ、今にもへばりそうになりながら。
「あなた……みたいな人がいるから……」
バカは風邪を引かない。
そんな格言が生まれたのだと。




