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040.「」


 頭から石壁へ叩き込まれ、轟音とともにガラガラと崩れる。

 気付けば、その中に埋もれている。


「え……?」


 いったい何が起きたのか分からない。

 理解なんてまったく及ばないまま。


『なんて言うとでも思ったか!!? そんなわけないだろうがッ!!!』


 響いたのはゲラゲラとけたたましいまでの嘲笑ちょうしょう、そして。


『思い上がるのも大概にしろ、小娘ぇえええええッ!!!』


 間髪入れず、残響さえ掻き消すほどの怒号だった。


『何を言い出すかと思えば……。本当は魔女じゃなかったって? それじゃあオマエ、アタシをずっとだましてやがったってわけか』


「ち、ちが……っ!」


 否定しようとはしたものの、ズキリ。

 起きあがることもままならないほどの痛みにさえぎられる。


『コッチがまったく気付いてないのを良いことに、自分にとって有利に話を進めようとした! 要はそういうこったろうがよおおおッ!!?』


 イズンの怒りはすでに頂点に達していた。

 弁明の聞き入れられる余地なんて、もはや微塵みじんも残されてはいない。


(しまった……。まさか、こんな形で……)


 彼女の逆鱗げきりんに触れてしまうとは夢にも思わず、アルメリアは自身の迂闊うかつさを歯噛みする。


 それでもなお、身を起こし。


「申し訳ありません……。決して、そんなつもりでは……。ですがどうか、お願いします……」


 どうかと声を震わせたのは仲間たちのためだ。


 レドックス・ガレイア。

 あの男はもはや手に負えない。

 自分ごときでは到底、太刀打ちできる相手ではなくなってしまった。


 必要なのだ。対抗手段が。

 今さら仲間たちを見捨てることなんてできないし、この窮状きゅうじょうを招いたのだって元を辿れば自分の甘さに原因がある。


「私にできることなら、他になんだって……!」


 そんな想いから、必死に慈悲を乞うアルメリアだったが。


『――だから、それが思い上がりだってんだよ。まだ呑み込めてないのかい?』


「え……」


『土台から何もかも履き違えてんのさ、アンタ。おめでたいねぇ』


 冷たい声が落ち、そこでようやく思い知る。

 自分がどれほど甘い認識をもってこの場に臨んでしまったか。彼女の前に立ってしまったか。圧倒的な力の差に加えて。


 こちらの言葉なんて、始めから彼女に届くわけがなかったのだと、そのことを。


『私の持ってるコレをあげますぅうう。だから代わりにアナタの持ってるソレをくださぃいい。……馬鹿か? そんなのは、対等であって初めて成立する話だろうが』


 まるで子どものゴッコ遊びを嘲るように彼女、イズン・グランローゼは言葉を続ける。


 別名で『暴食の荊棘』とも呼ばれる、それは『死の森』を統べる絶対の主。


 圧倒的なその存在にとっては他の生あるものなど、ただ搾取さくしゅされるためだけに在る、哀れな家畜にすぎない。


『家畜の言い分に逐一耳を貸す飼い主なんざいると思うのかい? 生き永らえたいのなら差し出せ。差し出せねぇなら血肉から骨まで何もかもむさぼり喰われろ。それが世の中のルール、常識ってもんさ』


 クッチャクッチャといつまでも食い物を噛み潰し、ねぶり咀嚼そしゃくするように。ネチネチと。


 そう――イズンがいきどおっているのは、アルメリアが真実を秘匿ひとくしていたこと自体にではなかった。


 それも一因だが、決定的だったのは。

 あろうことか、他の魔樹ざっそうが。


(たかが人の皮を被ったくらいの、マンドラゴラ風情ふぜいが……ッ!)


 あたかも対等であるかのように振る舞い、交渉を持ちかけてきていたこと。その不遜ふそんさにこそ、彼女は逆鱗げきりんを撫でられたのである。


 怒りが爆発し、収まらない。

 たしかに特別なマンドラゴラというだけあって、アルメリアの血は絶品だった。


 思わず舌の上で転がし、舐め含むように嚥下えんか

 あまりの芳醇ほうじゅんさに、吐息すらもらしてしまう。


(アタシはこれが……欲しい……! もっと、もっと……!)


 さらに求めずにはいられなくなるほどの味わい深さだったが。


 その素性がマンドラゴラと知れた以上、もはや交渉のテーブルに付く必要性すらない。


『何でもするだって? ケッコーさ、要らない。気持ちだけ受け取っとくよ。オマエはもうなんにもしなくていい。ただ、差し出せ。アタシが欲しいときに、欲しいって言った分だけきっちり搾り出して寄越しな。――なぁ』


 今までだってそうしてきたように、イズンのすることはただ1つ。

 生きる価値も資格もない雑草ども・・・・を捩じ伏せ、そのすべてからすべてを強引ごういんに奪い取る。


 権利も、尊厳も。

 横奪する。簒奪さんだつする。

 何から何までむしり取ってやる。


 それだけだ……!


 ボコボコと地を揺るがす轟音とともに、割れた大地の裂け目から這い出した無数の触腕がのたうち、暴れる。


 抵抗すれば命はないと、そう言外に示す圧倒的な威圧感。

 負傷したアルメリアを縫い留める、冷酷無慈悲なその眼差しは。


『アタシの言っている意味、分かってんだろうねぇ……?』


 価値のない下僕げぼくを心の奥底からさげすみ、見下す支配者の冷たい眼光。


 それ以外の何物でもなかった。

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