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038.「」


 しかし、だからこそ鼻持ちならない。


 いつもの時間、いつもの場所におもむけば、そこに魔女はいたが。


 まだしっかり靴をいたままだったもので。


「なにボサっと突っ立ってやがる。さっさと脱げよ。裸足じゃねぇと全力出せねぇんだろうが」


 それくらいは待ってやろうと、首をクンとしゃくってうながしたところ。


「来てもらったところ悪いんだけど……。実は、今日はちょっと使えそうもないのよね。最終奥義」


 まったく悪びれもせず、いきなりそんなことを言い出したのだから。


 思わず頭に血がのぼる。

 のぼりかける。


「ちょっと待てゴラ。じゃあ、ナンダ……? 散々らして引っ張って前振りでわざわざ確認まで付けておいてやったってのに……。結局用意できませんでしたって……オメェが言いテェのは、要はそーいう言い分ってことかよ……?」


「……まぁ、そういうことになるんじゃないかしら」


「あァ?」


 そのときレドックスが怪訝けげんな顔つきとなったのは、魔女のあまりに淡白な受け答えに不審の色を見てとったからだ。


(なんだ……? 妙にサッパリしてやがんじゃねぇか)


 こちらに興味関心もなさそうな態度は癪に障るし、出会って間もないころを彷彿ほうふつとさせるが。


 一方で不穏なピリ付きも感じる。

 怒っているようにも見えた。


「なにガン垂れてやがる。文句付けてぇのはコッチだぜ」


「だから謝ってるじゃない。それで悪いんだけど……今日はもう帰ってくれる? 中止。いいでしょ? ここまで毎日付き合ってあげたんだから、1日くらい融通きかせてくれても」


「……明日なら準備できんのか?」


「それも確約はできないわね。善処はするけど」


「よぉ、なんだ? さっきから聞いてりゃあよォ。随分じゃねぇか、オメェ……!」


 えかね、ブォンとレドックスは振った木刀で風を切る。

 少なくともこのままオメオメ帰るなんて選択肢だけはあり得なかった。


「シまらねぇだろうが、そんなオチじゃあよォ……!」


 最終奥義なんてものの存在が、ここに来てだいぶキナ臭くなってきたことは、さておきとしても。


 せめていつも通りの形式で、ゲームを進行しようとする。

 落としまえを付けさせようとする、が――。


「……分かったわよ。それじゃあ」

「ハッ、それでいい。ようやくその気に」

「ギブアップ」


 それが魔女の答えだった。

 まだ始まりもしないうちに、さっさと試合をほっぽり捨てて。

 あまりにツッケンドンな無条件降伏。


 瞬間レドックスのなかで、何かがブチンと音を立ててキレる。

 気付けば間合いを一瞬で詰め、魔女の首をワシ掴みに、高々と持ち上げていた。


「よぉ調子ブッコいてんじゃねぇぞ、クソジャリ……。いいか、俺ぁな……弱ぇヤツはキラいだ。ケドなぁ……それ以上に胸クソの悪くなるモンだってあんだよ」


「っ……!?」


「本当は強ぇのに、ダラけて手ェ抜いてるヤツとかなぁあッ!!?」


 ギリギリと締め上げていく。


「放、して……っ! ルールと違うでしょ! ギブアップしたらそこで試合終了って……!」


「んなモン認められるわけねぇだろうがよおお!」


 これでも我慢はしてきたつもりだ。

 10回も連続で転がされたから、取るに足らない相手と見なされたのだろう。


 だから手を抜かれたって、文句を言える立場ではないとこらえてきたのではないか。1日1戦までなんてミミっちいルールにも従ってやった。


 だというのに――。


「いくらなんでも限度ってモンがあんだろうがッ! 俺をオモチャにして遊んでんじゃねぇぞ! コケにすんのも大概にしやがれえええッ!!!」


 がなり散らすかのようなレドックスの怒号が轟く。

 それでも魔女の態度は変わらなかった。


 おろか開き直ったのか。

 「早く終わらないかな」とでも言いたげな、覇気のない顔つきでこちらを見下ろしていて。


「……あぁ、そうかよ」


 それを受け、レドックスもついにキレた。


「もういいぜ。今日のオメェがトコトンやる気ゼロってのはよく分かったからよ。だったら話は簡単だ」


「…………」


「無理くり、その気を引きずり出してやる」


 宣言するなり、レドックスは無造作に手を伸ばす。

 首を締めたまま胸元にガッと手指をかけるなり、そのまま破り捨てるように大きく布を引き裂いた。


 ビリビリと衣服がはだけ、肌着もいくらか露出する。


(オンナをキレさせるなら、こうすんのが一番手っ取り早ぇからな……!)


 それは経験則に基づく、一番有効そうなメソッドの実行だ。

 まさか下心などまったくない。

 こんなガキンチョ体型に唆られるモノなどカケラもあるものか。


 狙いはただ1つ。

 相手をカッとさせ、怒らせるため。

 平手打ちの1発も引き出さんとする、野蛮極まる挑発で。


(どっからでも来やがれ。ま、食らいやしねぇがな……!)


 すでにガードの構えも取っていたのだが。


「……あ?」


 まさかだった。

 何も起こらない。

 そのときレドックスはようやく異変に気づいた。


 いつになく魔女の顔が赤らんでいる、そのことに。


「……なにをトロけてやがる。息もやけに荒ぇな。ハァハァしやがって、なんかエロいぞ。マジで発情でもしてやがんのか?」


 魔女から返事はない。

 妙な空気が流れる。


(なんだコイツ……? まさか勘違いして、いい雰囲気に持ち込もうってんじゃ……。ムード作りでもしてんのか?)


 ほんの一瞬だけ、そんな疑念も脳裏をよぎったが。


「つーかよ、オメェ……」


 違った。

 そこで気付く。


「なんかやけにアチィぞ」

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