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036.「」


(昨日のあれは……ただの偶然よね……? 本人も調子がいいとか言ってたし……。とにかく今日は引きずらないようにしないと……!)


 10勝3敗。


(大丈夫……! たしかに昨日一昨日おとといと負けちゃったけど、まだ全然あとは残ってるんだから! 落ち着いて、自分のペースでやれば……!)


 10勝4敗。


(今日こそは絶対に……! たぶん気持ちで負けちゃってるんだわ……! 今まで通りにやれば負けるはずなんてないんだから……! 大丈夫、深呼吸して……!)


 10勝5敗。


(な、なにこれ……どうなってるの!? こんなの、動きが今までと全然違うじゃない!? いくら調子が良いって言ったって……! これじゃ速すぎて、目で追えな――!)


 10勝6敗。


(ちょっと待ってよ……! こんなのいつまで続くの!? もう全然、気持ちの問題なんかじゃ……ぴっ、ピィイイイイーッ!??)


 10勝7敗。


 そして、今日。


「ぎ、ギブアップ……! ギブアップてばーっ!!!」


 いつかのようにアルメリアは、背後から回り込まれたレドックスから羽交締めにあっていた。


 首にガッキと食い込んだ、鉄輪のような二の腕をペシペシし、降参を伝える。


「チッ……んだよ、もうコーサンかよ。ツまんねぇな」


 急ごしらえとはいえ、事前に定めてあった安全ルール。

 それが功を奏して一応、渋々ながら緩めては貰えたが。


 下ろしてもらえないまま、襟元をつままれて宙吊りにされる。

 まるでイタズラをした猫をつかみ上げるかのように。


 ちなみにレドックスとアルメリアでは体格差がありすぎて、こうしてひとたび持ち上げられてしまえば、地に足はまったく付かない。


 ともすればアルメリアの戦闘力は皆無だ。

 抵抗のしようもなく吊るされるしかないのだが、そのうえで。


「この頃やけにヘタれてんじゃねぇかよ、オイ。なんだオメェ、フザけてんのか?」


 レドックスから睨みをえられる。

 その声音には明らかな怒気と苛立ちがにじんでいた。


 無理もない……こととは思うのだ。

 なにせここ数日、アルメリアは毎度お馴染みのパターンで負けている。


 大体こうやって後ろをとったり、足元を掬われたりして……。

 あっけなく終わってしまうのだ。


 またピィイイ事件が発生する前に、早々にギブアップしてしまっていることも不服を買っている要因の1つだろう。


 ふざけてない。

 ちっともそんなことはないのだが……。


「そんなこと、言われたって……」


 どういうわけか、アルメリアはレドックスにまったく太刀打ちできなくなっていた。


 決してアルメリアが不調を来たしているのではない。

 彼が突然、強くなったのだ。

 以前までとは比較にならないほどに……。


 でもその自覚が、当人にあまりないらしくて。

 近ごろはアルメリアが手を抜いているものとさえ思っているようだった。


「それとも夜通しかけて、よっぽど頑張ってんのかよ?」

「何言ってるの。もういいから、早く下ろしてよ……。1日1戦、ギブアップって言ったらおしまい。そういう約束でしょ……?」

「……チッ、買い文句のひとつも聞けやしねぇ。澄ましやがって」


 舌打ちとともに、レドックスは下ろしてこそくれたが。


「オメェの方こそ、わぁってんだろうな?」

「え……」

「え、じゃねぇよ。今日で約束の10勝8敗だろうが」


 思い出したように、そう釘を刺される。


 実は先日、約束してしまっているのだ。

 こちらが8敗したら、例の最終奥義。

 それを使って全力で相手をする、と。


(まさかその場でテキトーに言っただけのハッタリが、ここまで尾を引くことになるなんて……)


「ここまで散々、焦らしに焦らしやがったんだ。明日はよっぽど期待してていいんだろうなァ?」


 レドックスもきっちり、それを覚えているようだ。

 今さら、実はそんなの無いだなんて言えない。

 何より――。



(手を抜かれてるって、そう思われてるうちはまだ良いけど……。もし、そうでなくなったら……)



 ちゃんと対抗手段はあるのだと示せなければ。

 いよいよレドックスはこちらに、敵としての興味を失うだろう。

 そうなれば自分は当然として、かくまっている同胞たちの命もいずれはおびやかされることになる。


 それはアルメリアにとって、冗談では済まされないリミットとなって重くのしかかっていた。



(もう、これ以上は……)



 負けられない。後がない。



「……うん」

「はっ、ならいい。楽しみにしてんぜ」



 アルメリアが小さく頷くと、レドックスは満足そうに引き上げていく。

 その背を見送りながら。



(仕方ない……)



 アルメリアはある決断を下す。

 ワラにも縋る思いでその後、残された最後のアテを訪ねに向かうのだった。

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