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035.「」


 さてこれは、あくる日のこと。


「はぁ……なんでこんなことになっちゃったんだろ」


 アルメリアは森の奥でため息をつきながら待ち合わせていた。


 死んだフリ――だなんて。

 あまりに稚拙ちせつでバカバカしい手にまんまと引っかかり、敗北を喫したのが昨日のこと。



『ひとまず明日だ。いつもの時間、いつもの場所で待ってやがれ。クビ洗ってな』



 とのことで仕方なく、大人しくそのときを待ってはいるものの。

 今になって不満がいっぱいだ。


「なーにが寸止めルールだか……」


 人狼。

 レドックスの正体がそんな、アルメリアにとって天敵同然の存在と分かり、恐怖に押されてつい承諾してしまったが。


(大体それを言うなら、私だって……)


 すでに十回分も、レドックスに何かしら命令できる権利があるということではないか。というかもう、再三に渡って言いつけてきた。


 来ないで!

 帰って!

 しつこいって言ってるでしょ!

 もうウンザリ!

 いい加減にして!

 何回言ったら分かるの!?

 次来たらもう許さないからね!?


(それをあの男と来たら……!)


 ウッセーな、オメェ。

 カァちゃんか?

 コーネンキか?

 ざけんな、それじゃフコーヘーだろうが。

 ヒスってんじゃねぇぞ。

 ピーピー喚くな。頭ンなかカラッポか?

 ケツアナの小せぇこと言ってんな。


 あー言えばこう言って……!


「私の言うことなんて、ひとっつも聞かなかったじゃない!!!」


 思い出すだに腹が立ってきて、くらー。

 気付けばグーを突き出し、プンスカと人気ひとけのない森に向かって一人抗議していた。


「…………」


 我ながら何をやっているのか。

 そんな自分をふと客観視し、急にクールダウンしつつ。


(まぁいいわ……)


 アルメリアは気を取り直す。

 命名はともかくとして。

 そう、寸止めルール。


 自分で言い出したからには、もう言い逃れなんかさせない。


(今日きっちり一本取って、もう二度と此処へは近づかないよう言いつけてやればいいのよ……!)


 つまり現状は11点先取の10対1、マッチポイントということ。

 ゲームセットを目前にそう意気込むアルメリアだった。


(ここまで散々、振り回されたけど……)


 それも来たる一戦で終わるというなら……。


 仕方ない。


(今日くらいはガマンして付き合ってあげましょうかね……)


 ここはオトナの対応をすることにして。



「――なんだァ、オイ。見ててムカつくのはいつものこったが、今日はまた一段と鼻につくツラ構えしてやがる。えらく張り切ってんじゃねぇかよ。発情期か?」



 そうこうしているウチに、彼は来た。


「徹底的にブチ負かして泣かしてケツ引っ叩きたくなんぜ」


 獲物を狙い定めた狼のように、野蛮な笑みを釣り上げるその男、レドックス・ガレイアが。例によって肩元でペチペチと木刀を打ち鳴らしながら。


「確認だけど……負けた方が勝った方の言うことを聞く。絶対、何がなんでも聞く。屁理屈もなし。それでいいのよね?」


「ハッ、今さら何言ってやがる。今までもずっとそうだったろうが」


「……そ、もう突っ込まないけど。じゃあ私からもひとつ、ルールの追加提案をします」


「あァ? 追加ルールだァ?」


「もし相手がギブアップと言ったら、ちゃんとそれを認めること。昨日みたく最後まで締め上げたりするのは禁止。どう?」


「んだ、そりゃ。ビビってんのか?」


「そんなんじゃないけど。べつに、ただ安全のためよ」


 それは念の為の安全策だった。

 なんとなくしか覚えてないのだが。



『ピィイイイイイイイイイーーーーッ!!!!!!!』



 昨日のとき自分は、マンドラゴラのかなり本能的なところが覚醒していたように思う。


 万が一にもまた同じことが起きて、実はマンドラゴラ疑惑が深まったりしても困るので。


「いいじゃない、それくらい認めてくれたって。ただでさえ、あなたが勝手に決めたルールなんだから。そういうのはちゃんと事前に、当事者同士で話し合って決めるものだと思いますけど?」


「……チッ、しゃーねぇな」


 よし。


(ま、どうせ適用されることのないルールとは思うけどね)


 思いつつ、アルメリアも構えた。


 レドックスのことだ。

 きっと勝ち越すまで、勝った権利を“再戦させろ”と要求につぎ込む気だろう。


(つまりこのままいくと、最低でもあと9回……)


 こうして意気揚々、乗り込んでくるつもりでいる。

 さすがにそれは付き合いきれないし、色々ともたない。


(今日勝って、終わらせる……!)


 そんな意気込みでいたから、アルメリアに油断はなかったのだ。


 前もって靴も脱いでおき、しっかり草を踏み締める。

 全力交戦の構えを取っていた。


 ところが――。


「あぁそうだ、それとな。先に言っといてやるが」

「……へっ?」


 レドックスの姿が掻き消える。

 瞬きほど刹那の間に視界から消え失せ、次の瞬間には――お腹のあたりにカクンと下から突き上げるような軽い衝撃が。


「今日は今朝から、妙にノっててな。アタマが冴えてやがる」


 気付けば俵担ぎにあっていた。

 いつの間にか視界が地面に向いてのチューブラリン。

 どう手足を伸ばしたところで、もう地面には届かないことになっていて。


「……えっ? ちょ……!?」


 まったく何が起きたかも分からないうちに。


「サイコーにブチ上がってんぜ。いまの俺はァ」


 ――10勝2敗。

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