031.「」
「……う?」
ライナルトが次に目を覚ましたとき、そこはギルドの療養所だった。
いったい何があったのか。
直前、自分の身に何が起こり、どうしてここにいるのだったか。
なにも判然としないまま、しばらくは投げ出されたように白い天井をただ見上げ、ボーッとしていた。
そうしている内にまた意識が遠のき、トロンと瞼も落ちかけてしまったものだが。
そのとき意識が急浮上。
脳裏に稲妻が炸裂し、跳ね除けるように飛び起きる。
「そうだ、俺は……」
ムシウルとグランダムに襲われて、そのあとたしかジルクリフに……。
『いまオマエに打ち込んでやったのは僕が持ってるなかでも、とびっきりスペシャルな猛毒さ』
――だったはずだが。
「まだ、生きてる……?」
いやたしかに、すぐに死ぬような毒じゃない的なことは言っていたように思うし、現にあれから丸一日も経っていないけれど。
「それにしたって……」
これではいくら何でも拍子抜けというか。
たしかにまだ気怠くはあるし、痺れるような感じも残っている。
でも手指はしっかり握れるし、そこそこ動けもしそうだ。
ラジオ体操くらいなら、たぶんいける。
ぶっちゃけこれなら、毒を受けた直後の方がよっぽどキツかったくらい。
わりとケロリとできていて。
(なんか、思ったより軽いな……?)
そう思わずにはいられないほど安穏とした1日目の容体に、かえって釈然としなくなるライナルトだった。
「もしかして誰かが解毒してくれたのか? いや、でもできないって言ってたしなぁ……」
ブツブツと独り言を漏らしつつ、ほかに思い出せることはないかと記憶を辿っていく。
一人思案していた、そのときだ。
キィィィン――と傍から澄んだ音が響いたのは。
視線を向ければ案の定、そこに立てかけてあったのは大切な相棒。
ライナルトの代名詞ともなっている金色の愛剣だった。
「おっ」となる。
ちなみにその剣には『ルミナリス』と名前があって、愛称でルミと呼んでいるのだが。
「なんだよ、ルミ。居るなら居るって言ってくれよ。なぁそれで聞きたいんだが、これって今どういう状況なんだ? 俺は昨日毒にやられて、ジルが来てくれたってあたりまでは何となく覚えてるんだが……。どういうわけか、今のところそんなに苦しくなくってな。あっ、ひょっとしておまえが何かしてくれたのか?」
キィィィン!
「え、なに? それどころじゃない? 事情はあとで説明する? どうしたんだ? なにをそんなに慌てて……」
キィィィン!!
「いいから来いって……ちょ、ちょっと待ってタンマ。正直、俺まだキツいんだよ。苦しくないって言ったのは“思ったよりマシ”ってだけで、ピンピンしてるってわけじゃ……とりあえず分かるように説明を」
キィィィン!!!
――だからそんな時間ないって言ってるでしょ!!!
ライナルトにしか聞こえないそんな一喝とともに、ブォンと剣が宙に舞い上がる。
それがライナルトの手指の触れたその瞬間から、彼の体は彼のものであり、彼のものだけではなくなった。
意思に反して、勝手に動き出す。
ガシャガシャと慌ただしく最低限の装備と盾だけ身につけると、ガラガラドン!
まるで制御の利かない暴れ馬に振り回されるように――ないしは。
「ルミィぃいいいーっ!!?」
鬼嫁に尻を叩かれて無理やり引きずり出される夫がごとく。
ライナルトはほとんど剣に引っ張られるようにして病室を飛び出していた。
ちなみにこれは余談だが――。
ライナルト・ガレイアは周囲からしばしば“変わり者”扱いされることがある。
面倒見がよく性格もおおらか。
加えてリーダーシップにも優れているため、基本的には多くの者に慕われているし、仲間たちからの信頼もすこぶる厚いのだが。
なにぶん今のように、名前まで付けているらしい愛剣に時おり話しかけることがあるもので。
おまけに「やめてくれぇぇ!」などと情けない悲鳴を上げながら、荒れ狂う魔獣を相手に凄まじい剣筋を繰り出していることもあるのが、その所以だ。
『いったいなんなんだ。ありゃあ……』
『ライナルトさんって、やっぱどっか変わってるよな』
そんな風にも言われてしまうが。
でも、これこそが真相だった。
言ったところですんなり信じてくれる者はまずいないが……。
ライナルトは愛剣ルミナリスと真に心を通わせている。
時にはその体の主導権を巡って押し問答を繰り広げ、取り合いっ子になるほどに。
そして大抵の場合は今のようにルミナリスが勝つ――というか、ライナルトが折れるわけだが。
さておき道中、そんなルミナリスの説明からライナルトはすべてを知るのだった。
「なに……!? それは本当か!?」
昨晩のムシウルの襲撃から、いま修練場で何が起きているかまで、ことの次第と詳細を。
さらにはルミナリスだけがしかと目撃していた、ライナルトが眠っている間に療養所へ忍び込み、解毒ポーションを口に含ませて去っていった“ある少女”の存在についても。
「……っ! 分かった、急ごう!!」
そうして時点は現在へと合流する。
もはや剣に引っ張られるのではなく、ライナルトは自らの意思で駆けていた。
ルミナリスの言った通り、熾烈を極めていた弟たちの剣戟。
また、そこにもう1人居合わせていた赤毛の少女。
その傍らを疾駆し、間にガキンと割り込んで。
「……そこまでだ、2人とも。剣を引け」




