030.「」
されど程なくして、その予感は的中してしまう。
昨日の昼どきのことだ。
「なに? 見たこともない魔獣が現れただと……?」
「はい、正確には魔蟲――インセクト型のモンスターとのことですが。どうもそれが極めて強力な毒を持っていたようで、多数の負傷者が出ています」
「毒か、それは厄介だな……。死者は出ていないのか?」
「はい、例のポーション屋が……。全員、なんとか一命は取り留めました」
「なるほど、またあの子か。本当に世話になってばかりだが、礼はまた改めて伝えに行くとして。とにかく分かった。俺が向かおう」
それで森に赴いたところ、予期せぬ襲撃を受ける。
「おまえが金剣のライナルト。例のバカ兄弟の長男坊だな?」
まるで全身にコバエが集っているかのような、それは少年の姿を象った何かだった。
ゾワリと肌の泡立つような戦慄をもって、その存在の何たるかを即時に悟る。
「蠱毒のムシウル……!」
一対一であれば遅れは取らなかっただろう。
その場にはライナルトに同行する他の冒険者たちもいたが、応戦しつつ安全に退避させることもできたはずだ。
たが、敵はもう一人いた。
「フハハハハ! ようやく辿り着いたか、勇敢にして愚かなる挑戦者たちよ! 長らくこの刻を待ち侘びたぞ!」
ズンと大地を揺るがし、後方より現れたのは六つ腕の巨体。
「まさかあれは、戦鎚のグランダムか……!?」
これは後に判明したことだが――。
どうもグランダムは屈強なフルメイルのなかに身を隠し、冒険者を装って隊列の最後尾に同行していたらしい。それが満を持して正体を明かし、携えた戦鎚をもって後方から襲いかかったと。
森の奥底より湧き出し、ワラワラと群れを成して襲いくる毒蟲たち。
そして力任せに振り翳される、6本もある戦鎚の猛攻。
その挟み撃ちから、ライナルトは必死に仲間たちを守った。
庇おうとした。
だが、その結果として。
「アハハ、必死だねぇ。でも良いのかい? 仲間の心配ばっかしててさ。ほら」
気付けばムシウル本体が背後に周り、その体からぬらりと滴る毒針が突き出される。
「背中がお留守だよ」
「ぐっ!?」
せめて差し違えにと振り返り際に剣を振るったところで、ムシウルは小さな蟲の集合体。
「ムダだよ」
斬撃は空を裂き、ブブブと霧散するばかりだった。
そうしてわずかに離れた位置で再び寄り集まり、これ見よがしに三日月の笑みを浮かべる。
瞬間、それを捉えるライナルトの視界がグニュンと歪んだ。
「フフ……どうだい? さっそく効いてきただろう? いまオマエに打ち込んでやったのは僕が持ってるなかでも、とびっきりスペシャルな猛毒さ。三日三晩、じっくり悶え苦しみながらあの世へ行けるぞ。言っておくが、どんな解毒ポーションも効かないからな。それこそマンドラゴラでもあれば話は別だろうが……お互い、あのクソ女には手を焼かされてるってわけだ」
「なんだ、ムシウルよ。ここでトドメは刺さんのか?」
「放っておいたってどうせ死ぬんだ。必要以上の危険なんか僕は犯さない。やりたきゃ、やれよ。ただしヘマするのだけはやめてくれよ? せっかくこれで2対2――イーブンになったのに、ここでおまえがやられたりしたらお笑いにもならない」
「フン。見くびるな、と言いたいところではあるが……まぁ良い。弱り切った相手を討つなど、我が流儀に反する。我の望む立ち会いは常に正面から――全力の相手との真剣勝負に限ると、そう決めておるからな」
「真剣勝負だって? その図体に腕6本もぶら下げといてよく言うよ。今だって思いっきり後ろからいってたじゃないか。それでいて『ようやく辿り着いたか挑戦者たちよ』だ。なに言ってんだ、一緒にノコノコ歩いてきたんだろうが!」
「ええぃ、黙れい! それ以上の愚弄は許さんぞ!!」
途中からは意識を繋ぎ止めるのに精一杯となったライナルトに、そのやり取りは届いていなかったが。
そのとき遠くで雷鳴が轟く。
「……っと、早いな。この気配は次男坊か? もう来たのか」
「どうする、ムシウルよ。此処でこのまま迎え打つか?」
「……いや、ここで欲をかいて三男坊まで来たらコトだ。手筈通り、次男は最後にオマエがやれ。先に三男を仕留める。もっと確実な手段でな。ここはいったん退くぞ」
「良いだろう。急いては事を仕損じると云うしな。焦らず機を待つこと、それもまた一流の武人に欠かせぬ心得よ」
ナゾの我が物顔でそんな大言壮語を言い放ち、満足げに頷く。
そして踵を返すとズシズシ、グランダムは行ってしまった。
「エセ武人め……」
一応、当人には聞こえないよう配慮はしつつ。
ムシウルは最後、突き立てた剣を支えに膝をつき、苦しそうにしているライナルトに言葉を残す。
「あばよ金剣。心配するな、残りの弟たち2人もすぐに送ってやるさ」
どうせもう聞こえてないだろうことまでを見越して。
「また今夜だ」




