023.「」
たいへん不適切な発言があった。
しかしよくよく聞いてみれば、彼が言いたかったのはどうやらこういうことらしい。
初日にレドックスを打ち負かしたとき、アルメリアは彼を宙吊りにしている。そのうえで許す代わりに、なけなしでも謝罪の弁を引き出そうとしているわけだが。
『……あんだよ。気ぃでも変わりやがったのかと思えば、寸止めかよ。ガキのツラしてやらしいな、オメェ』
そのときにこんなカギカッコがあったのだ。
つまり――。
「あなたはそのときの……そんなことをまだしっかり根に持っていて、私にその仕返しがしたいと?」
「そういうこった……が、言い回しが気に食わねぇな。俺がミミっちぃこと言ってるみてぇなニュアンスしれっと込めてんじゃねぇぞ」
そういうことらしい。
勝負に勝つ → 吊し上げる → 下ろしてやる代わりに相手に何か1つ言うことを聞かせられる。
どうもレドックスの中ではそんなローカルルールが出来上がっていて、セットで「寸止めルール」と呼んでいるようだ。簀巻きにされている以上、今回のウィナーがレドックスであることに否定の余地はない。
こちらに何か1つ、言うことを聞かせられる。
ようやっと"寸止め返し"ができる。
こっからが美味しい時間だ。
それを語気強めに言い放った結果、ああした物言いになったとのことで。
「なんて迷惑な言い換えなの……」
簀巻きのまま頬を赤らめ、ヘナヘナと頽れるアルメリアだった。
「なぁ、やっぱオメェ見かけによらず、とんでもなくヤラシイだろ。なに想像してやがったんだ?」
「誰だってするわよ! だって、こんな状況で……!」
「あぁ〜? なァに言ってんだかサッパリ分かんねぇなぁ。どんな状況だと俺に何されるってんだよ、オイ」
「それは、だから……! その……」
想像力がキャパオーバー。
真っ赤に染まった顔から、ボウンとショートする。
「もういいから……。これ、早く解いてよ……」
シクシクなりながら、ヘンと踏ん反り返っている狼頭に白旗をあげるしかなかった。
◆
てっきり最初はその勝利者権限を使って、マンドラゴラのことを訊かれるのだと思った。
アルメリアの立場上、それをされると極めて厄介なことになる。
自分を売るか、仲間を売るかみたいな選択を迫られてしまうのだが。
「へ、再戦……?」
思いもよらず、レドックスがしてきた要求はそれだけだった。
要するに、現状の戦績は彼からすれば1勝10敗なわけだが――その事実が、どうにも鼻持ちならないらしい。
「ひとまず明日だ。いつもの時間、いつもの場所で待ってやがれ。クビ洗ってな」
ちなみにそのとき、アルメリアは手首をスリスリ摩っていたところだ。
やっぱりギッチギチに縛られたうえから、さらに簀巻きにされていた。
おまけに力加減というものがまったくなっておらず。
(痛たた……。もう……体じゅう縄目の跡だらけじゃない……)
やっと締め付けから解放されて、手首から労わっていたところなのだが。
そんな折に、ピッと胸元に差し向けられたのが鋭利な尖端だ。
そのままチョンと突いたりしたら、あっけなく串刺しにされてしまいそうなほどに、それは尖った獣人の爪先。
「…………」
付けてやりたい文句はヤマとあるのだ。
釈然としない。
勝った側が相手に言うことを聞かせられる「寸止めルール」なるものをさっき、彼はゲラゲラと笑いながら提唱していたが。
(私の言うこと聞いたことなんて、これまで一度もなかったじゃない……)
とか。
(そもそもこの人、なんでここに来たんだろ……? マンドラゴラのことを聞きにきたんじゃなかったの……?)
とか。
その他もろもろ、不可解もある。
でも一応、今日はこのまま返してくれるみたいだし。
「なァに人のことジロジロ見上げてやがる。上目遣いのつもりか? 言ってんだろーが、オメェじゃ全然そそらねぇ。まったく足りねぇんだよ、色気がな」
なんかもう、どうでもよくなってしまった。
この男のことだ。
何も考えてない可能性も十分あり得る。
というか、そっちの方がずっと高いだろう。
(ヘタに突いても藪蛇だろうし……。かえって面倒なことになるまえに、ここは……)
とりあえずオーケー。
承諾し、そこで別れとしたのだった。
「帰るって、どこに……?」
一人取り残され、帰路に付いてからもなかなか現実感というものが追いついてくれないまま。
立ち止まる。
「人狼、ね……」
見上げた夜空に、煌々と満月が輝いていた。
そして――。
結局それからもズルズルと日を重ね、気付けば今日まで2人の奇妙な関係はなんだかんだと続いている。
いろいろあってポーション屋までやることになったが、ともかく。
アルメリアの正体がマンドラゴラであることを、彼はすでに知っていた。




