020.「」
「んなっ……!?」
いったい何が起きたのか分からないまま、気付けばアルメリアはエビぞりみたいな体勢に。下から抱え込まれるようにレドックスからガッチリ首をホールドされ、力いっぱいに絞めあげられていた。
「よぉクソジャリ、久方ぶりじゃねぇかよオメェ。3日ぶりくれぇかァ?」
「どう、いうこと……!? あなた、やっぱり……!」
「ヤられてるわけねぇだろうが、ボケナス。大方さっきオメェがぶっこいてたマンマだっつーの」
――そう。
つまりはここまでがレドックスの仕込みだったということ。
先ほど披露されたアルメリアの推理は、ほぼドンピシャで正答を射抜いていたが。
散々煽られてもネタバラシをしなかったのは、その先に万に一つだってあるかもしれない油断や隙を引き出すために他ならない。
息を殺し、ずっと待っていたのだ。
獲物を狙い定める獣のように。
アルメリアの警戒が緩み、ガラ空きとなるその瞬間を。
千載一遇の好機を。
そして今、満を持してその喉笛に喰らい付いたところになる。
つまりこれは、ひたすらに根気強く、我慢に我慢を重ねて掴んだ――。
「意地と根性のガマン勝ちってわけだ。激アツだろうがよ、オイ」
「……っ!?」
「もっとも、本当の勝負はこっからだけどなァ……!」
凶暴な笑みを釣りあげながら、そのときだ。
レドックスがアルメリアの首にクロスさせた腕っぷし。
そこにいよいよ本格的に力を籠め始めたのは。
そのままギリギリと、渾身の力をもって締めあげていく。
(ぐっ……!? なんて力なの……!?)
そもそも性別からして違い、体格の差だって火を見るより明らか。
経験したこともないような怪力に、アルメリアは抵抗の術が見つからない。
(こんな力勝負じゃ、とても敵わない……!)
そう断ずるや否や、アルメリアは放した片手を地面に向かって伸ばそうとした。
(指先でも、届けば……!)
首のガードを捨ててまで踏み切った、一か八かの決行だったが。
「おおっと、危ねェ……!」
下にいるレドックスから体勢そのものを傾けられ、難なく防がれてしまう。
引き換えにアルメリアの首元には、鉄輪のような二の腕がいっそう深く食い込んで。
「やっぱそーか……そーいうことかよ、オメェ! やっと読めたぜ、カラクリがなァ!」
勝ち誇ったようにレドックスは吠えた。
「体のどっかが地面に触れてねぇと、あのウゼェ根っこドモを呼べねぇんだろォ!?」
「べ、べつにカラクリってほどのものじゃ……。こんなの、誰でも気付くくらいの……」
「だから俺とやるときは毎回、イチイチ裸足になってやがったのか。最初はなんのプレーかと思ったが。はっ、だったら話は簡単だぜェ」
どうにか返そうとした憎まれ口も、さらにレドックスが力を込めたことで喉の奥で潰された。そのままさらに苦しい体勢にもっていかれて。
「このまま締め落としゃあ、俺の勝ちってこったろうがよォおお!!!」
本格的にマズかった。
レドックスに看破された通り、アルメリアは体のどこかが地面に接地していないと植物たちを操れないのである。
さらに悪いことに。
仮に手が届いたところで、実はここでは"妖華"を呼べないのだ。
あれは地質的に魔力が豊富な、森の奥深く限定の植生だから。
つまり、もう決着は付いているようなもの。
此処ではどうやっても。
――この男には勝てない……!
「ちょ、ちょっと待って……! 分かった、降参する! 降参するから……!」
羽交締めにあいながら、アルメリアは懸命に叫んだ。
ガッチリ嵌められた二の腕をペチペチやってギブアップを示す。
「あぁ、降参だァ……? 何ヌリィこと言ってやがる、奥の手はどうしたァ!?」
「お、奥の手……!?」
「あんだろうが!? 食らったら即死級の最終奥義ってヤツがよォ!」
そういえばそんなハッタリをかましたのだったことを、そのとき思い出した。
(なんかビミョーにニュアンス変わっちゃってるけど……!)
「こ、此処じゃ使えないの……! もっと森の奥に行かないと」
「縛りがあって使えねってか。ンダそりゃ、安ィ手札だなァ。だったら仕方ねェ……」
シメタと思った。
レドックスの交戦的な性格からして、いったん仕切り直せるのではないかと。
だったら場所移すぞ、とか言って解放されるのを期待したのだが。
「ひとまずこのまま、イッペン落ちやがれぇえええッ!!!」
まさかの試合続行。
ギブアップは棄却され、ことさら強く締め上げられる。
アルメリアにはもう巻き返す力なんて残っていなかった。
いよいよ限界も間近だ。
「卑怯、者……! こんなやり方で勝って嬉しいの……!?」
「はっ、人のことざんざん転がしといて何言ってやがる!? おまけにこちとら丸3日も待ちぼうけ食らってんだ。ここまできて仕切り直してたまっかよ」
(それはあなたが勝手にやったことでしょ……!?)
文句も付けたくもなったが、もうそんな余裕もない。
「心配して、あげたのにぃ……!」
最後はほとんど泣き言のようになって、アルメリアは声を絞り出す。
悔しかった。苦しかった。
ああもう、自分はなんてバカなのだろう。
こんな男のことなんて放っておいて、さっさと帰ってれば良かったのに。
声がする。
あげつらうようなレドックスの声が。
ゲラゲラと笑っている。
短ぇ手足じゃどうしようもねぇかザマァねぇなと、品なく勝ち誇っている。
なんかもうよく聞こえないけれど。
とにかくこのままじゃ終わらせないそうだ。
今まで溜まりに溜まった分のツケをぜんぶ返すとかなんとか。
(ひどい……。私は何回も見逃してあげたのに……)
そうなったら……。
きっともうアルメリアに勝機はないだろう。
攻略法も見抜かれてしまった。
最終奥義なんかないと分かったら、いよいよ頭に血を登らせ、嬲ってくるに違いない。
そのあとは……。
拷問とか、されるのだろうか。
街に連れていかれてからマンドラゴラはどこだとなって、自分がそうであることもバレて。
脳裏を過ったのはとても陰鬱な未来だ。
薄暗い地下牢で磔とかにあって、毎日死なないギリギリくらいまで血を抜かれ続ける自分の姿。
いや、だったらまだマシかもしれない。
最悪、ホルマリン漬けみたくされるのかも……。
――『死』。
かつてないほどリアルで鮮烈なイメージを伴い、アルメリアの脳裏にそのワードが浮かび上がる。ドクンと心臓が脈打つ。
それと同時のことだった。
(やだ……やめて……)
何か本能的な声が。
意識の奥底から、頭のなかに響いたのは。
(おねがい、刈らないで……助けて……)
声は次第に大きくなる。
(抜かないで……)
それだけで一杯になる。
レドックスは何か言っていた。
本当にこれで終いかァ!?みたいな感じで煽っていた。
でもアルメリアにはまったく届かない。
恐慌状態に陥り、ついに。
「ピィィイイ……」
ついに訳が、分からなくなる。
なにかのスイッチが切り替わる。
「あァ? なんだオメェ、ふざけてんのか? ヘンな声あげてんじゃ……」
それはマンドラゴラをルーツに持つ少女が、絶対絶命のピンチに追いやられたことによる生存本能の噴出。
「ピィイイイイイイイイイーーーーッ!!!!!!!」
全霊のスクリームアタックがそのとき、森の静けさを切り裂くように響き渡った。




