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016.「」


 翌日のこと。


「〜♪」


 アルメリアはすっかりご機嫌だった。

 鼻歌を口ずさみながら、ルンルン。


「ごめんね、昨日はちょっとバタバタしちゃって」


 そっと詫びいるように話しかけたのは、庭先で育てている花たちにである。まったくお呼びでない客人があったせいで、昨日は中断を余儀なくされてしまった日課の水やりだが。


(ううん、ぜんぜん平気だよ。気にしないで)

(でも大丈夫だった?)

(あれからどうなったの?)


 そんな心配の"声"もチラホラ聞かれつつ。


「うん、大丈夫。昨日来たあの変な人は、あの後きっちり追い返したから。もう此処にも来ないでって、ちゃんと言っておいたからね」


 ジョウロを使ってシャラシャラと、それを再開しているところだった。



 とりあえず昨日、あれからどうなったのかだが。


「もう此処へは来ないこと。私には一切関わらないこと。それが真剣これを返してあげる条件です」


 それをしかとレドックスに約束させたのだ。

 といっても「はい分かりました」なんて、まさか彼がすんなり頷くわけもなく。


 案の定、文句は散々付けてきた。


「あァ、もう来んなダァ? 調子ぶっこいてんじゃねぇぞクソジャリ。こっちはただでさえオメェに一敗くれてやってんだ。勝ち逃げなんざさせる訳ねぇだろーが」


「はい? なにを言ってるのかしら? 一敗はくれてやったんじゃなくて、取られたんでしょう?」


「取られてねぇよ! オメェが勝手に下ろしたんだろうが!? 引き分けじゃ締まらねぇから、仕方なくくれてやったんだ!」


「勝手にって何よ! じゃあずっとあのままで良かったって言うの!? 大体、あなただってさっき情けがどうとか言ってたじゃない!? あれって負けを認めたってことじゃないの!?」


「……ありゃあ……違ぇ! なわけねぇだろうが!? 言葉のアヤってもんだろうがよ、ああいうのは!」


「あらー? 今のマは何かしら? たいへん心当たりがおありのようでしたけれどー?」


 そんな痴話げんかみたいなことをやっているうちに、だんだんペースが掴めてくる。いずれにせよ突き付ける権利は、"モノ質"をとっているアルメリアにあった。


 正直なところ、もう頷いてほしいのだ。

 一戦交えて肌で実感したことだが――レドックス・ガレイア、この男はあまりに危険すぎる。


 今回は土壇場で何とか切り抜けられたが。

 ほんの少し、タッチの差でこちらが負けていてもおかしくない場面がいくつもあった。


(おまけに、この交戦的で負けず嫌いな性格……)


 さっきも勝ち逃げさせるかとか言っていたばかりだし、本当に明日にもリベンジマッチを挑んできかねない。


 だからここで、何としても約束させたかった。

 もう来るなと。


 そんな内心を悟られぬよう、平静を装いつつ。


「じゃあこれ、没収されたままでいいのかしら〜?」


 ウレウレ、プラプラとやってみる。

 そんなものくれてやるぜ、とか言い出さないことを祈りつつ。


「あと言っておきますけど、私にはまだ今日使わなかった最後の奥の手もありますからね」

「あァ? 奥の手だァ?」


 手をヒラヒラさせながら、完全なるハッタリまでかました。

 そんなものはない。さっきの今が全力だ。


「そう、私の最終奥義よ。これを受けて生きて帰れた人なんていない必殺技なんだから。つまりあなたじゃ、逆立ちしたって私には勝てないのです。だから、さぁこれにりたなら――」


 そんなことをツラツラと。


「…………」


(あれ、なんか反応が薄い……? も、もしかして怪しまれてる……!? しまった、さすがにちょっと胡散うさん臭かったかしら……!?)


 途中で沈黙も挟み、そんな不安にかられもしたが。

 結局レドックスはその条件を呑んだ。


(なに……? やけにあっさり引き下がったけど)


 その後も木刀を返してもらって帰路に着くまで、ウンウンと素直な二つ返事続きだったことも大いに引っかかった。でも今となってはこうも思う。


(きっとあれは、私に最終奥義があるって聞いてビビってたのね〜)


 やってみるもんだ。

 チョロい、チョロい。


 そんなわけで今、アルメリアは昨日できなかった分まで園芸を楽しんでいた。


 水をびて嬉しそう。

 咲き揃った色とりどりの花たちを見下ろしながら、ウフフと笑顔をほころばせて。


 これでまたしばらくは誰かが押しかけてくるようなこともないはず。

 緑に囲まれたなかで、落ち着いて生活できるだろうと。




 ところがだ。

 それから程なくのこと。


「よぉ、クソジャリ。今日もわざわざ出向いてきてやったぜ」


 まさかの再登場。

 例によって肩に木刀をペチペチさせながら、昨日ぶりの再会となるその男――レドックス・ガレイアがそこにいた。


「昨日のツケを返してやるよ」


 木刀をブォンと差し向けながら、そう宣言して。

 互いの位置どりからポーズに至るまで、ほとんど昨日の再現となっている。


 アルメリアとしてはしばらく、ただただ反応にきゅうするばかり。

 返す言葉も見つからなかったが。


「どういうことかしら? 約束と違うみたいだけど」


 気力をかき集めてどうにかこうにか、せっかく取り繕った精一杯の笑顔もまったく報われない。


「はぁ? 約束? 何のことだ?」

「したでしょ! もう此処には来ない、再戦も受け付けないって」


 すでに誠意のカケラもない回答に、たまらず立ち上がって非難と抗議に声を張り上げる。


 だがレドックスは悪びれもしなかった。

 おろか。


「何寝ぼけたこと言ってやがんだ。オメェこそ手前勝手に“上書き”してんじゃねぇぞ」


 逆に文句さえ付けてきて。


「……う、上書き?」


 何のことか、アルメリアにはサッパリだったが。




 しかしそれは、レドックスにとってはまったく正当な主張だった。


 だって、そうだろう。

 自分は何も約束をたがえちゃいない。


「昨日のオメェの言い分はこーだ。こいつでりたなら、もう此処には来んなってなァ」

「……そうよ?」

「はっ。バカが、まだ気付かねぇのか? 懲りたら、だろ?」




 いったいどういう理屈かと思えば、つまり――。


「ミリも懲りてねぇから、また来てやったに決まってんだろうがあああァ!!!」


 ――リベンジ・マッチ。

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