010.「ただのポーション屋ではないということ」
それから程なくのこと。
(今がチャンス、だよね……!)
ガレイアに戻ったアルメリアは人目を避けながらコソコソ、夜の街を忍ぶように移動していた。
「ダメだ、こっちは危険だ! 近づくな!」
「どうした、何があった!?」
「……なに、魔王軍の幹部!? ウソだろ!?」
「まだ断定はできんが――おそらく敵は“蠱毒のムシウル”だ! 森に撃墜されたとの情報もある!」
「そんな……! まさか本体が直接攻め込んできやがったってのか!?」
「でも撃墜ってどういうことだよ!? 誰かがもう倒したってことか!?」
「詳細はまだ分からん、いずれも確認中のことだ! とにかく手の空いている冒険者はすぐ森へ迎えッ! いいか、間違っても毒消しポーションだけは忘れるなよ!」
情報がまとまらないまま、錯綜しているのだろう。
夜の奇襲ということもあって、ガレイアの街は今や大混乱。
パニック寸前となった人々の叫び声が飛び交い、出あえ出あえの大騒ぎとなっていた。
そんな中を1人、アルメリアは流れに逆らってヨイショヨイショと進んでいく。
(はいはーい、ごめんなさーい。ちょっと通りまーす。ちなみにもう心配ご無用ですよーっと)
都合、言い出せずにいることをやや忍びなくも思いながら。
とりあえず、あれからのことについて話すと。
モギュ、モギュ、モギュ、モギュ――ゴクン。
ゲプゥ……。
「美味しかった?」
いい感じのゲップが出たタイミングで尋ねると、コクンと素直に頷き返したのはいくつもある妖華の触腕、その1つだ。
往生際悪く、体を無数の羽虫に霧散させて逃げようとしたムシウル。
たった今、その最後の1匹まで、この“口付き食指”に食べ尽くしてもらったところだが。
そこそこ口にあったのか。
「そう、なら良かった。お利口さん」
ヨシヨシと撫でてやると「もっとないの?」とも言いたげにスリスリしてきた。
「こらこら、今日はもういっぱい食べたでしょ? おかわりもありません。おしまいです」
グシュウ!
「えぇ、もう。食いしん坊さんだなぁ。そんなんじゃ太っちゃうよ?」
グシュウ、グシュウ!
「はいはい、分かりました。じゃあ私の魔力も少しあげるから、それで我慢して。あっでも食べすぎちゃダメだよ。程々にしないと、お腹壊しちゃうからね」
体を広げ、明け渡してやると、カプッ。
シュルシュルと四方から這い寄ってきた触腕が、アルメリアの肩や手足に甘噛みで噛みつく。
(ひゃうっ!)
途中でブルッとなったのは、首筋にまでカプっとしてくる欲張りがいたからだが。
(くすぐったい……。もう。何度やっても慣れないなぁ、これ)
耐えた。
そこからキュポンキュポンと魔力のドレインが始まって。
ちなみに――。
中には出遅れ、どこか空いてるところはないかと穴場スポットを探して彷徨っている触腕もいたのだ。
(どうするのかな……?)
見てたら、それがだんだん下半身の辺りに。
とんでもないところにカプッといきかけてたもので。
「ちょっと?」
(ビクぅ!)
「そこはダメって前にも言ったでしょ。大人しく順番待ちする」
(シュン……)
非難のジト目を送ったりもしていた。
さておき。
ひと通りキュポンし終わったところで、人が来てしまったのだ。
「おい、確かこの辺りのはずだよな……?」
「そのはずだが……」
(いけない、もう人が来ちゃった! 戻って、戻って! 今日はありがとうねっ!)
ワタワタと散開の運びとなって、急ぎ街に戻ってきた次第となる。
そのまま家に帰ろうかとも思ったのだが。
「あっ……」
思い出す。
いろいろあったけれど、こんな事態になる直前、自分が何について悩んでいたのか――。
(こんなにドタバタしてる今がチャンスよね……! よし……!)
「善は急ぎましょっか」
だからこの混乱に乗じ、やってしまうことにした。
そうして人目を盗み、夜な夜な忍び込んだのがギルドの療養所だ。
そこには寝込んでいるたくさんの冒険者たちがいる。
魘されている彼らをまえにキュポンと。
アルメリアが開封したのは、持参した秘密のポーション瓶である。
その口に「失礼しまーす」と小声をかけつつ、チョロチョロ流して回り。
「これで良し、と」
短時間かつ、人知れぬ“犯行”を終える。
そうしてアルメリアは静かにその場を後にしたのだった。
◆
さて、これにて一件落着だ。
ムシウルをやっつけたことで毒蟲たちも森から姿を消し、それと関係あるのか毒に侵された冒険者たちも一晩のうちに急にすっかり快方に向かいつつある。
「なぁ昨日の話、聞いたか?」
「ああ、また魔王軍の幹部が攻めてきたんだろ? たしか“蠱毒のムシウル”とか呼ばれてた奴だよな」
「なんだそりゃ……。この前ようやくひとり倒したばかりだってのに。もう次かよ……」
「それなんだが……ムシウルも結局やられたらしいぞ」
「やられた!? もう誰かが倒したってことか!?」
「まさか……! 今度は誰が……!? あっ、ひょっとしてジルクリフさんか!?」
「いや、それが……。今回は三兄弟の誰でもないそうだ」
「誰でもない? そんなわけないだろ、他の誰がそんな奴の相手できるってんだよ」
「なぁ落ち着いて聞けよ、これはまだ噂なんだが……」
ヒソヒソヒソ。
「んなっ、魔女だって!? それってあの、マンドラゴラを守ってるっていう……!」
「馬鹿、声がデケェ! まだ分かんねぇつってんだろうが!?」
そんな感じで、ガレイア中どこもかしこもその話題で持ちきりとなっていたり。
「なんかスゴイことになっちゃったねー」
「ええ。私も九死に一生を得ましたわ」
ギルダの証言に、スーランが呟いたりもしていたが。
(しまったなぁ……。流石にちょっと派手にやりすぎたかも……)
すり鉢の薬草をゴリゴリ、いつも以上に丹念にすり潰しながら、素知らぬフリ。なるべく話題に加わるのは控えつつ、そっとやり過ごすアルメリアだった。
そうこうしている内にだんだん表が騒がしくなってきたのが、今日ばかりはありがたい。
「わわっ! アル、たいへん! 今日もすごい数のお客さんが来てるよ!」
「まったく……毎朝のようにこの騒ぎ。これではポーション屋というより、アイドルと言った方が近いような有様ですわね」
「やめてったら……。それにいいよ、わざわざ覗かなくてもちゃんと聞こえてるし 。ほんと、なんでこんなことになっちゃったかなぁ……」
いつも通りを装いつつ。
されど割りと本音な心のうちも混じえ、トホホと徒労も滲ませつつ。
「とにかく早く行かないと。またケンカになっちゃう」
ポーション瓶を並べ、いくつも重ねたコンテナボックスを手にガシャンよいしょと立ち上がり、アルメリアは日常へと戻っていく。
「はいはーい、お待たせしました。いま開店しますね~」
おかげさまで今日も押し合いへし合いの大盛況。
我先にとごった返す冒険者たちに、困ったような営業スマイルを振りまきながら。
それがアイドル化した要因の一部であることに、本人はまったく気づいていないわけだが。
さておきアルメリアはここガレイアではすっかりお馴染み、味良し効き目良しと評判のポーション屋の店主にして看板娘なのだった。
――誰もがそう、思っている。




