8.体育祭 ステップ
わざわざ日葵のクラスまできてミチはお弁当を広げた。交友関係が広い彼女が我がクラスに居た所でなんの違和感もない。
「あっ、ミチ」
「あっ、どうも」
この位の挨拶で、もうクラスに馴染んでいる。
でもこの並びはどう考えてもおかしい。
2人だけで向き合って、コソコソ話しながらお弁当を食べ出したなんて。
みんなも最初は不思議そうに遠巻きに見ていたが、段々と今日の雰囲気と各々のお弁当の時間を楽しみだして、2人のことは気にしなくなった。
「午前中の障害物競争で分かったでしょ。美子さんが言ってた、〝タイミングが良かった、歯車が合った〟って話。時間や幸運が日葵に味方してるのよ。こんな最強な事ある?」
「たしかに午前中の障害物競争は凄かった。まさか前に居た4人全員が球を見失うとは、ね」
「少しでも早くスプーンを持って走っていたら、日葵も同じ目にあっていたはず」
「確かに…あっ、でも徒競走は3位だったけど、これには意味があるのかしら?」
「さぁ…」
2人して頭をひねる。
「おっ、ミチ!」
三宅が来てミチに軽く挨拶して、近くの椅子を持ってくるなり、2人の真ん中に座って日葵を見た。
「斎藤、お前は今日、紛れもなくツイている」
「あぁ、障害物競争の話?」
「障害物もそうだけど、徒競走の事知らないのか?」
「徒競走…何の話?3位だったけど…」
三宅がミチの方を見て、〝ミチは知ってるだろ?〟という顔をした。
ミチは無言で首を横に振る。
「そうか、あの時最後まで見てなかったのか」
「何かあったの?」
ミチが聞く。
「斎藤がゴールする直前に、順位の旗持ってくヤツがまだ惰性で走ってる2人の所に突っ込んで、1位と2位と3人で交差したんだ」
「えっ?」
「その場は大した事なくて済んだんだけど、1位は陸上部のエースで2位のヤツもバスケで足が速い。今保険室で1位のヤツが足首を捻ったって手当してるぜ」
ミチと日葵は目を丸くして顔を見合せる。
「女子の徒競走は男子が補助してたからさ、オレの目の前で結構な衝撃だったから、心配した」
「そうだったんだ…」
「可哀想だけど、今日の午後の競技は出れそうにないな」
急にしんみりした空気になる。
せっかく陸上部で活躍出来る場なのに。
「で、オレが今ここに来た理由は斎藤に生徒会主催の競技に出てもらうためだ。今日のお前ならいける」
「えっ、あの恒例のパン食い競争?」
「そうだ」
「でも、走るの遅いからパンのとこまでは時間がかかるよ。もっと足が速い子の方が良くない?」
「いいや。今日のお前なら足の速さよりも勝る何かがある」
三宅は力強く言った。
「それに文句なら腹を下した祐二が背負うから気楽に出場すればいいよ」
日葵はまたミチと顔を見合わせることになる。
午後から応援合戦と1年の騎馬戦が終り、生徒会種目となった。
学年も男女も混合の出場組み合わせだ。
日葵は一番外側のレーンだった。
遊びの種目みたいな感じだしまだ気がラクだ。
これがリレーだと言われたらさすがに断っていた。
スタートラインに並びピストルの音とともに走り出す。
セパレートレーンの外側から女性が並ぶ。パンまでに走る距離が短いからだ。
日葵は一番外側で初めにパンの位置まで来た。
紐を持つ背の高い男の子が、“頑張って〜”と声をかけてくれる。
一番低い位置のパンを狙って、精いっぱい背伸びをしてもカスるだけで、なかなか安定しない。
隣のパンを狙って走ってきた男子が、口にパンの袋をくわえたまま走ってきた勢いで洗濯ばさみを外そうと引っ張った。
支えていた紐が一瞬持っていかれ、低くなって、ちょうど日葵の口にパンの袋が収まった。
男子と同じように、勢いをつけて引っ張り、パンは、日葵の口に重たく残った。
「パンを手に持ちかえてそのままゴールです!」
またもどこからか聞こえてきた声に走り出そうとすると、さっきの男子はパンを落としていた。落とした人は失格になるので、すぐにコース外に出なければいけない。
チラリと後ろを振り返ると、まだみんなパンを追っていた。
「ミチ…」
本部席でポツンと座るミチは、暇そうにペンをクルクルと回しながら日葵を見た。
「パン食い競争の事?」
「うん」
日葵はクリームパンを半分に割って、ミチに渡した。
「なんかあまりに上手く行きすぎて怖いんだけど…」
「確かにね」
ミチは手渡されたクリームパンを、勢いよく食べた。
「日葵が通り過ぎた途端に、観客席からビニールシートが飛んできて、後続の人が一瞬足止めされるなんてね」
日葵もパンに口をつける。
柔らかくて潰せば2口位で食べれてしまう。
「私はツイてるかもしれないけど、他の人がその分被害を被ってる」
「う〜ん」
ミチは唸る。
「でもそれは、世の常かもしれないよ」
「よのつね?」
「世の中、運がいい人もいれば悪い人もいる。同じように生きてても結果は同じとは限らない。たとえ徳を積み重ねてもその人にいい事が必ず返ってくるとは誰にも分からない」
「私ばっかりこんな目にあってたら後ろめたく感じるよ」
「それはね、日葵」
ミチは立ち上がって日葵の肩を叩いた。
「あんたの気持ち次第だよ。この力を生かすも殺すも全てね。取り急ぎ、この後の借り物競争であんたとご縁がありそうな人をこのミチ様が見つけてしんぜよう」




