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21.日葵の未来

日葵へ


あなたがこの本を見つけ出したなら、

私はすぐ近くで見守っています。

ずっとずっとあなたの味方です。


母より



小さく折りたたまれたメモを持つ手が震えた。

心の空いた部分に、どんどんと水が溜まってくるようだった。

その水が、上へ上へと昇り鼻の奥がツンとして涙がこぼれた。

(お母さん…!)


「血は争えないわね」と高校に受かった時に安子叔母さんから言われた。

だから、母が同じ高校に通っていた事は知っていた。

(お母さん、この本を読んでいたんだ。高校の時から私の名前を決めてた?…お母さん、もしかして美子叔母さんと一緒で未来が見えてた…?でもこの世界では、その能力は使えないよ)


筆跡は間違いなく母のモノだ。

誕生日ごとに安子叔母さんが母から預かっている手紙を渡してくれる。

今年の誕生日にもらった手紙を宝箱から出して見てみる。

ミチが居た時の世界と同じ内容で、そして今も実際に手元にある。

進路を心配する内容に、「近子姉さんらしい内容だわね」と安子叔母さんは毎年言うセリフを笑いながら言ってた。


(お母さん、ここで特殊能力について知っているのは私とお母さんだけになるね)

もしかしたら、母はそれも見越して毎年の手紙を残したのかもしれない。

意味の分からない事を書いて、特殊能力のないこの世界の安子叔母さんに変に思われてもいけない。


(お母さんは、私が能力を手放す事が分かってたんだな、きっと)

そっとメモ用紙を撫でて、気付く。

(でもこのメモ用紙、高校生の母が書いたにしては、変色もしてないし新しい…なんで?)


よく考えれば、母の時代は返却カードを使用していたはずだ。

こんな所にメモを入れていたら、その当時よく読まれていた本なら誰かに見られてしまうし、もしかしたら何かの拍子に落としてしまうかもしれない。

(20年以上もこのままの状態でこのメモが残っていたとは考えにくい。でも、いつ誰が?それも私が読む事を想定して…)


貸し出しの手続きをした時の事を思い出す。

前に貸し出した人がデータ上では載ってこなかった。

誰かが手に取って返却先が分からなくなり、返却棚に置いたのだろう、と推測した位だ。


(私がこの本を読もうと思ったきっかけは…ミチが借りた本だったからだ!)

ミチの存在がないこの世界では、貸し出した事実はもちろん残っていない。

日葵の記憶で、この本を手に取った。

(ミチ、どういう事…?)


日葵は改めてジッとメモを見た。

そしてある仮定がひらめいた時〝そうか!〟と顔を上げた。

(もしかして、ミチは…?)


借り物競争の時のミチの書いた筆跡を思い出す。

(まさか…そんな事気付くはずないよ!)

ミチの筆跡が分かるものを隣に置いて、母の筆跡と比べればもう少し詳しく分かるかもしれないけど、今はそれが出来ない。


日葵は本をそっと置いて、メモを宝箱へ丁寧に入れた。

ベッドに座ると、心細くなった日葵は、母に買ってもらったぬいぐるみをそっと抱き寄せた。

今の日葵が両手で抱えられるぬいぐるみは、その大きさから小学生の時の日葵をよく隠してくれた。

寂しくて泣くときには泣き顔を、眠れない時には寝顔を、本音はぬいぐるみだけに話し、本心を悟られたくない時はぬいぐるみの後ろに隠れた。

今でもこのぬいぐるみを触ると、その時の思いが蘇ってくる。


(そういえば、ミチが泊まりに来た時もこのぬいぐるみを抱いていたけど…)

日葵は、ぬいぐるみのあちこちを触った。

そして、ぬいぐるみが着ている服との間にレポート用紙を見つけた時に確信した。

(…お母さん!)


返却棚にあの本があった理由は分からない。

でも、メモが新しい理由はこれで分かった。

(お母さんには何もかもお見通しで、だからミチの名前でメモを残さなかった。もしミチの名前を出せば、この世界では実在しなくなってしまう…)

日葵は、レポート用紙をそっと開けてみた。





日葵へ


私は今、“能力を手放す”という決意をして、深い眠りについたあなたの寝顔をずっと見ていました。


これを読んでいるあなたは、今すごく後悔しているかもしれない。

もしかしたら、孤独さえ感じているかもしれない。

でも、あなたの選んだその道は間違ってはいません。


私が17歳に授かった能力は、〝大切な人と一定の期間共に過ごせる〟というものでした。

なぜそれが分かったのかって…?

それは、17歳になった日の夢に出てきたから。

夢の中で、17歳以降の人生が走馬灯の様に頭の中で流れたの。

だから、病気になる事も、7歳のあなたと別れる運命だという事も分かっていたのです。


でも、運命を変える事は出来ない。

私は、生まれたばかりのあなたを抱いて神様に祈ったわ。

“この子が17歳になり能力を授かった時に、共に過ごす時間を下さい”と。


あなたがどんな能力を授かるかはわからない。

でも、もし戸惑いや不安に襲われる様な事になったら、どんな形であれ寄りそってあげたい、と思ったから。


ねぇ日葵、あなたの友人として過ごす日々は本当に楽しかった。

そして事件を防げなかった、という理由で能力を手放す、と言ってくれたあなたを頼もしく思った。

あなたが私の娘で、親友で、本当に良かった。


あなたはあなたらしく、自信をもってこれからも楽しみなさい。

大丈夫、あなたは自分に正直に生きて行けばいい。

何も間違っていないわ。


そしていつの日かまた会って、長い長い思い出話を楽しみましょう。

その日を楽しみにしています。


追伸:思い出の本の中にメモを残しました。私の親友ならきっとどの本か分かるはず。


母より




(お母さん…!)

日葵はクスクスと笑い出した。

(そのメモの方を先に見つけちゃったんだけど…。順番が逆だったんだね)


日葵は手紙をそっと折りたたんで、ホッと1つため息をついた。

何かが吹っ切れた様な、清々しい気持ちが舞い込んできた。

(これで良かったんだ。もう前を向いて、そうだ、次の目標に向かって私は頑張らなきゃ!)

また宝物箱に宝物が追加された。

日葵は、机に向かって今日の授業の復習を始める。



*****


クラス内ですれ違った三宅と目が合った。

「斎藤」

「ん?」

足を止めて三宅を改めて見る。

「今日はなんかいい顔してる」

「えっ?」

三宅は近くの椅子を引き寄せて座った。


「最近悩んでるみたいな暗い顔だったからさ。ほら、こんな顔」

三宅はわざと大げさな泣き顔を作って見せた。

「そんなわっかりやすい顔してるわけないでしょ!」

「ホントだって。でも今日はスッキリした顔してる。良かったな」

三宅の観察力には悔しいけど頭が下がる。

「うん…ありがと」

日葵は素直にお礼を言って笑った。


放課後、図書室に本を返しに行くと松本クンが当番で受付をしている。

今日は返却棚にも本は積まれていないし、忙しくはなさそうだ。


「斎藤さんこの本…」

松本クンが例の本を手にして反応をした。

「うん、すごくいい本だったよ」

「どこにありました?」

「どこって…私が当番の時に返却棚」


松本クンはいつもの返却棚を指した。

「あの返却棚ですか?」

「そうだけど…?」

松本クンは分かりやすく首を捻った。


「この本、あった棚がわからなくなったって預かったんです。斎藤さんと同じ学年の色のスリッパで、見た事ない人でした。で、僕、後で片付けようとしてカウンターの上に置いといたんですが、いつの間にか無くなっていたので気になっていたんです」

「そうだったの?」


「斎藤さんの当番の時にちょうど出てきて返却棚に置かれたんですね」

「そうだね、タイミングが良かった」

松本クンは再度首を捻った。

「タイミングが良かったんですか?」

「うん、そのおかげでいい本に巡り合えたから」

松本クンは背表紙を見て、題名を読んだ。

「…斎藤さんが言うなら僕も読んでみようかな」


帰り道、駅までの道のりを松本クンと歩く。

「斎藤さんは悩みがありますか?」

日葵は松本クンを見る。

こういう言い方をするのは、自分に悩みがあるからだ。

「松本クンの悩みをまず言ってみてよ」

松本クンは日葵の顔をチラリと見て話し始める。


「明日から体育の授業で柔道が始まるんですけど…」

「うん」

「僕、あんまり目立ちたくないんですけど」

「うん」

「こんなひょろひょろだし、実際すぐに投げ飛ばされそうな体形もしてるし」

「うん」

「でも、僕、柔道そこそこ出来るんです」

「うん。で、松本クンはどうしたいの?」

松本クンはまた日葵を見た後に、頭を振った。


「どうしたらいいのかまだ迷っています」

「でも、下手な演技は出来ないでしょ?素人さんにはなれない」

「…はい」

「じゃあ、やる事は1つだね。松本クン、黒帯をしてきなさい。そして正々堂々としていなさい。何も悪い事はしてないでしょ。何を悩む必要があるの?」

日葵はポンと松本クンの肩を叩いた。

「松本クンの真の姿を見せる、ちょうどその時が来たんだよ!」



*****


ミチと寄ったドーナツ屋へ1人足を運んだ。

その時と同じドーナツと飲み物、同じ席でホッと一息つく。

あの時の思い出が昨日の事の様に蘇る。

体育祭帰りで2人ともしばらく無言で雰囲気で疲れを癒していた。

そっと窓際から通りを覗く。

日葵の知らない人がどんどんと行き過ぎていき、特に足早に駆け抜けていく人を見て、(あの人はどんな人生を歩んでいるのだろう…)と思いを馳せた。


しばらくそうした後、参考書を取り出して読み始める。

携帯が鳴った。安子叔母さんからだ。


〝今日はシチューにするよ〟


日葵はそっと微笑んだ。

(ちょうどシチューが食べたかったんだ!)

小さな幸せが心を温かくする。

(私って幸せ者だなぁ)

…日葵は再び参考書に目を移した。




最後までお読みいただきありがとうございました。

2025.10.20

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