20.新しい世界
学校までの道のりをトボトボとゆっくり歩く。
こうなる時間も考えて、余裕を持って家を出て来ている。
赤信号で信号を待つ間にそっと空を見あげた。よく晴れた朝だ。
やっと冬らしくなってきて、吹き抜ける風が急に冷たくなった。
ミチが居ないこの世界は、特殊能力がない世界でもあった。
3時間かけてお見舞に来てくれた美子叔母さんにミチの話をするも、“頭の打ち所が悪かったんだ”と心配された。
聞けば美子叔母さんは、ダンナさんの仕事の都合で遠方に住んでいるし、昼間はお弁当屋さんで働いていると言う。
「今年の正月にも会ったでしょ。忘れちゃったの?」
そう言われても、占い師だった叔母さんの印象の方が強くて、覚えていないから仕方ない。
叔母さんとの話で、こっちの世界ではあまり自分の記憶で話をしない方がいいと悟った。
辻褄が合わない事が出てきたら、頭を打って記憶がハッキリしない、と言ってしまおう。
他に違った点は、お爺ちゃんはピザ屋ではなく牛丼屋でアルバイトをしていた。
これはお爺ちゃんの希望通りだったから、良かったと思う。
安子叔母さんと2人暮らしは一緒で、叔母さんは魚をこがすからキッチンタイマーが必要不可欠だった。
この世界は、特殊能力とミチの存在が無くなったままで成り立っている。
*****
「日葵!おはよ」
「おはよ」
声をかけてきたのは、同じクラスのさっちゃんだ。
「そういえば昨日の話の続きがあって…」
さっちゃんの話に耳を傾ける。
ミチが居ない今、学校生活のほとんどは、このさっちゃんと行動を共にしていた。
もちろんミチとさっちゃんとでは性格が全然違うけど、今までの友達付き合いとは違って、より自分を出して向き合っている。
そうした方が、相手も本音で付き合ってくれるとミチの時に学んだ。
三宅や松本クンに対しても、同じ様に接しているつもりだ。
それでもこの世界は、ふとした瞬間に大切なモノを失った喪失感で時折虚しくなる。
放課後の図書委員の当番が暇だったので、参考書を手に取った。入院中にさらに看護師になる夢を固めた日葵は、明確な目標が出来ていた。
親切にしてもらった看護師さんの名前と、してもらって嬉しかった事や言葉は胸に刻んである。
いつか来る近い将来の為にずっと持ち続けるつもりだ。
テニス部の特待生の子を身を挺して救った日葵は、学校でも少し有名人になっていた。
先週行われた大きい試合で入賞を果たす事が出来た彼は、週明けにすぐに日葵に賞状を見せに来てくれた。
彼が活躍するのは素直に嬉しかったし、こうして救った恩を忘れずにずっと感謝してもらえるのは、自分のとっさの行動が間違っていなかったんだと、再認識する事が出来た。
将来の夢も明確になって、学校生活も安泰なのに、1人になると心の中にまたぽっかりと穴が空く。
退院してからずっと特殊能力を手放す選択さえしなければ、まだミチと一緒にいられたのではないか、と考えている。
そしてどうしようも出来ない現実に、せめて別の世界では今まで通りにミチと仲良く過ごして欲しいと願い、頭の中を切り替えるしかなかった。
本格的な冬になって、病院への定期検診も半年に1度に変わった。
もう体はまったく問題が無かった。
ある図書委員の当番の日、返却本の中にミチが借りた本を見つけた。
あの時ミチに貸し出した本は履歴が残ってない事は既に確認済だ。
(ミチ、題名だけで本を選んだって言ってたけどこの本は何で選んだんだろう…?)
その本は日葵が生まれる前からずっとある様な古い本で、普段置いてある所もずっと奥の棚だからなかなか目に入らないし、この本が目的でなければ手に取らない。
実際、日葵も読んだことのない本だった。
興味がわいた日葵は、閉館間際もあって自分で貸し出しの手続きをし、本をリュックへ入れた。
それは友情の物語で、今の日葵の心にまっすぐ届く内容に、何度か自然に流れる涙を拭いながら、3日かけて一気に読み上げた。
読み終わった後は、心を落ち着かせるために、窓を開けて外の空気をゆっくりと吸った。
ひんやりとした澄んだ空気に、うるんだ目で見る星がぼやけて見えた。
(ミチもこの星を見ているかな…?)
目に残った涙を拭いて、日葵はそっと窓を閉めた。
本をリュックに入れようと持ち上げた所で、何気なく裏表紙をめくった。
返却カードを入れておくポケットが今もついている。
今はバーコードでやり取りするので、このポケットがあるとはよっぽど昔の本だ。
発行を確認すると、今から約30年前の本らしい。
その割に話の内容は今も色褪せていなかった、と不動の感情に改めて胸が熱くなった。
何の気なしに、ポケットに手を入れて見る。
何かの紙切れが手に当たった。
(うそだ…)
日葵には一瞬にしてコレが自分に宛てられた手紙だと分かった。
触れた途端に指先が温かくなって、ずっと探していたモノが見つかった時の安堵感が訪れた。
本日の20時の投稿で完結となります。
最後までどうぞよろしくお願いいたします。




