――覚悟 決意 決心――
俺の人生は常に負け続けていた。
目の前に問題が起きれば目を瞑り。
人間関係は適当に愛想笑いしてやり過ごし。
揉め事にならないよう我慢して、口を閉ざす。
そんな人生を歩んできたせいか。
「あははははははっ!」
「や、やめ……」
教室内で行われるいじめを、俺は静観した。
幼稚園からの幼馴染で友達だった。
三人に囲まれて、ボールをぶつけられている。
硬球。
人に堂々と当てて良いものじゃない。
けれど彼らの所業を誰も止めようとしない。
当然だ。
前任者を助けようとして、今は彼がその対象だからだ。
痣だらけの幼馴染。
視線が俺を見たが、俺は目を瞑って目を逸らす。
投げられた硬球が肩に当たった。鈍い音が聞こえた――。
「……」
放課後、廊下のベランダからグランドを眺めていた。
野球部が塊となってグラウンドを走っている。
甲子園の常連チームだ。面構えが違う。
「……」
対称的に俺は何処にも属していない、いわば帰宅部。
こうしてボーっと出来るくらいには時間を持て余している。
「……」
思い出すのは幼馴染の痛々しい姿。
忘れようと首を振っても目を瞑っても、脳と瞼の裏に張り付いて剥がれてくれない。
「……」
二階から下を見た。
コの字になった校舎の、中庭。
初々しいカップルが椅子に並んで座っていた。
「……」
嫉妬や妬みが浮かぶ、はずもなく。
俺は小さく息を吐く。
「……」
そして何となく上を向いた。
ボーっとした視線が、だがある一点を見た。
「……?」
屋上へと出て来た人影。
フラフラと元気のない足取りで、ゆったりと歩いて行く。
「……!」
考える間もなく駆けだした。
『はしるなッ!』の張り紙を通り過ぎ、反対側の校舎へとたどり着き、そのまま階段を突き進んだ。
施錠されているはずの屋上が開いていた。
ドアを突き破るように開け放つと。
手すりに足を掛けようとする幼馴染が――。
「トオルッ!」
叫んだ。
思い切り叫んだ。
彼は振り返って。
焦ったように進みだそうとしたが。
すでに駆けだした俺の手によって捕らえられた。
「は、はなせっ!」
じたばたと暴れる彼を、俺は体重をかけて自分ごと床へと倒した。
マウントを取り、胸ぐらを掴み。
「ふざけんなクソがッ!」
また叫んだ。
「…………」
それを聞いてか、トオルは暴れるのをやめて手足を投げ出す。
俺を見ているのかいないのか、焦点の合わない目をしてボロボロと泣いた。
「ごめん……ごめん……」
顔を覆って謝るトオル。
胸を引き裂かれた。
「……謝るくらいならするなよ……」
俺も泣いていた。
「……」
不意に、気づいた。
ストンと、何かが落ちる感覚を。
「はは」
何やってたんだろうな、ほんと。
自責と後悔で一杯になっていく。
――気が変わった。
気持ちが固まって。
覚悟した。
「ま、何とかするよ」
そう言って肩をポンと叩く。
立ち上がり、彼に手を伸ばした。
「こっちこそ、悪かった」
力強く言ってやった。
——翌日。
「なあ」
廊下にて、例の三人組に声を掛けた。
「あ?」
ドスの利いた声で振り返る三人。
「あ? 田中、何の用だよ?」
汚い笑みを浮かべて近づいてくる三人。
「真面目ちゃんの友達じゃん。いっつもチワワみたいに震えてる奴」
「くはは、そんな腰抜けがどうちたんでちゅかあ?」
煽ってくるクソども。
ゲラゲラ五月蠅い。
「いやさ。ちょいと成敗を、と思って」
「あ?」
射殺すような目つきになった。
三人が囲んでくる。
「てめえが?」
「そう」
背中に携えた竹刀袋からそれを取り出す。
「おおー、かっちょいいー」
揶揄う彼等。けれどその顔は笑っていない。
「死ねや」
ためらいなく殴りかかってきた一人を、俺は避ける。
バランスを崩す奴のその首筋に竹刀を一撃。
そのまま床に倒れて昏倒する。
「てめえっ!」
カウンターで合わせて鳩尾を突き刺す。
ぐえっ、と情けない声を上げて悶絶。
「お、おまえ」
わなわなと震える最後の一人。
俺はそいつを意識しつつ、倒れた二人をしばき倒す。
二度と立ち向かってこないように、徹底的に。
「お前ええええ!」
蹴りを入れてくる奴に、俺はひらりと躱して軸足を引っ掛けてやる。
盛大にこけたのを見計らい、その脚に竹刀を叩き込む。
悲鳴を上げる奴。
背中、腕と身体中に竹刀を振り下ろした。
武道のそれに反する行為。恥ずべき行為。
知ったことではない。
徹底的にだ。
二度と歯向かってこないようにぶちのめす。
事態を知って先生が参戦してくるまで、俺は奴らを痛め続けた。
「…………」
奴らと揃って停学処分。
職員室で震えて俺を見る奴らの姿を思い出しながら。
公園でボーっと雲を眺めていた。
「…………」
これまでの幼馴染の痛みを考えれば遅すぎるくらいの対応だった。
情けない。
「…………」
けれどこれで良かったのだ。
トオルは死ななかった。
家で休んでいるがまた会える。
「気の持ちようってのはまさにそうだな……」
覚悟、決意、決心——。
俺にはそれが無かった。
自責するくらいなら責任を持て。
前へ進むならば、強く生きないといけない。
自分にも人生にも、戦わずして得られる物は無いんだ。
「……」
隣に誰かが座ってきた。
チラリと見ると、トオルだった。
いつもと違う、だらしのない服装。
「…………」
何も言わずに視線を戻した。
トオルも何も言わなかった。
「ごめん……」
しばらくして俺はそう小さく呟いた。
「……こっちこそ」
トオルもまた小さく呟いた。
高校生二人が雁首揃えて雲を見る。
ダサい。
けれど落ち着いた――。
俺の胸中は今、無性に満たされている。