お嬢様の秘密が暴かれるまで24時間を切りました
令嬢の世間体が守られるかどうかの瀬戸際ハートフルストーリー。
たおやかな令嬢が、窓辺に座り本を開いている。
「ほぅ……」
とため息のような吐息が口から洩れたが、その表情は何かに心を動かされ、感嘆しているようでもある。
今日も素晴らしかった。
いや、過去最高であったかと思われる。
令嬢は窓辺の外を眺め、だいぶ前につがれて冷たくなったお茶を飲み思いふけった。
開いていた本は何度も読み古した恋愛小説だ。以前に中古で入手したもので、本の装丁は何度か補修されている。
夢見がちな年はとっくに過ぎたが、令嬢は幸せな結婚生活にあこがれていた。
両親の仲が良く家庭は円満なので、当然自分も同じような生活をおくるのだと勝手に思っている。
しかし友人たちから聞くところによると、噂話も含まれるが都会では冷え切った夫婦生活をおくる人たちが多いらしい。離婚や裁判沙汰という事件も耳にはしていた。
訪れてもいない不幸に怯えるのはバカバカしい。令嬢は気丈にそう思う。強くありたかった。
先日、とうとう自分に縁談の話が持ち上がる。
相手は同じ領内の出世頭だ。地元で知らない人がいない、若く聡明な魔術師だった。
年頃も近く、顔もいい。彼は爵位がもらえるほどの功績を出し、嫁ぎ先として問題はない。家族を含め、むしろ歓迎ムードで周囲はとらえていた。
嬉しくないのは自分だけである。
明後日には婚姻について話し合う、初の顔合わせがある。
「まずはこれをなんとかしなくては!」
令嬢は本をめくる。
外側の表紙は丁寧に補修されているが、中身は大きく改造されていた。
本をめくって中央には、拳ほどのサイズの何かが埋まっている。鏡かガラスのように光を反射し、ツルっとした表面だ。
ーーーーー『デバガメノマド』。
令嬢が持つ、至高の魔術具であった。
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次の日の深夜、屋敷内が寝静まってから令嬢は決行した。
領主邸の裏庭には木々が生い茂る小さい山がある。そこへブツを埋めにいくのだ。
令嬢の人生を変えたといっても大げさではない、まさに至高の品であったが予断は許されない。
これが婚約予定の魔術師に見つかりでもしたら、令嬢の人生が終わる。世間体が終わる。
領主邸には護衛騎士が寝泊まりしているが、王侯貴族でもないので夜に護衛が見張っているなんてことはない。
するっと屋敷を抜け出して、裏山の小道を登りはじめた。
持ってきたのは例のブツと装飾のされた小型剣。
剣は魔術具ではなく剣舞用につくられた刃先が尖っていないもの。
デバガメノマドを使った後の昂った気持ちを昇華させるべく、毎回剣舞を踊っていたのだ。
この世界には、物から持ち主の想いを読み取る魔法がある。これを持って踊っていた時の心のうちを知られたら、たまったものではない。
キレッキレな振り付けで、自室でクルクル踊り狂う我が身が思い出される。
世間体、完全終了である。
令嬢の絶対知られてはならない黒歴史を担う2大アイテムなので、一緒に葬ることとした。
埋める場所にあたりをつけ、小型剣でごりごりと土を掘った。腐葉土なのでしっとり柔らかく掘りやすい。
もくもくと作業をしながら令嬢は今までの思い出を振り返った。
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領主邸に寝泊まりしている護衛騎士は、少し年上のガタイのよいイケメンだ。
謙虚で優しく、出会ってすぐに好きになってしまった。
何よりスタイルが素晴らしい。胸も女性よりあるのでは?と思うほど盛り上がっている。そのくせ腰とおしりがギュッと締まっているのだ。あのぶっとい二の腕を抱きしめながら寝てみたい。
おっと。
淡い初恋の思い出を振り返るつもりが、思い出すのは肉感あるボディばかりである。全然淡くなかった。
いや、性格とか内面も好きなのよ。ほんとよ。思わずそんな言い訳を自問してしまう。
自分は周囲の祝福の中、将来有望な魔術師の元へ嫁ぐのだ。初恋は黒歴史とともに埋められるべきなのだ。
嫁ぐときにこのデバガメノマドを持ってはいけない。魔術師なら、どのような魔術具か分かってしまうからだ。
魔術師が分かってしまう範囲には詳しくないが、もしかしたら何を見ていたかまで知られてしまうのでは?そして広く知れ渡ってしまうのでは?
恐ろしすぎる未来が予想される。
相手の魔術師は、地元では有望の優男だ。実際に顔を合わせて会話をしたことはないが、少し離れた場所から見たことがある。
確かに顔が良く、自分がいる領地以外でも人気がある有名人のようだ。
しかし私は一度もときめいたことがない。何より声が少し高めなのが気になる。彼にどんな言葉を囁かれても赤面すらしないであろう。
控え目で気遣いのある、あの低くてずっしりとしたバリトンボイスにはかなわない。
その彼から軽蔑の目で見られでもしたら。ーーーそんな恐ろしい未来を防ぐのだ。
そろそろ日付が変わる時間帯であると思い出した。深夜である。
穴は大分掘り進められた。
ここにブツを埋めれば、恐ろしい未来はやってこない。
少し気が緩んで、思いもよらない出来心が湧いてきた。
デバガメノマドは近くの場所を映し出すことができる魔法具だ。
約10mほど以内であれば壁で隔たれていても見えてしまい、天井や床で隔たれていても見えてしまう。
世間を騒がす魔法具で、世の中を暗躍する者たちや人のプライベートを覗きたい各種変質者の熱い思いにより魔法具は進化し続けた。
最近では匂いも嗅げるものもあるらしい。進化の方向性は各種変質者が握っている気がする。
世間を騒がしているだけあって、対策も多く練られていた。
魔術師であればシールドで覗き防止ができるし、置くタイプの空間保護魔法具もある。
しかし令嬢がいる地方ではまだまだ高級品。デバガメノマドが使える魔術具も、対策魔術具も大変高価なアイテムだ。
令嬢が入手したのは昨年、とても仲良しだった祖母が亡くなる少し前。
「これをあなたに託すわ」なんて重みのある言葉とともに受け取った。
1日に1度だけ近くを覗ける、不思議な魔術具。
託されたときには、勝手に見てはいけないものを覗いてはダメね。なんて思っていた令嬢だが翌日には片思いしている騎士の部屋を覗いていた。
令嬢の部屋から斜め下に彼の部屋が位置しており、ダメ元でデバガメノマドを向けてみたら見えちゃったのだ。
初めて見たときの衝撃は忘れられない。
ーーシャリリンリンーー
そんな起動音のあと、デバガメノマドに誰かの上半身が映る。ちょうど騎士がシャツを脱ぐ直前のボタンをはずしている場面だった。
こ、これは・・・!
思わず手元がブレてしまい、映る範囲が騎士をそれてしまう。
少し向きをずらすだけで別の場所が映ってしまうので、いい感じに見える位置でがっちりホールドして覗き込む。
騎士がチラっと何か見渡す素振りをしたように見えて一瞬ドキっとする。が、ボタンはどんどんはずされていく!
まっ、お待ちになって・・・あっ!いけません、、あ!わあわわわゎゎ
と、声に出さず食い入るようにデバガメノマドを見つめる。手元はしっかり固定だ。
なんだか気だるげな様子でシャツが剥かれ、胸筋があらわとなった。初めて見た。
少し手が震えたので脇をしっかり締めて固定だ。
上半身はすべて脱ぎ終わり、下履きに手がかかった。
まさか、まさかこのまま!?見えてしまう?!
というところで映像は切れた。
1日に使用回数制限があるだけではなく、映される時間も短い。
ほぅ、と一息ついた後、おもむろに令嬢は自室にある棚に向かった。
そこに置いてある小型の装飾剣を取り出し、ゆっくりと剣舞を踊り始める。
体力作りのために習わされたもので剣舞など好きではなかったが、今はこの滾る思いを踊って踊って踊りまくらないと発散できない気がしたのだ。
それからは日課のように覗きとおした。何しろ1日1回しか使えない。
そして映像は実にいいところで毎回切れていた。
騎士はシャツを脱いだあと、水を汲んでおいた桶に布をひたして体を拭く。まずは上半身で、終わったら腰から下の方だ。肌を清める様子も見逃せない。
脇から背中側を拭く姿勢も整っている。造形美がすごい。背中から腰にかけての筋肉の隆起を湿った布が撫でていく。手が届かないとこ、拭いてあげたい。
上半身はしっかり見られるのだが、下半身はなかなか見られない。ピンポイントで見えてしまう時間を狙って覗いても、なんだかんだで最後の砦はくずされない。
よくて、下履きに手をかけて少し下ろしたときにお尻の谷間がチラ見えする程度だ。何故か下履きを脱ぐときは後ろを向いているのでお尻側しか映らないのだ。それでも大興奮だったが。
ところが昨日は、過去最高であった。
スッポンポンである。全部脱いだのである!!!
少し惜しい感じに体が横向きもしくは背面で全体像が見えきれないが、しっかりと存在感のあるアレがあるのが見てとれる。とうとう御開帳となったスッポンポンを前に、令嬢は自分の初恋が成就したかのような想いまでしていた。感無量であった。
令嬢の持つデバガメノマドは画質も悪く、実際より暗く映るものだった。暗い部屋を覗いたらぜんぜん見えないだろう。その都合上、覗く時間帯は陽が落ちきる前。夕方前にある護衛騎士の着替えタイムである。
デバガメノマドは本をくりぬき改造した中に設置していた。パッと見は本を読んでいる様子である。万が一突然誰かが部屋を訪れた時の対策だった。窓にある椅子に座り本を傾けると、ちょうど騎士の着替えスポットが覗けるのである。
そういえば祖母は「ふふ、血筋だわねぇ」なんて言っていた。おばあちゃん、これで一体何を見ていたのやら。
おっと思い出が色濃すぎたわ。
今は好きな人を諦めて別の人へ嫁ぐ哀れな女性の身の上だ。思い出されるのは覗いた先の肉体美ばかりであったが、令嬢は本当に護衛騎士が好きだった。鼻がツンとして、涙が頬を伝うのを感じる。
ぽたぽた、ぼたぼた とめどなく涙は流れ出てきた。本当に好きだった。
令嬢がやっていた事と回想していた内容はなんとも破廉恥であったが、たった一人だけを想いわずらう乙女でもあった。
そろそろ日付が変わる。
まだ今日は終わっていない。そして今日はデバガメノマドをまだ使っていない。
裏山へ埋める計画決行のため、屋敷内を注意していたからだ。
つまり日付が変わる前に1度、日が切り替わって1度、今日分と明日分のと2回使えてお得!埋めてしまう前に、最後の最高傑作をもう一度見ておきたい。
デバガメノマドの魔術具は最後に映した映像記録が見られるものだった。しかし見返す分でも1日1回の使用回数にカウントされてしまう。
ーーシャリリンリンーー
堀って作った穴を目の前に、令嬢はデバガメノマドを起動した。
後になってこの穴に埋まっておけばよかった。と思うほど恥ずかしい思いをするのだが、それは後の祭りである。
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俺はここの領主に雇われている護衛だ。
王都で騎士の資格を受け、地方や辺境の貴族へ出仕するべくこの地域にたどり着いた。
王都から離れた地方とはいえ、生産される作物の状態は良く産業も活発だ。住んでしばらくしてこの地に骨をうずめようと思ったほど気に入っていた。
領主夫婦は領民から支持され人望もある。大きな犯罪もないのどかな地域だが、領主としての建前もあり護衛騎士を何名か募集していた。その内の一人として任命され今日にいたる。
領主邸へ住みはじめて数日後、令嬢と会話する機会があった。
何やら大きな布袋を持ち上げて庭を行き来している。華奢で美しい令嬢だ。重そうな荷物を持ち上げている様子にハラハラしてしまう。
「お嬢様、お貸しください。どこへ運べばよいですか?」
「えっ!?あ、あの。。。そう重くはございませんので、お力添えいただかなくても大丈夫ですわ」
いえいえ俺が持ちますよ、いえ私が そんなやり取りを交わしたあと力仕事をまかせてくれた。
自室から見える範囲に好みの植物を植えたいらしい。令嬢がしていることは、庭つくりだった。領主邸には住み込みの庭師がいないので庭を整備するには派遣してもらう必要があるが、大がかりな庭仕事をするつもりはなく出来る範囲で庭に彩を添えたいとのことだ。
地方の令嬢は庭仕事に忌避感はないのだろうか。
小さいスコップで運んできた腐葉土を寄せ、あーでもないこーでもないと庭石のポジションを検討している。完全に庭いじりを楽しんでいる様子だった。
その様子は大変かわいらしく、王都にいる貴族の令嬢には感じたことのない好感を抱いていた。
普段は王都や周辺地域との伝達のほか、獣害警備やもめごとの取り締まりなどを担っている。しかし時間の許す限り、領主邸の力仕事を手伝い令嬢に会う機会を増やしていった。
彼女は内面も美しい。どのような立場の人に対しても威圧的な態度をとることはなく、聡明で相手の立場となって物事を考える気立ての良さがあった。
会うたびに、声を聞くたびに、彼女がこの領主邸で一番に守るべき宝なのだと感じていた。
そんなある日である。
夕方、自室へ戻り着替えをしているときにチリリ・・と何かの魔道具の気配を感じた。
この感じは久しぶりである。騎士の訓練には、魔術や魔道具が使われている際の対策も習熟する必要があった。人を魅了してくるものや睡眠を誘うもの。そして行動を盗み見るものまで各対策を練らなければならない。まずはどのような魔道具が使われているのか見極めが肝心だ。
平和だった領主邸で、初めての警戒をしながら意識を研ぎ澄ます。
…間違いない。これはデバガメノマドによる魔術だ。どこから?護衛騎士の様子を探るような刺客がいるのか!?
こちらへ向いていた気配は、最初に少し揺れて自身以外の場所を映していたようだが今はしっかり自分へ照準を定めたようだった。魔術に気づかない振りをしてゆっくりと服を脱いでいく。チリ。。と続く気配を辿って、相手の位置に検討をつけた。
ーーーーーーーお嬢様の部屋だ!!!!!!!
なんということだ!自分の知らない間に誰かが忍び込んだ!?
お嬢様の身を守るべく、慌てて気配察知の魔道具を起動しながら部屋を出る。これは周囲30mほどの生きものや動いているものの位置を察知するアイテムだ。
廊下では誰ともすれ違わない。屋敷にいる人は夕食前の仕事や支度で忙しいのだ。下履きのみの姿なので良かったが、今の自分の姿を忘れるほどに焦っていた。
ほどなくお嬢様の部屋前に着く。そのころには気配察知の魔道具が正確な人の位置などを映し出していた。
ハッとして魔道具を見る。この周辺ではお嬢様と自分だけだ。下の階に領主夫妻、厨房に下働きの料理人がいる。特に異常はない。しかしお嬢様を表す表示は、部屋の中を激しく移動していた。
魔道具が使われていたのは確かだ。気配察知がされにくい何かがあるのかもしれない。気を引き締めながらそっと部屋の中を探った。
「ふんふ~~ん、ハッ!ホッ! ララ~~ ヨッ!」
音を立てないように薄く扉を開け部屋の中を見ると、すぐには理解できない光景が広がった。
回っている。お嬢様がぐるんぐるん回って時々手に持った小型剣を突き出している。
剣舞だ。歌いながら激しくお嬢様が踊っている。前にこっそり訓練場を覗いたときよりかなり上達している。
と、とりあえず無法者がいるわけでは無さそうで安心する。安心はするが動悸が収まらない。何故。なぜお嬢様はお部屋で剣舞を舞っているのか。いやまて今自分は下履き姿だ。服を着ていない。服を着ていない護衛騎士が雇い主のお嬢様の部屋を盗み見ている。とても危険な状況である。しかし目が離せない。
お嬢様の動きがゆるやかになり、剣舞の締めのポーズを取った。
まずい。大変まずい!誰にも気づかれず自室に戻らねば!
なんとか誰にも会わず部屋へ戻り、着替えて今起きたことを考察する。
お嬢様が魔術具を使ったのだろうか。
だとしたら、何故こちらを見ていたのか。
あらぬ可能性に気付いて衝撃を受けた。いやまだ決まったわけではない。だが他の理由は思い当たらない。いつしか、お嬢様がこちらを盗み見ている情景を妄想していた。
次の日、お嬢様とは庭で挨拶をかわした。
当然そしらぬ態度でお嬢様に接する。今日も庭いじりをされるようだ。もちろん隙を見て手伝うつもりだ。
挨拶をしたときお嬢様はパッと顔を赤らめられた。可愛い。
やはり見ていらしたのだろうか。何食わぬ顔で手伝いをしながら何度もお嬢様を盗み見てしまう。
その日の着替えは緊張した。やはり昨日は何かの間違いだったのだろうか。デバガメノマドが使われなかったら、そういうことなのだろう。
少し待ってみるが気配がない。やや気落ちしてシャツに手をかけたとき、チリリ・・と待望の気配がやってきた。
あの日から毎日、デバガメノマドの気配は自分へ向かってやってきた。
もう間違いではない。確実に自分は「覗かれ」ている。
出来るだけ明るい窓側で、昔教官に褒められた上腕二頭筋で力こぶを作ってみたり、後輩に羨ましがられた割れた腹筋はもちろんのこと、背中から腰にかけて絞られていく広背筋が良く見えるように立ち位置も工夫した。
お嬢様は覗いた後にかならず剣舞を舞い踊るようだ。こちらからはお嬢様の部屋へ気配察知の魔術具を向けていた。秘密の儀式を共有しているようでたまらない。
いかにも体の調子を確かめる風を装いながら少しだけセクシャルな仕草をしてみせたこともある。そんな日の剣舞はいつもより過激なようだった。
別邸には他の護衛騎士もいるが、本邸を守るのは自分で本当に良かった。
お互いに触れ合うこともなく、毎日会話しているわけでもない。
しかし確実に積み重なっていく想いがあった。
領地の境界にある山のふもとに魔獣が出没したという話を聞いたのは、冬の真っ只中の時期だった。
隣の地の辺境伯は北方の山間側の獣害で手が離せなく、ややこちらの地域に近い場所に現れた魔獣は一般の剣士や魔術師では倒せない強敵ということだった。
そこで領地内の精鋭をかき集め、魔獣退治に向かうことになる。
同行した同じ世代の魔術師はこう言っていた。
「少ない被害で魔獣を倒すことができたら爵位がもらえるらしい」
被害が出ることが前提のようだ。それだけ魔獣は強敵なのだろう。
討伐の結果は上々で、魔術師には爵位が授与された。
こういう討伐による褒章は、高度な魔術が使われたという事実があるので魔術師は評価されやすい。一般の剣士や騎士が受けるには討伐軍のリーダーであるか、よほどの活躍がないと認められないのが現状だ。
ところが爵位を授与された魔術師が討伐状況の映像を提出し、同行した討伐軍の誰がどのような活躍をしているかを細かく報告したらしい。その魔術師は自分を強く推してくれた。
確かに、討伐時に自分はかなりの魔獣を足止めできていたと思う。雪の足場でも早くコツをつかんで攻撃を続けていた自負もあった。
そして功績のあった自分に騎士爵が授与される流れとなる。
領主夫妻へ報告すると大変喜んでくれた。
討伐前にも、無事に帰ってきてくれるだけで良いと言ってくれる心優しい夫妻だ。
じんわりと感動していると、突然思いもよらない相談を持ち掛けられた。
「うちの娘をどう思っているか?」
夫妻の娘はお嬢様ただ一人。お嬢様をどう思っているか。
頭の中でクルクルと剣舞を舞うお嬢様の様子が突然思い浮かんだ。
いやあの、大変素敵なお嬢様です。可憐で美しく聡明な令嬢です。
おかしな受け答えにならないように返事をする。
「君さえよければ、婿にこないか?」
引き続き頭の中でお嬢様が回っている。クルクル回っている。夫妻がグイグイくる。
一つでも間違えば、この話が逸れてしまうかもしれない。慎重に注意深く返事をする。
大変光栄です。願ってもないことです。しかしお嬢様の気持ちは…
「いやあれは君のこと好きすぎでしょ。君も好きでしょ。」
くるくる回っていたお嬢様が剣を突き出す。
ヨッ!ハッ! そんな可愛らしいかけ声まで聞こえてきそうだ。
もうとっくの昔に私はお嬢様に心身ともに仕留められていた。
そして私の気持ちは、夫妻にも見抜かれていたようだ。
準貴族でも爵位あるなら問題ないね、このまま婿に来てもらいましょ。私は最初の面接のときに目をつけてたわよ。あらあなた、そんなに娘の気持ちが気になるなら試してみましょうよ。そんな会話を夫妻がしているのを聞いて放心していた。
今日もデバガメノマドの気配がやってきた。
自分はお嬢様と想いあっているのか。自分の身勝手な妄想ではないのか。
私たちは手を繋いだことすら無いのだ。
試すようなことはしたくないが、なにか確実な答えが欲しいとも思ってしまう。
チリ・・と気配が忍び寄るなか、いつもより大胆に服を脱いでみせる。
お嬢様のお目汚しをして嫌われたくはなかったため、最後の砦となる下履きを脱いでみせたことはなかったがこの日は違った。
少し体を横にしたあと下履きに手をかけ、ゆっくりずり下ろす。真正面から見られる度胸はなかった。
やってしまった。とうとう最後の砦を自ら崩してしまった。
お嬢様はどう思われただろうか。おそらく初めて見る異物だろう。醜く思われなかっただろうか。
その日は剣舞が無く、次の日にはデバガメノマドの気配すらなかった。
やるのではなかった。
お嬢様はただ異性への興味で見られていただけだったのだ。決して俺自身が見たかったわけではなく。
後悔しきりの中自室でめそめそしていた。
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深夜、お嬢様が屋敷を抜け出そうとされている。
領主邸には自分や他の護衛騎士がいるのもあって不届きものが敷地内にやってくることはそう無い。夜中に屋敷を見張っている者もおらず、するっとお嬢様は裏山へ向かわれた。
一体何事か。
つい夕方頃の深い後悔を思い出した。もしかしてお嬢様に何かあったのでは?それでデバガメノマドを使う余裕が今日はたまたま無くなっただけなのでは?と都合の良い思いが頭を駆け巡る。
月明りの中、お嬢様は裏山の一角にたどり着き土を掘りはじめた。声をかけるべきだろうか。しかしこのような深夜に怖がらせてしまうかもしれない。隠密の魔道具を出し、こちらの気配を消してお嬢様の手元が見える位置へ移動した。
掘った穴をしばし見つめるお嬢様。手に何か本をお持ちのようだ。その表紙を見てしくしくと泣き出された。一体何事か!?
ーーシャリリンリンーー
声をかけようと近寄ったとき、魔術具の起動音がわずかに聞こえ思わず踏みとどまる。
こちらからは本の中が見えないが、少し光っているようだ。短い時間であったが、美しい笑顔で本を見つめたあとにお嬢様は本を抱きしめた。
「やっぱり…私、あなたを諦めることができません」
声をかけづらくなってしまった。あの本の中にお嬢様のお心をつかむ誰かの思い出があるようだ。お嬢様は静かに泣かれ、しばらくその場で本を抱きしめて動かれなかった。
なんということだろう。自分はお嬢様と婚姻が結べると浮かれてさえいた。調子に乗って淑女に見せてはいけないものを見せてしまい、今こうしてお嬢様の秘密を探ろうとさえしている。自分は本当にどこまでも愚かシャリリンリンーー
また魔術具の音がした。お嬢様が本を開かれる。先ほどと同じように抱きしめ、
「大好きです」
閉じたまぶたから涙をあふれさせて想いを告げていた。誰かに。
お嬢様は堀った穴に本と長細い何かを埋めて、邸宅へ戻られた。
自室へ戻るまで見送り、改めて裏山の方へ目を向ける。
お嬢様の涙を流す姿を思い出す。月光に映し出され、妖精のような美しさだった。
領主夫妻とは話がついている。この婚姻をあきらめる気は毛頭ない。
例えお嬢様が別の誰かを想われていても。
絶対にその相手よりもお嬢様を幸せにする。そしていつか自分へその愛を向けて欲しい。
自分はこれから人でなしの行動を起こす。
淑女が隠したかったものを暴くのだ。
お嬢様と自分との障害は一体誰なのか、よく知り対策を練らねばならない。
来た道を戻り裏山の一角にたどり着く。
決意を固めた青年の凛々しい姿を、月が照らし出していた。
[あとがき]
掘り起こした日はすでに起動済みだったので映像が見られませんでした。
↓続きました。ご一緒にドウゾ
【完結】お嬢様の秘密が暴かれるまでと暴かれた後
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