序章-9:執事との出会い
ミレーヌとの会話を終えたユウトは、リーデンハイル家の廊下を歩いていた。広い館の装飾や整った廊下は、見ているだけで圧倒されるような美しさだったが、どこか冷たい印象もあった。
ふと、廊下の先に黒い燕尾服を纏った中年の男性が静かに立っているのが見えた。その姿にユウトは今朝のことを思い出した。
「あ、この人は……」
ユウトが軽く息を整えながら近づいていくと、男性は気配を察して振り返り、柔らかく微笑んだ。
「ユウト様、いかがお過ごしでしょうか?」
「クライヴさん、ですよね。色々と面倒見ていただき、ありがとうございました。」
ユウトが頭を下げると、クライヴは落ち着いた口調で答えた。
「とんでもございません。この館は初めての方にとっては、広さが少々厄介でして。特に廊下が似ておりますので、慣れるまでは戸惑われるかと思います」
その丁寧な言葉に、ユウトは自然と肩の力が抜けた。
「確かに、こんな広い家に住むのは初めてで……ちょっと迷いそうです。俺なんか、まだ部屋から食堂までのルートくらいしか覚えてないですよ」
「ご安心ください。何度か歩いていただければ、自然と馴染まれることでしょう。ただ、地下の倉庫だけは少々複雑でして、時折使用人たちでも迷子になることがございます」
「えっ、使用人の人でも迷うんですか?」
ユウトが驚いたように尋ねると、クライヴは少しだけ目を細めて微笑んだ。
「はい。特に新人の者にとっては、館の構造そのものが試練となることもございます。しかし、それも経験の一部でございます」
その穏やかな言葉に、ユウトは思わず笑みをこぼした。
「そういえば、朝ごはんすごく美味しかったです。あれって誰が作ってるんですか?」
ユウトが話題を変えると、クライヴは軽く頷いた。
「それは料理人のライラでございます。この館で料理を担当しており、その腕前は周囲でも評判です」
「確かに……味もそうだし、見た目もすごく綺麗でした」
「ライラは常に新しい料理にも挑戦しており、時折厨房が騒がしくなることもございますが、それもまた彼女の熱意の表れです」
クライヴが淡々と語る様子に、ユウトは思わず笑いをこぼした。
「それは……なんだか親しみやすいというか、いいですね。完璧に見える館にも、そういうちょっとした面白さがあると」
「ありがとうございます。それもまた、この館の魅力の一つかもしれません」
「この館って、他にもいろんな人が働いてるんですよね?」
ユウトが尋ねると、クライヴはゆっくりと頷いた。
「はい。この館には使用人が多くおります。それぞれが専門の役割を担い、日々リーデンハイル家を支えております」
「さっき、メイドのミレーヌさんにもお会いしました。」
「ミレーヌですか。彼女はまだ若いですが、非常に勤勉で、館内の清掃や装飾品の管理に携わっております。彼女の几帳面さは、大いに助かっております」
「確かに、話してみてすごくしっかりしてるなって思いました」
「そうですね。本当に優秀な使用人でございます」
クライヴの言葉には、使用人たちへの信頼と敬意が感じられた。
「さて、私はこれで失礼いたします。また何かお困りのことがございましたら、どうぞ遠慮なくお声掛けください」
クライヴが深々と一礼すると、ユウトも慌てて頭を下げた。
「ありがとうございます。俺、まだ慣れないことばかりですけど、よろしくお願いします」
「こちらこそ、ユウト様が安心して過ごせるよう努めさせていただきます。それでは」
静かに去っていくクライヴの後ろ姿を見送りながら、ユウトは心の中で呟いた。
「すごい人たちだな……みんながこんな風に支えてるから、この館が成り立ってるんだ」
その感慨を胸に抱きつつ、ユウトは部屋に戻ることとした。




