第九話:引き継ぎとお泊まり
レイドが去って間もなく、村人たちは次々に意識を取り戻し始めた。先ほどまで狂気に満ちていた様子が嘘のように、皆、呆然とした表情で周囲を見回している。
「……ここは……?」
「なんでこんなところに倒れてるんだ……?」
村人たちは互いに顔を見合わせ、状況を理解しようとするが、誰も先ほどの出来事を覚えていないようだった。
リュシアが一人の村人に近づき、優しく声をかける。
「みなさん、無事のようで何よりです。お怪我はありませんか?」
「あ、はい……ありがとうございます。でも、私たち……何が起きたのか……」
「記憶がないのね……」
リュシアは小さく息を吐きながら、ユウトの方を見た。「ユウトさん、少し手伝っていただけますか? 怪我人がいないか確認しましょう」
「わかった。それと、医者も呼んでおこう」
「そうですね」
リュシアが頷き、野次馬の中から数人に医者を呼ぶよう指示を出した。
しばらくして村医者が到着し、村人たちを診察し始めた。狂気に満ちていた時間が嘘のように、全員が安堵の空気に包まれている。
「異常はありません。ただ少しの間、安静にした方がいいでしょう」
村医者の言葉に、村人たちは胸をなでおろした。しかし、リュシアの表情にはまだ不安の色が残っていた。
「ただこのまま放っておけませんね。治安管理官に事情を説明し、正式に引き継ぎを行いましょう」
「治安管理官って……なんだ?」
ユウトが首をかしげると、リュシアは落ち着いた口調で説明を始めた。
「治安管理官は、治安管理局という組織に属する職員です。簡単に言うと、この国の治安維持を担当する人たちですね。犯罪の取り締まりや、こういった異常事態の調査を行っています」
「なるほど……俺の世界でいう警察みたいなものか」
「ケイサツ……ユウトさんの世界ではそういうのがいるのですね。ただ、この村の近くには治安管理局の支部がありません。呼び寄せるには時間がかかるでしょう」
「そっか……待つしかないのか。でもテルマリックには間に合うのか?」
「相手には悪いですが……こちらも大事ですから、仕方ありませんね」
リュシアはそう言うと、治安管理局とテルマリックの依頼者へ連絡を取るために通魔機を借りに村役場へと向かった。
日が暮れる頃、ようやく治安管理官の一行が村に到着した。制服を着た数名の隊員が敬礼を交わし、リュシアに挨拶する。
「こちらが異変のあった村ですね。事情を詳しく教えていただけますか?」
リュシアは冷静に異変の経緯と、謎の男の出現について説明した。一方で、ユウトも村人たちの証言をまとめて治安管理官に伝える。引き継ぎは丁寧に行われたが、予想以上に時間がかかり、夜遅くまで続いた。
ようやく引き継ぎが終わり、リュシアが時計を確認する。
「今日はもう遅いですね。ユウトさん、今夜はこちらで一泊しましょう」
ユウトは周囲を見渡しながら言った。
「でも、この村って宿なんてあるのか?」
聞き耳を立てていた村人の一人が答える。
「ありますよ。あそこに一軒だけですけどね」
リュシアはその言葉に安堵の表情を浮かべた。しかし、宿の主人が困ったように眉を寄せる。
「今日は空いてますが、治安管理官さんたちも泊まるってなると、お嬢ちゃんたちには一部屋しか空いてませんね」
「えっ?」
ユウトが思わず声をあげる。リュシアは平然とした顔で、
「それではお借りします」
「え!?」
ユウトが慌てる様子を見て、リュシアは少しだけ首をかしげた。
「何か問題でも?」
「いや……」
ユウトが真っ赤になって動揺する中、リュシアは平然と宿の主人に話しかける。
「それでは、一部屋お借りします。ありがとうございます」
宿の主人は笑顔で頷き、二人を案内した。ユウトは慌てて後を追いながら、心の中で
(いいのか……?)
と呟くのだった。




