第一話:夢の声と新たな旅路
深い闇の中、ユウトはどこか遠くから聞こえてくる声に気づいた。
目の前には何も見えない。ただ、柔らかな光がどこからともなく差し込み、その中で揺らめく何かの存在を感じる。
「……こ……え……」
誰かが語りかけている。しかし、その言葉はぼんやりとしていて、意味を捉えられない。
「……来て……力……」
「力」――その単語だけは、はっきりと耳に届いた。
ユウトはその声の方向に手を伸ばそうとするが、身体が思うように動かない。まるで深い水の中に沈んでいるような感覚だ。
言葉を返そうとするが、喉から声が出ない。
(何だ……これ……)
次第に声が遠のき、薄れていく。光も消え、ただ暗闇が広がる中、ユウトは何かを掴み損ねた感覚を覚えながら目を覚ました。
目を開けると、ユウトは見慣れない天井を見つめていた。
リュシアの屋敷で寝起きする生活も数日目となったが、まだこの豪華な部屋には慣れない。
「……なんだ、あの夢……」
額に手を当てながら、先ほどの夢を思い出す。話しかけてきた存在は何だったのか、何を伝えたかったのか――何も分からない。ただ、胸に不思議なざわめきが残る。
深く考え込む余裕もなく、外から朝の光が差し込み、今日が始まることを告げている。
ユウトは寝台から起き上がり、支度を始めた。
ユウトが荷物をまとめて廊下を歩いていると、執事のクライヴが静かに近づいてきた。
「ユウト様、おはようございます。本日はテルマリックへ向かわれると伺っています。ご準備は整いましたでしょうか?」
「おはようございます、クライヴさん。なんとか準備は終わりました。でも……テルマリックってどんな街なんですか?」
「鍛冶師の街として有名で、特にドワーフたちの技術は世界中に知られております。ただし、鍛冶師たちは皆、誇り高い職人ですので、時にはその頑固さが対立を生むこともございます」
「なるほど……俺、余計なことをしないように気をつけないと」
ユウトが苦笑すると、クライヴは穏やかな笑みを浮かべた。
「リュシア様がおられます。どうぞ安心してお出かけください。私もここからご無事をお祈りしております」
屋敷の門前にはリュシアの父・カイゼンと母・セレスティア、数人のメイドたちが並び、馬車を見送る準備が整っていた。
その中でルティナは少し不満そうに頬を膨らませながら立っている。
「お姉ちゃん、本当に私も連れて行ってくれないの?絶対楽しいに決まってるのに!」
「ダメよ、ルティナ。まだ子供なんだから、こんな遠出はできないわ」
リュシアが優しく諭すと、ルティナは唇を尖らせた。
「いつも子供扱いして……もういいもん!」
そう言いながらも、目には少し寂しげな色が浮かんでいる。
「ユウトさん、道中どうかリュシアをよろしくお願いしますね」
セレスティアが柔らかい声でユウトに微笑む。
「ええ、こちらこそお世話になります。俺がどこまで役に立てるかわかりませんが、迷惑だけはかけないようにします」
ユウトが頭を下げると、カイゼンが重々しい声で言葉を継ぐ。
「無理をする必要はない。まずはリュシアの指示に従い、様子を見ることだ。何かあれば、連絡を」
「分かりました……ありがとうございます」
見送りに集まったメイドの一人、ミレーヌが軽く微笑みながら声をかける。
「ユウト様、お怪我などなさいませんように。お帰りをお待ちしています」
「ありがとう、気をつけます」
最後にルティナが小さく手を振る。
「絶対無事に帰ってきてね。お姉ちゃんも、ユウトも!」
「うん、任せといて。しっかりお留守番してな」
ユウトがそう言うと、ルティナは少しだけ笑顔を見せた。
荷物を載せた馬車に乗り込み、リュシアと共に屋敷を後にする。
リュシアが持つ地図には、テルマリックまでの道が描かれている。道中は緑豊かな森や小川を越える長い旅路だ。
「テルマリックって、そんなに遠いのか?」
ユウトの問いに、リュシアが穏やかに答える。
「一日程で着ける距離ですね。途中で休憩を挟む必要があります。初めての長旅かもしれませんが、きっと良い経験になるはずですよ」
馬車は静かに動き出し、ユウトの胸には期待と不安が入り混じった感覚が広がっていた。
(夢の声……なんだったんだろうな)
静かにそう呟く彼の視線は、遠くに続く道の先を見つめていた。




