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第四話 父との対話

「すずめ!」


「そりゃ俺のことか?」


「ふふっ、バレた?」


「最近よく来るな、お前」


「まぁね」


 時間の流れってのは早いもので、気付けば暦の上では初夏が訪れて、彼女の服装も自然と薄地な物となっていた。


「目的でもあるのか?」


 その身を緩やかにすり寄せ、俺の眼前に覗き込むように小首を傾げて、にんまりとした笑みでこちらを見つめる。


「顔がタイプだったから」


「あぁそうかよ。そりゃ親に感謝しないとな。つうか、暑いからくっつくなよ」


「でも、今は違うかな」


「あぁ、そう」


「ねぇ、誠二君。学校が終わったら……」

「家に帰る」


 俺は、食い気味にそう言った。


「……そっかぁ。残念」


 落胆し、寂しそうな眼でこちらを見つめ、嘆息しながら遠い空へと視線を変えた。


 彼女の懐からブザー音が鈍く鳴り響いた。


 徐に手探りで取り出し、生気を吸い込まれたかのように、その瞳は光の届かぬ底無しの沼に沈んでいった。


「……ごめん、先帰るね」


「あぁ、気をつけてな」


 俺は哀愁漂わせる彼女の背に、手を差し伸べることなく、視界の端から消えていくのを影が薄てゆくのを……ただ茫然と見ていた。


「彼女か?」


 次の来賓は災厄なるカラス、いや父であった。


 俺のオアシスが穢れていく……。


「ただの友人。それにしても随分と早いご帰宅だね、患者とでも喧嘩になったのか?」


「いいや。また呼び出されるかも知れんが、今日は早退きのつもりだ」


「あ、そう」


「お前は此処で何してる?」


「あっ……。いや、そろそろ言っておくべきか。父さん、話があるから、まぁ座ってよ。どうせ帰っても暇なんでしょ?」


「……要件なら手短に済ませろ。お前ほど暇ではない」


 舌剣な父は静かに空いた席へと腰を下ろす。


「ん……?」


 傍に佇む自販機に一瞥した。


「……」


「変わったらしいね、自販機の種類。兄ちゃ、兄貴がそう言ってたよ。案外、覚えてるもんなんだな」


「当たり前だ。記憶など容易には消えない」


「どうせ俺は馬鹿ですよ。……で、本題に入るんだけど、俺さ進路が決まったよ」


「そうか、何処の大学だ? まさか、一成の代わりをするつもりじゃないだろうな?」


「母さんから聞いたの?随分と断片的だね。俺はそれについて少し聞きたいんだけど……兄貴はなんで夢を諦めたんだ?答えろよ」


 父は鬼気迫る形相を浮かべ、瞬く間に鋭い眼差しをこちらへ向けた。


「知ってどうするつもりだ」


「どうって、決まってんだろ。もっと兄貴のことが知りたいからだ。兄弟だしな」


「……。不用意に人の心を詮索するのか?随分と身勝手に人を傷つけるようになったな」


「それでも知りたいんだ。俺は、蚊帳の外は嫌だから……」


「あいつは死に対する恐怖に負けた。それだけの話だ」


「……は?」


「どうやら本当に聞いていなかったようだな」


「ぁ、ああ。うん」


 そっか、そう…だったのか。


 だから頑なに俺の意見を否定していたのだろう。でも、何で……。


「俺に言ってくれなかったんだ」


「先のお前が言ったように、兄弟だからだろう」


「?」


「お前は一成の背中ばかりを追っていてたからな、当然と言えば、当然だろう」


「別にそこまでは追わねえよ」


「私情を持ち込む以前に、血が駄目ではその方面では使い物にならん。夢を追いかけるだけでは、生きていけないだろう」


「そう、か」


 万が一、これが真実だとしても獣医から人医に変更ってのは、甚だ疑問だけどな……。


「なんか、釈然としねえ」


「思い通りに行かなくて残念だったな」


 全ては俺の早とちりだったのか。


 俺は勝手に父さんを悪役にして……。


「思考ばかりを一人歩きさせ、真実を把握せずに理不尽に恨まれていた訳か」


 やっぱり嫌いだ、この人。このクソ親父。


「あぁ、志望校なんだけど、獣医関係の大学に行きたいんだよね」


「お前……」


「繰り返してるよ。言っておくけど、あの頃の俺とは違う。自分の意志でちゃんと進んでんだよ。人の潰えた夢なんざに興味はない」


「考えはあるのか?」


「首席取って費用免除で、今のバイト代を一人暮らしに当てるのが理想なんだけど、思い通りに事が運ぶかは、受験生の頭によるかな」


「不要な心労を掛ける必要はない。大学費用は十分に蓄えがある。お前は勉学にだけ心血を捧げろ」


「それは老後の為に取っておきなよ。それよりも、頼みがあるんですが、お父様」


「ふざけるな」


「家庭教師のバイト探してるんだけど、父さんの知り合いに受験に差し迫った学生とかいない?」


「……」


「今のバイトじゃ、かなり時間も食われるし、あんまり時給も良くないから。できるなら得意分野で攻めようと思って」


「ハァ……。知人に当たってみよう」


「チュンチュンッ‼︎」


「ん……?」


 父は徐に一瞥する。


「雀か?」


「気付くの遅すぎるでしょ」


「……随分と数が多いな。兄弟か?」


「あぁ、うん。増えたんだ、家族」


 幾重にも重なりし小鳥の囀りが、不思議と俺の頬を緩ませていく。


「何か飲むか?」


「……じゃあ、貰おうかな。今日は苦いのを」

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