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8話 漏れてしまった「すき」

「それじゃあ、改めまして、りん君? いらっしゃい、お姉ちゃんのお部屋へ」


 思わず『運動後ですか?』と問いたくなるくらい頬を上気させ、未だ荒い呼吸のままの瑠衣姉。


 そんな彼女と俺は、思った以上に綺麗だったマンションの一室で、正座して向かい合っていた。


「お邪魔……します」


「ん? どうかした? さっきから、『この部屋にはきっと見せられないものがたくさん隠されてるはず。どこだ! どこなんだ!? いったい何を隠してるんだ!?』みたいな顔して」


 瑠衣姉に死角はない。


 俺の考えてることを一言一句間違わずに当ててきてくれる。すごい。ううん。怖い。何でわかるんですか、ほんと。


「ふふふ……。今度は『俺の考えてることを一言一句間違わずに当ててきて怖い。何でわかるの?』みたいな顔してるね。それはわかるよ。わかって当然。昔からりん君とは付き合いがあるんだもん。ちょっとした仕草とか、表情の変化でもうバッチリ」


 豊かな胸を得意げに張る瑠衣姉だけど、ツッコまずにはいられなかった。


 俺はコホンと咳払いし、切り出す。


「付き合いがあるって言っても、よく絡んでたのは俺が小さかった時だよね? 成長したし、そういう仕草とか表情って変わっていくものだと思うんだけど?」


「ざ~んねんっ! それはりん君が勝手にそう思ってるだけだよ~」


「え?」


「りん君の仕草とか表情の変化は、小さい時から何も変わってませ~ん。お姉ちゃんにはお見通しなのだ~」


 バキュン、と指で銃を撃つ真似をしながらウインクしてくる二十八歳処●。


 何だろう。


 嗜虐心が刺激される。


 瑠衣姉が困るような意地悪はしたくないけど、くすぐりの刑で笑い死にさせたい。わからせしたい気分だ。


「……まあ、何でもいいんだけどさ、瑠衣姉?」


「おっ。今度はその視線。何か飲み物が飲みたいよって訴えて来てるな~? 仕方ない、お姉ちゃん向こうから――」


「違うよ」


 瑠衣姉の言葉を遮るかのように言うと、彼女は小首を傾げて疑問符を浮かべる。


「あれ? りん君、違った? てっきりジュースが欲しいのかと……」


「ううん。違う。違うから、もっと俺の目、ちゃんと見てよ、瑠衣姉」


「……へ?」


「俺は今、何を考えてるでしょう? 仕草と表情でわかるんだよね? 当ててみて?」


 言って、瑠衣姉のことをジッと見つめると、彼女はまた自信ありげに胸を張り、


「は、はいは~い。わかったから、ちょっと待ってて。すぐに見抜いちゃうんだからね~」


 俺の言った通り、こっちをジッと見つめ返してくれる。


 ……くれるのだが。


「…………………………」


「…………………………」


「…………………………」


「…………………………」


「……………………あぅ」


「………………? どう? 瑠衣姉、早く当ててみてよ」


「り……りん君……っ……」


「どうかした? なんか顔がだんだん赤くなってきてる気がするけど?」


「っ……!」


 俺の言葉を受け、瑠衣姉は遂にこちらへの視線を外し、両頬に自分の手を当てる。


 それはまるで、返り討ちに遭ったかのような、そんな反応だ。


 俺は若干頬を緩ませ、抑えられない笑みを浮かべたまま、瑠衣姉の顔を覗き込む。


 意地悪な気持ちはあった。


 瑠衣姉に意地悪はあまりしたくないと言ったけど、これくらいはたぶん許されるはず。


 心の中で、瑠衣姉に対して『好き』と連呼し続ける。


 それは、きっと彼女を嫌な気持ちにはさせないはずだから。


 もちろん、その推測にはちょっと願望も入ってるけど。


「り、りん君……そういうの……だめ……」


「……? だめって、何が?」


「っ~……! か、からかいも禁止っ……! 心読むとか……そういう話じゃなくなってきてるし……」


「そういう話だよ? 俺、今瑠衣姉に心読んで欲しかったんだから」


「ち、違うよ……! だってりん君……口……」


「……? 口……?」


 口がどうしたんだろう。


 思わず首を傾げてしまった。


 何か変なことしてたか?


「口……動いてた……。……『すき』って……」


「…………へ?」


「……うぅ……」


 正座から女の子座りになり、赤くなってる瑠衣姉。


 対して、俺はそんな彼女を前にして完全に硬直する。


 そして、自分の口に手をやり、言われたことを確かに頭の中で反芻させた。


 反芻させて……。


「ッッッ!? あ、あれ!? おおお、俺、え!? ううう、嘘!?」


「うぅぅぅぅ~……!!!」


 瑠衣姉は、すぐそこにあったベッドへ上がり、高速で毛布を被って姿を隠す。


 俺は……不意打ちを食らって顔を真っ赤にさせてた。


 何を言ってるんだ、俺は……!


 この後、すぐに苦し過ぎる言い訳をしまくったのは、言うまでもない。


 俺に関するものをどこへどうやって隠したのか。そのクローゼットの中にはいったいどんなものが隠されてるのか。


 それらを見せて欲しい、なんて言って会話を進めようと思ってたのに。


 初っ端からとんだプレイミス。


 俺は、完全に出鼻をくじかれた形となった。


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