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携帯を見ながら歩いていると、危うくコインパーキングを通り過ぎそうになった。俺は携帯をしまい、黒いプリウスのロックを解除し、ドアを開けた。助手席にリュックサックを置き、運転席に乗り込んだ。エンジンを蒸して、ゆっくりと発進する。車はせせこましい住宅街を縫うように走った。途中、ブロック塀の角で車体を擦りそうになった。庭の手入れをしている老いた女性がこちらを見つめていた。俺は急いでアクセルを踏んだ。少し走れば開けた通りに出た。ハンドルを握り直し、スピードを上げた。免許を取って5年ともなると運転に余裕が見えてくる。俺はシートにもたれかかった。スプリングがギシギシと音を鳴らした。


どんなに車が好きな人間でも1時間も運転していれば疲れが見えてくる。俺はシャツの第一ボタンを外しながら、タクシーを使えばよかったと後悔した。いや、タクシーはいけない。足がついてしまう。袋で密封しているとはいえ人の死体を溶かした液体をリュックに入れていれば異臭が漂うのは間違いないだろう。それだけは避けないと。そう考えて、ハッとした。俺は自分自身が悪い人間であるかのように振る舞っている。こそこそと隠れて、人を殺してまるで犯罪者だ。俺は一気に息を吐いた。胸の奥から息がごっそり抜けて、身体は空気を入れる前の風船のようにしぼみ切ってしまった。伽藍洞となった心の最深部では「ギゼンシャ」の4音だけが静かに、しかし、幾度となく反響していた。


ところで、誠はどのように寮に帰ったのだろう。免許は持っていないので車はつかえない。そもそも自分は未成年だ。電車か?いや、あのような血まみれのシャツで電車に乗れるハズがない。途中で着替えたとも考えたが誠が着替えを用意するほど用意周到な男であるとは到底思えなかった。勢いで出て行ってしまったので荷物も持っていなかったが、大丈夫なのだろうか。一抹の不安がよぎったが彼のことなのでどうにかなるだろうと忘れることにした。


3日前、ボスの横にたたずむ誠の姿を俺は見た。それが誠と俺の遭逢だった。

背が低く、猫背で、痩せていたが、シャツだけはキチンと糊付けされていた。が、彼の軟派な雰囲気には不相応だった。

ボスが仰々しく言った。

「栗花落くん、昨日伝えた時雨くんだ。面倒を見てやってくれ」

俺は軽くうなずいた。ボスが誠の方にに向き直る。

「彼が栗花落俺くん。君の先輩であり指導役だ。彼の後をついていきなさい。」

「はい。わかりました。栗花落先輩、宜しくお願いします。」

誠は一点の曇りもない笑みを俺に向けた。

「ああ、宜しく頼む。ところで、どうして新人なんて連れてきたのですか?人は足りているって言ってたじゃないですか。」

ボスはイタズラがバレた子供のような顔をして首を横に振った。

「それは、ちょっとした事情があってね。」

「はあ。」

俺はため息をつくように言った。

ボスが声を潜めて言う。

「まあ、彼は訳アリなんだ。お願いだから黙って彼の教育係を受けてくれ。君にしか頼めないんだ。」

ボスはさらに表情を崩した。いつも微笑みをたたえている口角は無様に垂れ下がっていた。俺はひどい顔だと思った。しかし、彼はボスのこんな顔に弱いのだ。

「……分かりました。」

俺は目を伏せて小さく答えた。

そして、顔だけを誠に向けて言った。

「次の任務は3日後だからそれまで部屋で休んでおけ。きついぞ、人殺しは。」

俺はニヤニヤ顔で、軽く挑発した。

「そこは心得てますから。大丈夫ですよセンパイ。」

誠は先ほどとは対照的に気味の悪い笑みを浮かべた。にやりと口をゆがめるさまは到底堅気とは思えない。

「では、僕はこれで失礼します。3日後をたのしみにしています。」

そう言って誠は部屋を出た。

俺は率直な疑問をボスに投げかけた。

「そういえば、あいつ何処で寝泊まりするんですか?確か寮は満室でしたよね。」

「ああ、君の部屋だよ。」


俺と黒いプリウスは深い森の中へと入っていった。ヘッドライトが、蛇のように細く曲がりくねった道を照らした。舗装がなされていないけもの道を数百メートル進んだ先に寮はある。鬱蒼とした森の中の鉄筋コンクリート造の建物はまるで別世界から切り取られてきたかのように不自然だ。地面に砂利を敷いただけの簡易的な駐車場に車を止める。寮ではそれぞれに専用の駐車場所が割り当てられる。俺の番号は2番だ。


駐車場を出ようとした時、1番の車のヘッドライトがついたままになっていることに気づいた。確か1番はボスの車だ。今日は非番で外に出る必要はないはずだ。誰が車を使ったのだろうか。


俺は寮の重い鉄扉に手を掛けた。建物が古いので立て付けが悪くなかなか開かない。3秒ほど格闘したのち唸るような音と共に扉が開いた。帰ってきた。あの、イレギュラーばかりの最悪な任務から無事に帰ってきたのだ。


俺は自室のドアを開けるや否やベッドに飛び込んだ。もちろん、濡れたパーカーを着たままで。寝返りを打って仰向けになれば、グチュりと嫌な音がした。背中の辺りから水が染み込んでいくのがわかる。身体は疲れているのに意識だけは妙にはっきりしていた。学生の頃、テストのために徹夜した日の朝はこんな感じだったような。学生というキーワードから嫌な思い出が連想される。当時、目に映った映像、聞こえた音、そして感情がシャボン玉のように浮かんでは弾け、不快感と後味に悪さだけを俺の胸に残す。全く、あんなイレギュラーさえなければ。そのような考えが脳裏に浮かんで、自分が強い被害者意識を持っていることに気づいた。それはお門違いだ。これは自分自身の罪禍なのだから。


目を背けるなと自分に言い聞かせる。何回も何回もただひたすら脳内で反芻する。俺は「死」の記憶とむき合わなければならない。


閲覧ありがとうございます。

時は経つのは早いものでもう2023年が終わってしまいます。

来年はもっと頑張って執筆したいですね。相変わらず投稿頻度は激遅ですが、気長にお待ち下さい。

最後になりますが感想、☆などよろしくお願いします。

では、良いお年を!

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