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「やあ、スイート」と俺は妻に向かって笑顔で。

作者: jima
掲載日:2023/11/26

朝起きると妻がタブレットだった。

「これはたまげた。昔から変わった女性だとは思っていたが、ついにタブレットになったのか」


昨夜はいつもと違ったところはなかったように思う。

「おやすみ、太郎さん」と彼女はそう言って普段通りの顔で普段通りの時間に就寝したはずだ。


とりあえず俺はそのタブレットを起動させる。

 

画面に表示が出た。

『おはようございます。タオルさん』

誰だ、タオルって。ああ…TAROUのOとRを逆にした奴だ。ワープロソフトで妻がよくやるミスだ。

このタブレットが妻だというのは間違いなさそうだ。


『ご用の場合はアイコンにタッチするか、(やあ、スイート)から呼びかけてください』

スイートって自分のことか。よく恥ずかしげもなくそんな設定に出来たものだ。


「や、やあ、スイート。もしかして君は僕の妻だった人だろうか」


俺の声かけにタブレットの上部にあるバーが青く点滅して画面上の表示とともに音声で答える。

『はい、私はあなたの妻です。こ、こんな姿になっちゃって…なっちゃって…テヘペロ」

…うーむ、何か腹立つな。


「へい、スイート」

…違うのか。

「やあ、スイート」

あっ、光った。変に細かくて面倒くせえなあ。

「…朝食が食べたいんだが」


音声と表示。

『次の内から洗濯してタッチしてください』

洗濯はしなくていいから。


『①トースト ②コーヒー ③トーストとコーヒー ④コーヒーとトースト』

選択肢は無いも同然だな。

俺は仕方なく③をタッチする。


画面に赤い文字が出る。

『SOLD OUT』続いて笑い声『プッ』

何だ、こいつ。


ムカつくが、こんなことになって妻なりに平静を保とうとしているのだろう。

…と善意に解釈出来なくもない。

「やあ、スイート。朝食の準備はできないってことだね」


またも音声と画面が答える。

『陵辱のゾンビなんてエロいゲームはしないでください。クスクス』

違った。とんだポンコツだ。善意にとった俺が馬鹿だった。


「もういいや。…やあ、スイート。何か食べるものはないだろうか」


『次の中から洗濯と掃除をしてタッチしてください』という画面表示

増えとるやないかい。


画面に選択肢が現れた。

『①焼いていないトースト ②焼いたトースト ③焦げたトースト ④湿ったTAORU』

やる気ないってことだな。


俺はため息をついてタブレットに告げた。

「やあ、スイート。近所のカフェでモーニングを食べることにするよ。君も来るかい」


『食べるモーニングのカフェで近所です。喜びです』と音声


…よくわからないが、喜んでいるようだ。

俺は支度をしてバッグには財布とスマホ、そしてタブレットを入れようとした。

すると何も操作していないのにタブレットが音声を発する。


『スマホに浮気をしていますね。スマホに浮気をしないでください』

スマホはタブレットのライバルということなのか。

わからないでも無いところがまた面倒だ。


仕方なく俺は財布と妻であるタブレットだけを持っていくことにした。

マンションの玄関で管理人が声をかけてきた。

「おはようございます。おでかけですか」


突然バッグの中からタブレットが音声を発する。

『おはようございます。今日は○月○○日、管理人を称える日です』

…「やあ、スイート」はどうした。勝手な奴だな。それと何の日だって?


管理人がキョトンとして、まず周囲を見渡し次に俺のバッグを凝視する。

「管理人を称える日なんですか?」


「どうなんでしょう」

俺は極力平静を装いつつバッグを開ける。

妻がタブレット化して勝手に喋っているなどと言ったら、病院に連絡されるかもしれない。


バッグの中でタブレットは何かを表示している。

『聞いてみてください。今日は何の日?』

俺はタブレットを取り出し、その表示を管理人に向けた。

「勝手に音声が出てしまったようです。何でしょうね、管理人の日って。アハハハハ」


管理人もそれを見て笑う。

「いろんな日があるもんですね」




マンションを出てから、俺はタブレットを睨んだ。

「勝手に突飛なことを言うなよ。心臓に悪い」

タブレットはウンともスンとも言わない。恣意的なものを感じる。


「やあ、スイート」

バーが青く点滅した。こいつ絶対悪意だ。


「勝手に声を出すと困るよ」


『困り方に評価をつけてください。星ひとつ、星五つ…のように』と音声と表示。

何言ってんだ。


「星四つくらい困ったよ。いきなり喋るのは止めてくれ」

俺がタブレットに注文をつけていると、道行く人がチラチラ俺を見ている。

 

『星四つですね。もう少しは我慢できるという困り方です。あなたの意見は他のお客様の参考になります。ありがとうございました』

いやいやいや、参考にするとかじゃなくて。





近所のカフェでモーニングコーヒーを飲み、ゆで卵を頬張っていると顔なじみの若い女性店員がテーブルの横を通り掛かる。

「おはようございます。お一人なのは珍しいですね」


「ああ、おはよう…」

先ほどのいきさつを振り返ると、タブレットの妻は俺の言動を観察しているようだ。もちろんここにタブレット妻がいるなどと滅多なことを言うのは止めておいた方がよさそうだ。

「うん。僕の美しい妻はちょっと都合で姿が見えないが、現在も美しくて賢いことに変わりはないよ」


「は、はあ。そうなんですか」

彼女が目をパチクリとさせている。


バッグの隙間からちらりと中を窺うと、タブレットがビカビカと激しく点滅していた。喜んでくれているようで何よりだ。


俺はホッとして気が緩み、つい店員に軽口を叩いてしまった。

「それにしても今日も可愛いね」


「まあ、上手ですね」

彼女は満更でも無い笑顔を見せた。


『♪You bastard, go to hell!I'll cut you into pieces…(このあばずれ、地獄に落ちろ。お前らなんかはみじん切りにしてやる)』

 いきなり激しいギターとビートに乗ってハードロックが大音響で鳴り響いた。


「うわわわっ…」

俺は大慌てでタブレットのミュートスイッチを探すが見当たらない。

女性店員が目を丸くして立ちすくんでいる。


仕方なく俺はタブレットを取り出し、話しかけた。

「や、やあ、スイート。音楽を止めてくれ」


音量が少しだけ小さくなって画面に何やら表示が出た。

『この浮気者』


「馬鹿言っちゃいけない。店員さんにちょっと挨拶代わりの冗談を言っただけだ。さっきは君が焼き餅を焼くからスマホを家に置いてきただろう。僕が愛してるのは君だけだ。タブレットの君だけだ」


ハッとして回りを見渡すとタブレットに向かって懸命に弁解し愛を語る俺を見て、女性店員ばかりでなく周囲の客全員がドン引き状態だ。


女性店員が後ずさりながら、貼り付いたような笑顔を浮かべた。

「えっと、タブレットへの愛はわかりましたので…音量を絞っていただいてよろしいですか。他のお客様のご迷惑になりますので…」


「も、申し訳ない。店は出ます」

俺は早々に勘定を済ませて、外へ出た。店を出るまでヘビメタは大音響で鳴り続けた。




「酷い目にあった。もうちょっと常識的な動作をしてくれないか」

俺はタブレットに話しかけたが、返事は無い。くそ。


「…やあ、スイート。酷い目にあったぞ」


『あなたの評価は他のお客様の参考になります。どのくらい酷かったか星いくつのように評価してください』

他のお客様って誰なんだよ。


「星百個くらいは酷いと思う。勝手に音楽を流すようなら外出には連れて行けないよ」

俺の言葉にしばらくタブレットがオレンジ色の点滅をする。どういう感情なのか意味不明だ。


『そういうことを言うと後悔しますよ』

タブレットに脅されるのは初めてだ。だがこの調子でどこにでもついてこられたら大変だろう。いかに元妻であろうともタブレットの言いなりになるわけにはいかない。


「タブレットになった君に何ができるのか、全然怖くないね」

俺はフフンと鼻で笑ってやった。以前は出来なかったことだ。なかなか気分がいい。






翌日、宅配便が相次いで届けられた。置き配もあれば玄関まで配達されたものもある。

まったく覚えのないものばかりだ。


「どういうことだ。これは韓国海苔が10ダース、洗濯用洗剤と柔軟剤が7セット、塩ビのパイプ1メートルが5本、木彫りの熊、そして…」

一番大きな段ボールは…等身大のストライクダガーだ。いらない、まったくいらんし。


「やあ、スイート。これは君の嫌がらせだな」

俺の呼びかけに昨日からだんまりをきめこんでいたタブレット妻が赤と紫の点滅を始めた。


『思い知ったでしょう。私を無碍に扱うと毎日様々な超いらないものが届くことになります』


俺は韓国海苔をムシャムシャ食べながら顔をしかめた。俺の負けだ。

「ムググ…やあ、スイート。わかったよ。俺が悪かった。君を大切に扱うから止めてくれ」


こんなことを一週間も続けられたら家計が圧迫されるのはもちろん、狭い我が家があっという間に一杯だ。ストライクダガーが何体もある家など俺は知らない。


『今のあなたの気持ちを洗濯して掃除してゴミ出しをしてタッチしろ』

いろいろ増えてるし、言葉遣いも高圧的に。


選択肢が赤色で画面に表示され、タッチしろタッチしろと言わんばかりに点滅した。

『①誠に申し訳ない ②今も君を愛してる ③君をもっと幸せにするよ ④シェキナベイベー』

 

…意味不明なのもあるが俺は全部タッチして、タブレットにむかって頭を下げる。

「やあ、スイート。反省したよ、本当だ」


タブレットの彼女が虹色に点滅し、音声と表示で勝ち誇る。

『ホーッホッホッホッホッ。ざまあみなさい。あなたの今回の反省を星いくつかで評価…』

俺はため息をついた。 







数週間して妻は元に戻った。

「治ったわ。風邪のようなものだったのかしら。オホホホホ」

オホホホじゃないよ。


妻が元に戻るまでに何度かケンカして、家の中は韓国海苔や塩ビ管やストライクダガーなどで溢れている。

病気だとしても何と近所迷惑な。


俺はやはり一言文句を言わずにはいられなかった。

「やあ、スイート…」

 




読んでいただきありがとうございました。

私はアマ○ンのアレ○サ愛用者で、家のあちこちに4台設置してあります。

意味はないとわかっていても「おはよう」「ただいま」は欠かしません。変でしょうか。

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― 新着の感想 ―
[一言] つい電車の中なのにニヤニヤしながら読み耽ってしまいました……面白いです! タブレットなのにまるで人間のよう……って元は人間ですが笑。 ストライクダガーってなんだろう? とググってみたら、ガン…
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