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3話 拡声

 魔獣は動植物や昆虫が高濃度の魔力を吸収し続けた結果、異常な成長や変化を遂げた生物の事を指す。


 その大体が元の生物より狂暴かつ強力で、俺達で言うところの魔術のような力を使うヤツも中には居る厄介極まりない相手だ。


「サムがやられた!誰かこっちに来てくれ!」


「なんでこんなに魔獣が居るんだよ!?ここらの人里には滅多に近寄らないんじゃないのか!?」


「知るか!――う、後ろっ!」


 宿場町内は騒然としてた。悲鳴や怒声があちこちから聞こえてくる。どうやらかなりの量の魔獣が侵入しているらしい。


「な、なんでこんな事に」


 腰に長剣を下げたヘレンが震えた声で呟いた。それも気にはなるが今考える事じゃない。


「ここに大した防衛戦力は居ないだろうな。俺達を送り届けた兵士はもう帰路だ。この事態に対応出来るとすれば――」


「私達しか居ないという訳だな」


 重要部位だけを鎧で覆ったリスティアが宿から姿を現した。準備は整ったらしい。


「リスティア、単独で動け。救出と討伐を並行しろ」


「おい、なぜ貴様に指示を……」


「一人で動く自信が無いのか?」


「なっ……元よりそのつもりだっただけだ!騎士を舐めるな!」


 そう言って俺を強く睨んだ後、リスティアは町内へと駆け出していく。そこそこに嫌われているようだが悪態をつきたいのはこっちだよ。早々に場を乱しやがって。


 まあ、今はこんな事に思考を割いている場合じゃない。


「ミカエル、お前は医療協会出身だったな」


「ええ、もちろん回復術は行使出来ます」


「この後、町全体に俺が具体的な避難指示を出す。それまでは自由に動いてくれ。リスティアに追従しても良い」


「臨機応変に救護活動という事ですね。承知しました」


 この事態にも大して動じていない様子のミカエルが去り、この場には俺とヘレンだけが残った。黒づくめはいつの間にか居なくなっている。


「ウィンザーさん、私は……」


 コイツは単独行動はさせたくない。他の二人よりも不安が大きい。


「まずはあそこへ向かう。俺に付いてこい」


「っ、はい!」


 目的地を指し示しながら敬いもへったくれもない口調で指示を出すと、ヘレンはどこか嬉しそうな返事をした。話し方を変えたのがそんなに嬉しいか。





 ☆




「っと」


 一息に梯子を上り切ると、目の前には大して大きくもない町の全景が広がっていた。


 ここは町の中心に建つ物見台だ。大した脅威が無い筈の王都周辺なだけあって使われてなかったみたいだが。


「右側に集中してるな」


 住民を襲い建物の破壊活動を行っている犬型の魔獣達は今の俺から見て町の右側に集中していた。それに加えてここなら混乱した宿客や住人の様子は良く見える。


「まずは……〈拡声〉」


 指示を出す為に俺は特注のホルダーから()()を取り出し、魔術を行使した。


「――サンドル宿方面が安全地帯だ!町内で一番大きい建物の方へ!その先に広場がある!」


 大音量で俺の声が響き、しばらくしてほとんどの人間は指示された場所へと動き出した。サンドル宿は俺達が宿泊していた宿だが、位置的に都合が良かった。


「作っておくもんだな」


「い、今の声、ウィンザーさんの魔術ですかっ?」


 俺が魔術の行使に使ったそれ――〈拡声〉の札が燃え尽きた頃、物見台の下で待機しているヘレンが声をかけてきた。


「ああ。今ので大体の人間の意識を引くことが出来た。直に一カ所に集まるだろう」


「本当ですか!凄い……これが魔術の力なんですね」


「感心してる場合じゃないぞ」


「え」


「今ので魔物の注意も引いたからな。一匹ここに来てるぞ」


「ええっ!?」


「何の為にお前を連れてきたと思ってるんだ。しっかり守れよ」


 情けない声を漏らし続けるヘレンから意識を逸らし再び町を見下ろす。特に目に付くのはあの二人。


 群がる魔獣を薙ぎ倒し、人々を守りながら逃げる道を確保しているのはリスティア。


 ドデカい剣と盾を持ちながらも動きにまるで淀みがない。魔獣用の訓練もしっかりと積んでいるようだ。バカとはいえ騎士団所属、それも魔王討伐に名乗りを上げ採用された騎士。実力は確からしい。バカだけど。


 もう一人は逃げ惑う人々の誘導と治療を的確に行っているミカエル。重傷者を優先的に回復魔術で治し、そいつらに軽傷者の介助をさせて避難場所へと運ばせる。


 そのほか指示も治療も的確、優秀なのがここからでも分かる。流石は次期医療協会会長といったところか。


「そういや黒づくめ(アイツ)は――」


「あっ、来ましたぁ!あっ、あっ!」


 突如ヘレンの妙な声が届く。下を見るとさっきの魔獣がここまで辿り着き、ヘレンに狙いを定めて走り寄っていた。俺は攻撃用の札を取り出す。


 しかし、それを使うまではいかなかった。


「んっ!――たあっ!」


 魔獣の突進を横に転がり躱し、立ち上がりざまに手に持った長剣で斬りつける。珍妙な声が混じってはいるが悪くない動きだった。


「ひっ!ひえっ!ああっ!」


 身軽、というより泥臭く敵の攻撃を回避し着実にダメージを重ねていく。そんな調子でいつしか魔獣の動きは鈍くなり、とうとう動かなくなった。


「はあっ、はあっ」


「結構動けるんだな。手を出す必要が無いのは驚いた」


「あっ、ウィンザーさん……」


「殺しにも躊躇していない。お陰で助かった」


「そ、そうですかぁ。訓練の甲斐がありました」


 物見台から降りるとヘレンは疲労の含んだ笑顔をにへらと浮かべた。王族があんな戦い方が身に付く訓練、か。まあ今は良いだろ。


「もう上に居なくて良いんですか?」


「ああ。思ったよりあの二人が優秀だった。自発的な避難の動きも早い。魔獣の残党の処理はともかく、大抵の住人は助かるだろう」


「そうなんですね……良かった……」


「さあ、俺達も広場に行くぞ」


「えっ、リスティアさん達を手伝うんじゃ」


「それよりも優先することがある。――この騒動の犯人を捕まえるぞ」

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