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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

海色の飴(オネエさんの初恋。少し不思議)

作者: 飛鳥井作太


「過去に戻れる飴ぇ?」

 アタシは、今しがたマスターから貰った飴玉を見て、眉をしかめた。

 藍色の包み紙が、きらきらとオレンジの灯りに照らされ、夕暮れの海のようだ。

「ええ。常連さんに頂きまして。正しくは、『過去に戻る幻を見られる飴』ですけど」

 店内にかかっているのは、静かなピアノ曲。エリック・サティ。

「怪しいおクスリの類じゃないでしょうねぇ?」

「いいえ? そんなちゃちものを扱う方ではないですよ」

「過去に戻るったって……結局、幻なんでしょ? 意味無くない?」

 包みから飴玉を取り出した。

 飴玉は無色透明で、しかし光に透かして見ると、プリズムのように多彩に煌めく。

「ところが、そうでもないのですよ」

 マスターが静かに言った。

「皆さん、幻であったとしても、心残りを解消するとちょっとすっきりした顔をされます」

「ふぅん……そういうもの?」

「なので是非、ジョセフィーヌさんにもいかがかと思って」

「……それ、アタシの愚痴を聞きたくないからとかじゃないでしょうね?」

「ふふ、どうでしょう」

「喰えない男ね~」

 アタシは、もう一度まじまじと飴玉を見る。

 何の変哲もない、ただの飴。

「……」

 かつがれているかも、と思ったが。

「ま、いいわ」

 アタシは、それをぽいっと口の中に放り込んだ。

「久しぶりに初恋の男の顔でも拝んで来るわ」

「甘酸っぱいですね」

 口に含むと、爽やかな甘みが鼻に抜ける。

 薄荷、だろうか?

「……いってらっしゃいませ」

 味を追っている内に、マスターの顔がぼやけて来た。サティも、すぅっと遠のいていって。


 ザザン……


「おい、合田?」

 ハッと目の前に焦点が合ったと思ったら、『彼』がいた。

 学生服を着た、初恋の彼。

「──あ」

「どした? ボーッとして」

 目の前には、海。夕暮れ時の海だ。

「ここ……は……」

 ふと手元を見た。そこには、修学旅行の栞。

 思い出した。ここは、修学旅行で行った長崎の海だ。泊まった旅館のプライベートビーチ。

「聞いてる?」

「き、聞いてる聞いてる!」

 口を開くと、自動でつるりと言葉が飛び出た。

「告白でしょ? すんの?」

 ズキッ

 自分の言葉に、胸が痛む。

 そうだ。彼は、好きな子に告白しようか悩んでいて。

 アタシは、その相談を受けていて。

「だからー、まだ悩んでるんだって」

 彼が、うーんと伸びをした。

「そりゃね? 告白して、上手くいったら、柏木さんと観光出来るんだーってわくわくするけどさ? もし、上手くいかなかったらって思うとさー……」

 ふう、とため息を零してから。

「それなら、お前らと一緒に楽しく観光する方がいいかもって思ったりもして」

 にへら、とおどけて彼は笑った。

 そうだった、と思い出す。

 本当は真剣なのに、怖くなるとすぐ冗談にしてしまうところ。

 彼のそういうちょっとヘタレなところが、アタシはたまらなく好きだった。

 守ってあげたいって、傲慢かもしれないけれど本気で思っていた。

「どーしよーかなー!」

 海に向かって、彼が冗談めかして叫ぶ。

 ……これは、ただの幻。

 ここで『告白なんてやめて、一緒に遊ぼうよ』と言ったって、現実が変わるわけじゃない。

 結婚式の招待状が無くなるわけじゃない。

 なら、いいじゃない。

「じゃあさ……」

 夢の中くらい。

 アタシが良い目を見たってさ。

「ん?」

 彼が振り返る。


『あんがとな!』


 あの日の、本当の彼の声が蘇って来て、アタシは。

「……告白、しな」

 あの日と、同じことを言った。

「やってみないとわかんないよ。なら、当たって砕けろよ」

 一語一句、違わない。

「もし砕けたら、慰めてやるからさ」

 おんなじこと。

 背中を押す言葉。

「……うん!」

 彼が、うなずいた。力強く。

「そうする!」

 そして、アタシを見て、ニカッと笑った。

「あんがとな! 勇気出た!」

 太陽みたいに。ひまわりみたいに。とにかく明るく、キラキラと眩しく。

「やっぱりお前に相談して、本当に良かった」

 心から、そう思っていることがわかる声で、彼が言う。

 磯の匂いが、いちだんと濃く鼻に付く。

 波の音も、高く、大きく。

「……どういたしまして」

 そう。そうよね。だってアタシは、その笑顔と声が、結局いちばん──……


 がりんっ


「……!!」

「おや、お早いお帰りで」

「……ただいま」

 エリック・サティが戻って来た。

 淡い、オレンジ色の灯り。

 海の気配は、何処にも無い。

「どうでした?」

「ああ、うん。そうね」

 がり、がり、がりりん。

 残った飴を噛み砕きながら、

「結局、アタシの発言が正しかったって再認識しただけだったわ」

 アタシは言った。

「……そうですか」

 マスターは、意外そうに片眉を上げてから、

「でも、それが一番いいことかも知れませんね」

 しみじみと言った。

 磯の香りは、何処にも無い。

 けれど、噛み砕いた飴からは、微かにしょっぱいような、海みたいな味がした。


 END.


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