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第八話 カマヒラ警察署②

「イッチャーン! 早速一人捕まえたー」

 四日後、朝。タマが一足先に、表へ出た瞬間だった。気弱そうな中年の男に拳を振り下ろそうとしている、若い男を発見した。タマはすかさず、その腕を掴んで捻った。

「おっさん狩りなんて、やめとけって」

「いででで! わ、わかった! わかったから!」

「次やったら、ケーサツに引き渡すからな!」

 解放した途端、男は走り去る。後ろ姿を見送っているうち、シーバと共に黒いマスクをしたイチハナも外へ出てきた。

 と、大きな爆発音。タマの肩が跳ねる。音量からして現場は近いらしく、残響が不安を煽る。

 シーバが、はっと顔を上げた。隣にいたイチハナの左腕を掴み、彼の腕時計を食い入るように見つめる。

「ど、どしたの?」

「……」

 気が済んだのか、投げやるようにイチハナの腕を離すなり、シーバは突然走り出した。

「えっ! ちょ、シーバ!?」

 イチハナとタマは目を丸くし、顔を見合わせる。すぐに二人も後を追った。

 進むにつれ、タマ達の向かいから走ってくる住民が増えてきた。皆一様に慌てた様子で、悲鳴を上げる者もいる。何度も肩をぶつけながらも、シーバを見失わないようタマは懸命に走った。


 周囲の装いとは一線を画す、黒く大きな建造物――警察署。鈍色の菱形模様が描かれた外壁は鏡面加工され、通常ならば風景を映している。紫色の門の前で、三人の足が止まった。イチハナとタマはシーバの後方、煙を纏ったその建物を見上げる。人の声はなく、なにかが割れる音や落下する音が聞こえてくる。

 立ち尽くしたままだったタマは、ふと煙の中に人影を見つけた。足を絡ませながら、必死にこちらへ歩いてこようとしている事がわかる。が、それは塵煙の届かない所まで来るなり、つまずいて倒れ込んだ。

「大丈夫か!?」

 その男は、警察官の制服を着ていた。駆け寄ったタマ達に安心するどころか、かえって気を動転させたようで、尻をついたまま後ずさりする。

「ひっ、ひぃっ! 誰だ! 爆弾犯か!? 寄るな、寄るなあっ!」

「違うって! 俺達、助けにきたんだ!」

 怯えた目で彼は、タマを見上げる。

「た、助け……? だ、だったら見逃してください! もうこんなとこにいるのは嫌だ!」

「え?」

「ああ、やっぱり馬鹿だった……。金の事なんて考えずに、俺も国外に行くんだった……!」

 突然男は、縋るようにイチハナの足へ飛びついた。手の甲には血管が浮き出て、小刻みに震えている。

「ここにいると、住民の怒りの的にされる! もう嫌だ……逃がしてくれ!」

「……」

「うう、やだよお……ここで終わんのは……やだよ……」

 それまで静かに立っていたシーバが、冷たい表情で見下ろした。

「……お前が逃げる事、黙っておいてやる」

「ほ、ほんとうですか!?」

「その代わり、MSSのデータ閲覧権を僕達に与えろ」

 男はイチハナを掴む力を弱め、初めて顔を伏せる。

「……そ、そんな事……出来ま、せん……。それは……だって……。一般市民に、そんな事、許したら……」

「あっそう。わかったよ。じゃあ、死ねばいい」

 そう吐き捨てるなり、シーバは男の髪を乱暴に引っ張った。普段のにこやかな彼しか知らないタマは、そんな冷徹な素振りに動揺する。

「…………。無抵抗な人間に、手荒な事はするな」

 イチハナが顔をそらし、他人事のようにそう言った。シーバは鼻で笑う。

「は? 犯罪者共の行動範囲がわかるようになれば、事件も防げるかもしれないだろ」

「……」

 イチハナの顔は半分マスクで隠れていたが、タマはその瞳の揺れから、彼の迷いを感じ取った。

 シーバが、男の髪からようやく手を離す。

「どうせ職務を放棄するのなら、そのくだらない責任感の欠片みたいなものも捨てろよ。ここで僕に殺されるか、どこかに隠れて二年を待つのか……どっちのほうが希望がある?」

「……」

 その場が一時静かになった。タマはどうする事も思いつかず、不安のままに三人を見る。

「――もし」

 沈黙を解いたのは、イチハナだ。彼は伏せていた目を、まっすぐに男へ向ける。

「……もしあなたが俺達に有益な情報を与えてくれるとしたら、俺達はあなたの個人的な情報を詮索したり、今後の行路に関与したりしない」

「……ほ、本当、ですね……?」

「……ああ」

「……」

 男の視線はうろうろと彷徨い、葛藤が見てとれる。やがて彼は、自嘲するように力なく笑った。


 外壁の一部が崩壊していただけで、内部の損傷は然程ひどくはなかった。男に続き、最上部までエレベーターで上がる。降りてすぐの重厚な黒い扉の前に、四人は立ち止まった。扉の近くには、MSSと似た形の機器が浮かんでいる。男のデータが認証され、扉が開いた。

 黄緑と紫のヘリンボーン模様の壁が延々と続く、長い廊下。タマには、なんの匂いも気配も感じ取れない。足音も同色の床に吸収され、自分がその場に本当に存在しているのかすら、わからなくなる程の静寂だ。

「……他の人間は、どうした」

 イチハナの問いかけに、男は黙って俯く。

「全員逃げたのか。……だろうな。そうでなければ、俺達をここまで誘導出来ない」

「……」

 四人は再び、とある黒い扉の前に止まった。男は先程同様、機器の傍でじっとしている。まもなく開錠の音がした。

 ブラックホールに、吸い込まれるかのようだ。真っ黒な部屋が口を開け、タマ達を出迎える。壁には巨大なスクリーンがはめ込まれており、三十二面に分割された枠の中に住民達の顔写真が映し出されている。その顔は、数秒間隔でまた別の人物のものへと変わる。スクリーンの前には、直方体の大型機器が一台設置してあった。

 男がタマ達を振り返る。

「入れる部屋は、実質ここだけです。他は国の分断時に封鎖してあって、扉も開きません。現在、地域の治安は全てこのスクリーンだけで管理しています」

 言うと男は、大型機器に触れた。中央部に液晶画面とキーボードがあり、部屋の中に溶け込む黒い外形だ。

「……この機械も、分断前までよく頑張ってくれました。元々MSSの全データが、ここに集約・整理されていました。だから、MSSマザーなんて呼ばれてたんです。でも今はもう、新国が開発したより処理速度の速いMSSマザーに世代交代したみたいで……。なんでも古いものは、いらないって捨てられるんですよね……」

「……や、ちょっ、ちょっと待って……」

 タマは男の声を遮った。

「そのスクリーンだけで管理って……。じゃあ、もし犯罪が起きたら? 誰が捜査するつもりだったんだよ!」

「……誰も。国がこうなってからは、もうMSSでしか取り締まる事は出来ません……。残った数名の警察官は皆、この部屋でスキャンされたデータを閲覧する事しかしていませんでした」

「…………」

 住民の安全を考えているとは、到底思えない体制だ。タマはその事実に、言葉を失った。

「……俺が使用していたIDとパスワードを教えます……。閲覧する端末の変更も可能です。どうしますか」

 男はタマに次いで、イチハナへと視線を合わせる。イチハナが上着のポケットから携帯電話を取り出すと、男は真剣な表情のまま頷いた。

「わかりました。その携帯電話の識別情報を登録します。ただ、一つのIDに対して、アクセス権は一つの端末にしか与えられていません。なので、携帯電話で閲覧するよう切り替える事は可能ですが、その端末でないといけません。もし他の機器にデータを転送するよう操作しようとしても、不正アクセスとなって信号が発信され、本部にバレてしまいます……」

 シーバが目を細め、男に詰め寄る。

「なにか隠してるわけじゃないよなあ?」

「そっ、そんな事っ!」

 男は青ざめて、ぶんぶんと首を振った。

「知ってる事は全部吐けよ。死にたくないだろ?」

 シーバの威圧感に耐え兼ねたらしく、彼は「あのその」と狼狽えた様子で下を向く。

「あっあっ、そうだ……! ……せ、先輩から聞いた話では、国が分断したのと日を同じくして、MSSの改良型が、この国で試運転を開始したらしいです」

「改良型?」

 と、イチハナは片眉を上げる。

「よ、よくは知りません。ただ、今度のは今の物のような板状ではなく、ヒト型らしいです。現MSSは犯罪を発見しチップに登録する事しか出来ませんけど、改良型は犯罪の発見に加え被害者の救護、遺体の処理等も出来るようにするんだそうです。今回の試運転がうまくいけば、現MSSに代わって、改良型が各地に配置されるんだとか、なんとか……」

「……」

「お、俺が知ってるのはそれくらいです! その話の後に、先輩逃げちゃって……。お、俺みたいな下っ端は、これ以上の事なんてなにも……! 本当です!」

 シーバは冷めた目で、男を見つめていた。瞬き一つしないその姿に、タマは恐怖を感じずにはいられなかった。



【続】

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