表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/33

第七話 カマヒラ警察署①

 開いた目に映ったのは、コンクリートで出来た小さなドームの内壁だ。天井中心から放射線状に黄緑と青のラインが伸びていて、自分の体に降りかかってくるような感覚に陥る。

 横になったまま、タマはしばらくぼんやりとその模様を見つめた。現状が中々飲み込めない。とりあえず、床が硬い事は確かだ。

「いてて……」

 ゆっくり上半身を起こすと、背中全体に痛みが広がった。骨が軋むようだ。楕円形をしたコンクリートの入口から、外へと視線を伸ばす。どうやら自分がいるのは、公園の遊具の中らしいと気づいた。

 背中を気遣いつつそこから這い出た途端、もわっとした熱気がタマの体を包んだ。額の汗を手の甲で拭い、周囲を見回してみる。水飲み場の傍に、シーバが屈んでいた。

「あ、やっと起きた」

 近づいたタマを振り返り、彼は笑む。片目を覆う前髪のせいで、半分の感情しか読み取れない。タマは一度伸びをした後、眉を寄せた。

「……なんで俺……あんなとこで寝てたんだろ……」

「……」

 シーバが不思議そうに瞬きをしたが、タマは気に留めなかった。再び辺りを、ぐるりと見渡す。

「イッチャンは?」

「さあ。昨日一人で部品工場に戻ったきり帰ってこないから、あっちでまだ寝てるんじゃない」

「……は?」

 横顔を見つめていても、シーバが補足する気配はない。タマは諦めて、背中をさすった。

「帰ろうぜ。俺、湿布したい。背中」

「痛めた?」

「ちょっと。……あやっぱ、けっこー痛いかも」

「湿布薬は配給所にもあるだろ。そこで貰えよ」

「え? でも、あの工場の救急箱にも……」

「……」

 シーバは膝を抱えた体勢で、遠くを見つめるだけだ。

「なあ……その服、暑くない?」

「暑くないよ」

 言葉通り、彼は長袖のジャージを着ているにも関わらず、涼しい顔をしている。見ているタマのほうが余計に暑くなってきて、思わずティーシャツの袖を肩まで捲り上げた。

 やがて視界に、スーツ姿のイチハナが映った。黒いマスクをしているが、厳しい表情でいる事がわかる。右手にタマのリュックサックを携え、歩んでくる。

「暫定措置だが、工場の敷地を閉鎖してきた。少なくとも、無関係な人間に荒らされる危険性は低くなる」

「えっ、なに……どういう事? なあ」

 状況を把握出来ないタマは、他の二人へ視線をやる。イチハナが、あからさまに苛立ちの色を濃くした。

「……まだ警察が来ないんだ。仕方ないだろう……!」

「……」

 思いがけなく強い返答に、タマは怯む。

「警察が来れば、俺の携帯電話に連絡が入るはずだ。……行くぞ」

 イチハナの一声で、シーバがのんびり立ち上がる。何一つ納得がいかないタマは、おずおずと口を開いた。

「行くって、どこに……」

 その時だ。落雷のようなすさまじい音が響いて、タマの肩がびくりと跳ねる。

「まだ続くか……」

 イチハナが携帯電話で地図を確認している間も、音は絶えず鳴り響く。タマは不安感から、視線を彷徨わせた。

「な、なんだろ、この音……。……爆発?」

「ふふふ。なんだろうね? 夜から、ずっとうるさいよね?」

「夜から?」

 笑みを送るシーバに対し、タマの頭は疑問符でいっぱいだ。どういう事かと一から聞きたいところだが、イチハナは画面を凝視しているし、シーバはどこか楽しそうに「チクタクチクタク」と揺れている。仕方なくタマは渡されたリュックサックを背負い、歩き出したその二人の後へ続く事にした。


 辿り着いた先は、蛍光色の建造物が立ち並ぶ工場密集地。周辺には住居もほとんど存在せず、工場自体も全て閉鎖している。

 煙が立ち上る建物へと近づくにつれ、タマの鼻を強烈な悪臭が襲った。

「うわっ、くっせー!」

 化学工場から漏れる、独特な刺激臭だ。咳込むタマをよそに、イチハナは倒壊した廃墟を見上げる。

「あまり呼吸するな。肺がやられる」

「んな無茶な事……っ」

 彼が目をやらず事務的に、ハンカチを差し出す。タマはすぐに受け取り、口元を覆った。

 次々に発生する爆発の後を追ううち、数時間が経過した。辺りには薄闇が広がっている。イチハナは携帯電話の地図上に、全ての爆発地点の印をつけながら進んでいた。しかし結局この日は解決策を見い出せず、三人はやむなく課題を明日以降へ持ち越す事にした。

「――え、どこ行くんだよ。帰るんだろ?」

 タマが立ち止まったのは、その結論が出てからまもなくの事。部品工場とは違う方面へと、二人の体が向いていたからだ。イチハナが、やや煩わしそうに足を止める。

「公園にな。次の住処が見つかるまで辛抱しろ」

「なんでだよ。今までのとこに帰ればいいじゃん」

 と、タマは目を丸くする。

「僕は別に、気にしないよ。公園より寝心地いいしね」

 シーバの言いぐさは風のようだ。イチハナは思案げに一時視線をずらしたものの、すぐに首を振った。

「……いや、あそこへは帰らない。別の場所を探す」

「……」

「タマ、お前まで悪い冗談だ。ふざけるのはやめろ」

 またしても、腑に落ちない叱責だ。しかしイチハナの放つ空気を読み、意見を飲み込んだ。

「……それなら俺、公園よりいいとこ知ってるよ。任して」

 普段の巡視の際タマは、他に使用出来そうな廃墟がないかをチェックしていた。ここは自分の出番だと気を引き締め、先頭に立った。


 布団や食糧を調達し、三階建ての雑居ビルへと移動した。外観はくすんだ茶色のレンガ造りで、一階は玄関のみ、二階と三階にフロアが一つずつの大きくはない建物だ。以前の住処より古く、窓や壁の見た目も頼りない印象を与えるが、区役所と警察署から近い場所に位置しているのが利点だった。

 エアコンと四脚の椅子があるだけの、がらんとした二階フロア。部屋中央の照明の下、三人は漆喰の壁を背に、それぞれレモン色の椅子へと腰かけた。マスクを外したイチハナが、携帯電話を拡張する。地図画面上には、八か所の印があった。

「場所に規則性がない。犯人は無作為に選んでいるのかもしれない」

「けど、まだ誰かがやったって決まってねーだろ。なんかほら……なにかが誤作動とかして誤爆的なのしたのかもしんないし……」

「……タマ」

「ごめん、黙ってます……」

 真剣な顔で画面に見入るイチハナを、シーバは冷たく一瞥する。

「無作為? 理由のない物事なんて、存在しないんじゃなかったのか?」

「……」

 イチハナが反論せずにいると、彼は満足そうに笑った。

 タマは憂鬱になり、溜息を漏らす。

「こわいよな……。早くケーサツとか国の人が、解決してくれるといいんだけど……」

 あまりに問題の規模が大きいと〝ノア〟の手に負えそうもない。なにせタマの通常業務の主は、環境美化なのだ。普段行っている治安維持のレベルからすると、今回の出来事は桁違いに厄介そうだ。

 縮小した携帯電話を握り、イチハナは眉根を寄せる。

「なぜ警察は動かないんだ……。こんなに火災や爆発や……殺人まで起きているのに……」

「えっ!?」

 驚きのあまり、タマは椅子から落ちそうになった。そんな物騒な事件が起きている事など、まるで知らない。

「タマが公園で眠ってる間に、イチハナと警察に行ってみたんだよ」

 ぽかんとするタマへ、シーバが言った。視線をやらず、イチハナが補足する。

「延々電話しているのに、一向に繋がらないからな。……でも……警察署に出向いてみても、立ち番の警官もいないし、扉も閉まっていて応答がなかった。警察署には俺達の他にも、二十人以上が詰めかけていた。皆それぞれ、事件の被害を訴える住民達だった。殺人だけでも、何件かあるようだった。それなのに、なぜ警察はなにも……」

「え……。えっ、と……」

「どんどん事件が増えているのに、警察が対応しきれていないんじゃ……。治安は悪くなっていく一方だ……」

 イチハナの瞳は、苦悶に満ちていた。タマは更なる補足を求め身を乗り出したが、二人はその思いに応えてはくれない。各々考えに集中しているらしく、沈黙してしまった。

「……MSSのデータが、見れたらな……」

 しばらくの後、シーバがぽつりとそう呟いた。

「……なんで?」

「……」

 説明が面倒だったのか、背もたれに重心を預けた彼は、再び口を閉ざす。代わりにイチハナが、タマへと顔を向けた。

「……犯罪歴が一定値に達した人間は、GPS登録がされている。……これぐらいの情報は、いくらタマでもさすがに……知ってるよな?」

「いくら俺でも……って、他に言い方ねーのかよ。知ってるよ、それくらい」

 住民達の頭に埋め込まれているICチップ。重罪を犯した人間はそのチップがGPS登録され、MSSが実際にスキャニングせずとも、警察は常にその人間の場所を把握出来る仕組みになっている。――いつかのニュース番組で得たその情報を頭の片隅から引き出し、タマは躍起になった。

「つまりGPSを管理しているMSSを通してなら、凶悪犯の居場所がわかる。居場所がわかっていれば、その人間を警戒し最低限の準備が出来る」

「あ、ああ……なんとなくわかったかも……。……でもさ、ケーサツの情報見るなんて、どーやっても無理だろ。例えばハッキングとか、出来たとしてもさ……。そんな事やったら、俺達まで犯罪者じゃん」

「こんな状況下で、犯罪もクソもある?」

 鼻で笑うシーバに、イチハナは苦い顔をする。

「……。駄目だ。悪事に手を染めるなど、俺は絶対に許さない。別の方法を考える」

「……」

「とにかく、引き続き巡察してみよう。これ以上犯罪が増えるのを、防がなければ」


 冷房の効いた室内。タマとシーバは床に座り、二十二時過ぎまで携帯電話でアニメ番組を観ていた。が、シーバはとうに飽きていたようだ。何度も欠伸をし、タマにもやがてそれが伝染した。

 鮮やかな水色の床に、配給所で受け取った布団を三つ並べた。あまりの薄さに、寝転ぶなりタマの背中に今朝の痛みがぶり返す。隣のシーバは、もぞもぞと布団の中へ潜っていった。

「イッチャン、寝ないのー?」

「ああ」

 イチハナは椅子へ座ったまま、なおも熱心に携帯電話を眺めている。そのうち二階の照明を消し、三階へと移動していった。明かりは、窓から差し込む街灯のものだけになった。

「……ねえねえ」

「あ、なんだ。もう寝たのかと思ってた」

 それまで布団に潜ったきり静かだったシーバが、いつの間にか顔を出している。わざとらしい小声で、左側にいるタマへ囁いた。

「お前は、イチハナの事を信用しているの?」

「へ? ……ああ、うん。勿論……」

「僕の事は?」

「……」

 質問を不思議に思いながらも、タマは丁寧に答えた。

「勿論、信用してるよ」

「……ふふふ」

 急にシーバが布団に顔を埋め、くつくつと笑った。タマにはその態度が、どういう感情から来るものなのかわからない。うそ寒さを感じ、つい顔が強張った。

「……な、んだよ」

 再び顔を出したシーバは、興奮気味に目を開いた。

「タマは、いい子だなあ。いい子でいるのは、危ないよ」

「は……?」

「僕は、救世主なんだよ。だからタマの手助けしたいし〝ノア〟の役に立ちたいなあ」

 薄暗い部屋で、シーバの眼球が爛々としている。タマは凍りついたように、動けなくなった。

「爆発事件が起きて、忙しくなったね? また明日もいっぱいやる事が増えるから、いっぱい頑張れるね? おやすみ、タマ」

「あ、う、うん……おやすみ……」

 理解出来なかった。しかし理解出来ないのは、シーバの事だけではない。自分のいるこの地が、みるみる知らない表情へ変わっていく気がしていた。災難の数々が追いつく前に、二年という時間が逃げ切ってほしい。タマは布団を被り、眠る事に集中した。



【続】

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ