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第二話 ニシナ部品工場②

 古めかしい金属音を立てて、ガレージのシャッターが開く。パイプ椅子に座ったイチハナが、無表情でタマ達を見やる。

「……ずいぶん、大きな配給物だな」

「いや、こいつさ……!」

 タマは強引に、男をイチハナの傍まで連れてきた。ドサッとソファに男の体を下ろすと、埃が舞い上がる。そうだった、とソファの埃問題を咳き込みながらまた思い出した。

「ゲホッ……んん。……あ、帰る途中で会ってさ。足怪我してて……とりあえず手当してやりたくて」

「……」

「救急箱あったっけ」

「……その棚にあった」

 イチハナはそう手短に言うと、男に目を細めた。――真っ黒な前髪で、片方の目は隠れている。上は濃紺のジャージ、下は黒のサルエルパンツだ。色白でか細い外見から、活動的な雰囲気はしない。二人に目をやるでもなく、部屋を見回すわけでもなく……俯いたままじっと動かない。

「……タマ、話がある」

「ちっと待ってー」

 タマにとっては、救急箱を探す事が先だ。部屋の隅にある黄色い戸棚を漁り、目当ての物を手にした。工場という場所柄か箱の中身は充実していて、状態も綺麗だ。

「なんで、あんなとこで倒れてたんだよ」

「……」

 男の足元へ屈み、手際よくズボンの裾を捲り上げ、消毒液を噴射する。

「……手慣れているな」

 イチハナの言葉に、タマは手を動かしながら微笑んだ。

「あー俺、施設育ちなんだけどさ。そこでチビ達の世話してたら、いつの間にか慣れちゃって。あいつら、しょっちゅう怪我して泣きついてくんだもん」

「……」

「……よし。応急処置だけど、とりあえず完了!」

 あっという間にふくらはぎに包帯を巻き、タマがそう満足した拍子。男は、すくっとソファから立ち上がった。怪我など元から負っていなかったかのように、両足は安定している。彼は、ぽかんとするタマを笑顔で見下ろした。

「……ありがとう、タマ。おかげで痛みが消えちゃったよ」

「え?」

 突然名前を呼ばれ、タマはびくりとした。先のイチハナの発言から、自分の呼称を知ったにしても、だ。この振るまいに、少し動揺してしまう。

「……あ、ああ……じゃあよかった。治るまで、派手に動いたりすんなよな」

 男は黙って、薄ら笑いを浮かべている。タマはなんだか見下ろされているのが怖くなり、自分も立ち上がった。「ねえ」と男がまた口を開く。

「……タマがさっき言ってた〝ノア〟ってやつ……あれはなんの事? なにかの団体の名前?」

「え……?」

 なんと答えていいかわからずイチハナを見てみると、視線が合った。彼の表情に変化はない。

「人助けが、その〝ノア〟の仕事? すごおく素敵な事だね」

「……あ、うん……まあ……」

「タマ」

 ようやく、イチハナが強めの声を発した。それがどういう意味を持っているのか、タマにも伝わった。男が首を傾げる。

「……その人も〝ノア〟の一人?」

「うん、あの……」

 それ以上の発言を抑止するように、イチハナがゆっくりと腰を上げた。正面に来た彼に対して、男は気圧されるふうもなく微笑んだままだ。傍で見守るタマのほうが余程、彼の威圧感に萎縮してしまう。

「……俺が〝ノア〟を作ったイチハナだ。〝ノア〟は現在二人で動いている、慈善活動組織だ。この地域の犯罪や問題を未然に防ぎ、治安を維持する事を目的として立ち上げた。もし犯罪行為に及ぶような人間を発見したなら、相応の対処をする」

「ふーん……」

 男が、くすりと笑い声を漏らす。

「……僕も入りたいなあ。その〝ノア〟ってやつに」

「え……?」

 と、思わずタマは顔を上げる。

「だって、世界はどんどん腐っていくんだよ。そんな腐敗を食い止める為に抗うなんて、すごく素敵な事だと思うなあ」

「……」

 馬鹿にしているふうでもない。それが余計に薄気味悪く、タマは目をそらす。イチハナが、わずかに眉を動かした。

「言っておくが、お前の考えているような一時の遊びのつもりで活動しているわけではない。……タマ、なぜわざわざ連れてきた。救護ロボットなら、配給所にあるだろう」

「や……だって……つい……」

「理由のない物事なんて、この世の中に存在しない。なぜ配給所ではなく、ここへ誘導した? どう思って、そうしたんだ」

「えっ……えっと……」

 タマとしては、ここにきて怒られるなど思ってもみなかった。ただ、助けたかっただけだ。体が動いてしまったのだ。項垂れるタマにイチハナは短く息を吐き、再び正面の男に向き直った。

「〝ノア〟の人員は俺が決める。お前を入れようとは思わない」

「……〝理由のない物事なんて、この世の中に存在しない〟って? そういう考え方、僕は大っ嫌いだなあ」

 イチハナの強い物言いにも怯まず、男はなおも食い下がる。

「理由がある物事だけで世界が形成されているのなら、もっとこの世の中はマシなはずだよ。そういう固い脳みそ、捨てたほうがいいんじゃないかなあ?」

「……」

 部屋全体が、しんとする。男は先程までイチハナが座っていたパイプ椅子に、ふてぶてしく腰を下ろした。

「〝ノア〟に入って、人助けに参加したいっていう純粋な気持ち。これを無下にするなんて、一般市民の善意を踏みにじってる事にならないのかなあ?」

「……」

「理由のない物事が存在しないっていうなら、イチハナが〝ノア〟を立ち上げた理由ってなんなんだ? 人助けがしたいから? じゃあその人助けがしたくなった理由ってなに? イチハナは余程暇な人間なのか、もしくは変な使命感に洗脳された異常者なのかなあ」

「……」

 イチハナが静かに男を睨む。タマは、これ以上鋭い空気感に耐え切れなくなった。

「イッチャン、なんも考えずに誰かを連れてきたのは……悪かった、かも……ごめん……。でもこいつ、こんな変な事言ってるけどさ……」

 タマは一度その男を見やった後、まっすぐな瞳をイチハナに向ける。

「……結局は、ここに取り残された仲間なんだよ。俺達皆」

 だから対立したりせずに、協力して生きていきたい。そんな想いを込め、視線を貫く。

「〝ノア〟にも秩序がある。それを……この男が守れるとは思えない」

「なんで? もっと、もっとさ、信じてやろうよ」

 眉を下げるタマに、イチハナは答えた。

「この男の過去が、信用に値しないからだ」

「え、過去……? イッチャン、こいつと知り合いなの?」

「――守るよ」

 タマが首を傾げていると、素性の知れない男がそう言葉を挟む。相変わらず軽い口調だ。イチハナは呆れたように、また息を吐いた。

「信じられるわけがない」

「イチハナは、正義の下に〝ノア〟を立ち上げたんだろ?」

「……」

「僕にも僕の正義がある。僕もここに残された人を助けたいんだ。勿論、イチハナ達になんのメリットもない提案じゃない。きっと役に立ってみせるよ」

「……役に立つって、どんなふうに」

 男は言葉ではなく、イチハナに向かって微笑みだけを送った。

「……イッチャン」

 タマが後押しの一声を発すると、イチハナは苦い顔をしたまま、ソファの手すりに腰かけた。

「……変な真似をしたら、その時は覚悟しておけ」

 聞くなり、タマはぱっと笑顔になる。仲間が増えた。人助けがしたいという事は、悪い人間ではないはずだ、と思う。少し変わり者のようだが、それもこの男の個性なのだと楽観的に捕える事にした。

「よかったな、これからよろしく! えーっと……名前は?」

「……シーバ」

 シーバは歯を見せて、にやりと笑った。

 と、その時。外からわあわあと重なり合った人の声が聞こえてきた。何事だろう、とタマは咄嗟にイチハナを見る。彼は閉じたガレージのシャッターに目を向けてはいるが、その場に留まったままだ。タマは我慢出来ずに、そのシャッターを引き上げた。

 道には、どこから駆けつけたのか二十人程の住民が固まっていた。

「どうしたの?」

 そのうちの一人、中年の女に声をかける。

「あー火事よ、火事。出火元が薬品メーカーのビルだったみたいで、近くの何軒かも燃えてるらしいよ」

 女が指さすほうへと、視線を伸ばす。遠くに、オレンジ色の炎が揺らめいている。

「どうも放火みたいなんだわよ。物騒でやんなるねえ……」

「ほ……放火……」

 不安になり、顔が強張った。

「……大丈夫だよ、タマ。警察が捕まえてくれる。それに、MSSが監視してるからね」

 声を振り返ると、いつの間にかシーバが後ろに立っていた。彼は、道を通過するMSSを見上げている。そのうちにイチハナも二人の元へ来た。

 移民した住民、残った住民――この国に生きる全人類の脳内には、ICチップが埋め込まれている。細胞と一体化しているので、取り出す事は出来ない。そのチップは鼓動によって充電され、MSSと電波を行き来させている。MSSはそのスキャンしたデータを中心に、犯罪を取り締まっているのだ。感知範囲内の住民の脳波や心拍数、気温の変化等の異常を判断し、MSSは即座に何者かが法を犯したかどうかを判断する。また銃刀所持は、物体の鋭利度や素材、構造から予想した可動速度等を測定し、認識される。そのシステムは警察署で管理しているが、MSSは犯罪を認知し次第自動でICチップに犯歴を登録する事が出来る為、補助というよりも、警察官とほぼ同等の役割を担っている。この小型機器によって、住民の誤った行動は全て監視されているのだ。

「でも、事件が起きたほうが、いいんじゃないかなあ」

 シーバが横目でちらりと、イチハナを見る。

「悪い事が増える程、〝ノア〟の正義の出番になる」

 そんな、とタマは言いかけたが、シーバを睨むイチハナの眼光に、言葉が出てこなかった。



【続】

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