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第一話 ニシナ部品工場①

 虹色の朝日が昇った。

 その国の景観は、まるで統一性がない。巨大なビルとビルの間に挟まれるように、小さな店がぽつんとあったり。最新設備の整ったデパートの脇に、今にも崩れそうな古民家があったり。しかし統一性を欠いている一番の要因は、色彩だ。大小新旧様々な建物は、互いに譲歩する事もなく、自分の色を貫いている。原色、蛍光色、パステルカラー。それらの色を掛け合わせた図形等をごてごてと施した、着飾った外装が密集しているのだ。賑やかというのを通り越し、その景色は売れ残り品ばかりを詰め込んだ玩具箱のような騒々しさだった。

 彩に溢れた建物達を、虹色の光が緩やかに照らしている。朝日がその色になってから、ちょうど一か月を迎えていた。

「出来た!」

 黄色いダイニングテーブルの上に、散乱した色とりどりのビーズやチェーン。タマは作ったばかりの携帯ストラップを見つめ、満足した。十色のビーズの列と、ファーの飾り。ファーは彼のティーシャツと同じ、パッションピンク色だ。

「ほら、見て見て」

 椅子に座ったまま、ガレージのほうへ体を向けストラップを振ってみせる。しかしすぐに口を尖らせて、手元に視線を戻した。携帯電話には、既に五つのごちゃごちゃした装飾品がぶら下がっている。その隙間に、出来たばかりの新顔を追加した。

 作業が終わり途端に手持ち無沙汰になったタマは、なんとなく視線を散歩させてみた。真緑色の壁。所々塗装が剥げ、茶色の地が剥き出しになっている。今いる部屋と、隣のガレージとの間に仕切りはない。緑色を辿り、再び目をやった。

 ガレージのパイプ椅子には、背を向けるようにして一人の男が座っている。短い白髪、ぱりっとした黒のビジネススーツ。頭からつま先まで鮮やかな色を纏う自分とは、ずいぶん対照的だとタマは思う。おもむろに立ち上がり、その男の元へ行った。

「またそれ読んでんの?」

「ああ」

 素っ気ない返事だ。男は先程から携帯電話を凝視し、細かい文字で綴られた法令の記事を熱心に読んでいた。

 ――一か月前、二〇三〇年八月十五日。この国は、真っ二つになった。土地自体が、ではない。政府はある基準に則って、外の国へ行く者と、今の国へ残る者とをわけたのだ。

 更にその約一年前の六月。とある法案が可決になり、政府はこの国一帯をゴミの廃棄場にする事を発表した。現在の土地を捨て、新しく海外へ国そのものを移す決断に至ったのだ。それにあたって、優先的に移動させる住民を決めた。審査基準は『国の平均値以上の所得がある事、健康・精神状態が安定している事、犯罪歴がない事』という項目を、全て満たしているかどうかだ。審査を通過した者達は、役所で手続きをし、外への移民権を手に入れた。一方で、その条件に満たない者達は現在の地に残る事を余儀なくされた。

 しかし、残留といっても最長二年という期限つきだった。政府は二年のうちに新国の準備を完全に整え、全ての国民を移住させると公約した。残る者の利点としては『一切の労働をせずとも充分な程の食糧が支給される事、生活する上で生じる光熱費などの公共料金は全額免除になる事』だ。住民は、その条件に首肯する他なかった。

 二〇三〇年七月、国土の大半は立ち入り禁止区域となった。権利を得た国民達がぞくぞくと海外へ移送される一方で、残る国民達は指定された一部地域に集められた。元々その地域に暮らす人間はそのまま家に留まり、他所から来た人間は、用意された仮設住宅へ移り住む予定だった。しかし実際は、その人間に対し住居の数が足りていなかった。

 法令の決行日は、変更出来ない。そして翌八月。問題点は有耶無耶にされたまま、この国は二つに分断した。

「――そんな難しい記事読んで、よく理解出来るよな」

 タマは感心しつつ、ガレージ中央にある焦げ茶色のソファへと来た。ボフッと勢いよく座った拍子に、もうもうと埃が舞った。そうだった、と咳き込みながら思い返す。昨日も同じように、この埃の洗礼を受けたのだ。両手で空中の掃除をするタマに対し、男は関心を示す素振りなく腰を上げた。布製の黒いマスクを着用する。

「あ、巡視行くんだな? 俺も行く」

 タマは外ハネの金髪を揺らし、笑顔で腰を上げた。その瞬間また埃が舞い、盛大にくしゃみが出た。


 ニシナ部品工場。外観は真緑色をベースに、オレンジ色のストライプ模様をしている。二階建ての古い建造物で、上の階は作業場。下の階には、従業員の休憩所だったのだろう――小さなキッチンと、簡易なダイニングテーブルがあった。その休憩所と区切りなく、ガレージスペースが続いている。来た当初から車はなく、パイプ椅子とソファが一つずつあるだけで、本来の使い方はされていないようだった。住む場所がなく廃屋をいくつも見て回ったタマにとって、ここは悪くない物件だと思えた。最低限の設備はある。唯一の難点といえば、扉が古過ぎて動かず、出入りは全てガレージのシャッターからというところか。二人は揃って、そこから外へ出た。

 オレンジ、緑、青、黄、紫。街には様々な色が溢れている。その彩に挟まれた灰色の道路には、淡々と歩いたり、楽しそうに会話する住民の姿がある。国が二分割したとはいえ、この一か月、目に映る日常はなにも変わらない。タマは微笑んで、男の隣を歩いた。

「外に行った人達が迎えにきてくれるまでの二年間、こんなふうに平和に過ごせるといいよな。それまで俺達が頑張って、皆のサポートしてやろうな」

「……」

「なに? それが〝ノア〟の仕事だろ?」

 この男に会ったのは、一週間前の夜の事。新しい住処を探すべく、タマは大量のキーホルダーがついた青のリュックサックを背負い、通りを歩いていた。

「ん……?」

 道の先には、サラリーマンふうの男が一人。黒いマスクをし、スーツ姿で、周囲を見回していた。タマは躊躇う事なく近づいた。

「道迷ってんの? 俺、昔この辺来た事あるんだ。大体ならわかるから、案内しよっか?」

 残った住民が集められたこの地域は、タマが幼少期から十年以上過ごした場所だった。住んでいた区でなくとも、学校行事や遊び目的で訪れたりと、全体の土地勘はなんとなくある。

 男は初めなにも話さなかったが、タマがめげずに質問し続けた事により、そのうち口を開いた。

 話を聞き、タマは「すげー!」と声を上げた。男は移民権がありながらも、この地域の治安を守る為、自らここに残ったというのだ。十七歳の自分より、五つしか年上でないというのに。と、揺るがない意志を持つ彼を、素直に尊敬した。その治安維持活動を行う組織名というのが〝ノア〟だった。組織といっても、成員はその男一人だという。タマは半ば強引に、その〝ノア〟へ加入した。

 住む家がない、というのは二人共同じだった。その夜、タマが周辺の廃屋の中から見つけた場所――それがあの工場だ。

「あ、そーだ。今日の晩メシどーする? あー、もうこの辺の店どこもやってねーんだよなー。食べたいのあったんだけどなー」

 タマは、閉鎖した一店一店を眺めながら歩く。こんな事になるなら、昔通った時に食べておけばよかったと後悔した。

「配給のメシって、でも結構うまいよな? 俺あの、あれが好き! ほら、ハンバーグみたいな……」

「言っておくが、今は巡視中だ。危険材料が潜んでいないか目を配れ」

 男はタマの声を遮り、愛想なくそう言った。

「それから、さっきの話だが。街の住民をサポートするといっても、タマが考えているようには物事は単純に進まない。相応の覚悟を持って臨め」

「はーい……」

 この数日間共同生活をして、彼についてわかった事。それは、真面目で神経質だという事だ。冗談も通じないし、気を遣って笑いもしない。しかしタマは、その取っつきにくさもこの男の個性だと思い、嫌悪しなかった。むしろ色んなタイプの人間と関わる事が出来て、楽しいと思うくらいだ。

 色に溺れる街の空中を、真っ黒な物体が通過する。可動式監視システム――通称MSSと呼ばれるそれは、大人の手縦二つぶん程の大きさの、板状の機器だ。街にはこの小型機器がいくつも点在し、ここの住民達を監視していた。

 足を止め、タマは頭上を通り過ぎていったその物体を振り返る。目で追っているうち、不意に感傷的になった。

「……あのさ、なくなってほしいものってあったりする? 俺はないなあ……。これ以上、知ってる場所とか人とか、消えないでほしい……。寂しいよな?」

 ふと隣を向いてみれば、男の姿がない。彼はタマにつき合う事なく、ずいぶん遠くまで歩いていっていた。気持ちを切り替え、小走りで追いついた。

「MSSもあるしさ、俺達〝ノア〟がいれば、この街はきっと大丈夫だよな」

「……」

「二年間だけ我慢すればいいんだもんな。一緒に頑張ろうぜ。イッチャン!」

 イッチャンと呼ばれた男――イチハナは、そこでようやくタマへと目を向けた。

 困っている住民に手を貸したり、路地の美化に努めたり――地域の秩序維持の為に街を見回るのが〝ノア〟の仕事だ。二人は各々の道に別れ、その日も五時間程そういった行いをし部品工場へと戻った。


『えー前国に在留している皆さん。形態が変わってから、初のご挨拶を申し上げます。法案により、本日から国外への移動が出来なくなりました。生活環境も変わり、不安も多い事と思います。が、どうぞ心配しないでください。まずは現状を、大臣から説明します』

 タマはダイニングテーブルに頬杖をつき、携帯電話でぼんやりとニュース番組を観ていた。画面の中の男が入れ替わる。

『皆様、おはようございます。総理からお話があったように、初めに現状の整理から始めさせて頂きます。本日正午より、国全土に渡り膜状の障壁が張られました。こちらは特殊な化学物質を融合させて作ったもので、破壊する事は出来ません。接触すれば、ICチップからの電波に反応し攻撃しますので、絶対に近づかないでください。障壁は半透明ですが七色をしていますから、わかりやすいかと思います。この設備は、あくまで皆様の安全を守る事を目的としています』

 画面を見てはいるものの、その言葉は右から左。タマに内容は入ってきていない。難しい話は苦手だ。集中しようとすると、頭が痛くなってくる。

『皆様の一番の心配は食事面だと思いますが、こちらは全く心配いりません。食べ物等の非生命体は、障壁によって弾かれません。毎日六時、十時、十二時、十五時、十八時、二十二時の計六回、新国から充分な量の物資をお送りします。所定の場所で分配致しますので、時間になりましたらお集まりください』

 画面の中、満面の笑みで中年の男は、あれこれと話し続けている。そのうち、総理と呼ばれた男に交代した。

『最後に、皆さんの周りには、監視機器MSSがある事を忘れないでください。そしてそれを通して、皆さんを管理している警察官がいるという事を、どうか忘れないでください。……それから、もう一つ忘れないで頂きたい事。……私達政府は、決して前国に残った皆さんを見捨てるつもりはありません。私達は常に一つです。二年後のよりよい未来の為に、協力して生きていきましょう!』

 一か月前の国が分断したその日から、ある一つのチャンネルでは延々と同じ内容が放送されている。タマは欠伸をし、テレビの画面を閉じた。配給の時間さえ覚えていれば、それでいいのだ。

「あ、そろそろ物資貰いにいってくるよ。イッチャン、何系がいい?」

「いらない」

「だめだって、しっかり食わなきゃ。〝ノア〟で結構体力使うんだからさ。……じゃ、俺がテキトーに選んでくる!」

 タマはポケットから二枚のチケットを取り出して、イチハナに笑みを送った。このチケット――国が分裂する前に一人につき一枚配られたものだが、イチハナはそれを持っていなかった。どこかに不要になった一枚がないものか、とタマは色んな人に聞いて回った。その努力の甲斐あって、こうして彼のぶんも手配出来たわけだが、得たところで彼は食事に対し無関心だった。結果、チケットはタマが預かったままでいる。

 配給所である運動公園には、既に多くの人が列を作っていた。食糧支給用、生活用品支給用、救急対応用の三つのテントがある。救急対応用のテントには、球体型の救護ロボットが待機している。支給用のテントには四台ずつ、上部に液晶画面をはめ込んだ黒いマシンが設置してあった。

 タマの順番が来て、そのマシンへチケットを入れ液晶画面に触れる。選んだ品物と同時に、新しくなったチケットも返ってきた。

 二人ぶんのレトルト食品を片手に抱え、少し早足で帰路を辿る。今日もたくさん歩いて空腹だ。――しかし工場も間近になり、T字路を曲がろうとした矢先。右耳に、ドサッという音が届いた。思わず立ち止まり、音がした脇道を見やる。そこは行き止まりで、街灯の光もほとんど当たらない。普段は放置自転車が二、三台と、コンビニのゴミが散らかっているような場所だ。野良犬でもいるのかとも思いながら、目を凝らしてみる。工場の壁より深く濃い緑色の塀の端、なにかがいる。

「あっ!」

 やがて、驚きが声になった。自転車の奥に見えた影が、人の形をしていたからだ。

「お、おい、大丈夫かよ!」

 反射的に体が動き、駆け寄った。自転車を横に避けて屈んでみれば、若い男だった。暗くてよくは見えないが、塀にもたれた状態で、右足を押さえたままぐっと耐えているようだ。タマはジーンズのポケットから携帯電話を取り出し、明かりを点けた。ズボンのふくらはぎ辺りに、真っ赤な染みが出来ている。

「怪我してんの!? て、手当しなきゃ……!」

 タマは慌てて、その部分と男の顔を交互に見る。

「お前、家は?」

「……」

 男は顔を伏せたままだ。長い前髪のせいで、表情がわからない。どうしたものか、とタマは迷った。放置するという選択肢は、そもそもない。

「……僕に、構うな……!」

 タマが決断を下すより先に、男がそう呟いた。小さな声だが、言い方に強みがある。声の感じからして、そこまで弱っているわけではなさそうだ、とタマは少しだけ安心した。

「こんな怪我してる奴、放っておけねーよ」

「……偽善者め……」

「なっ」

 目を見開いた。偽善とは心外だと、ついムキになった。意地でも放ってやるもんかと思い、その男の腕を肩に回すと、問答無用と立ち上がらせた。タマの強固な意思のせいか、男が華奢だったせいか……いとも容易く二人は並ぶ事が出来た。

「偽善者でもなんでも好きに言え! これは〝ノア〟の仕事でもあるんだからな!」

「……〝ノア〟?」

 男は片眉を少し上げ、前髪の隙間から初めてこちらを見た。タマは、にっと笑ってみせる。

「そ! 困ってる奴を助けるのが〝ノア〟の仕事なんだよ!」



【続】

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