008 勇者ユキムラ
「やっと着いた……」
それから三日ほどかけて、ユキムラ・リョウ・モニカの三人は、王都エイナルにたどり着いた。
出発したときはモニカの能力でスイスイ進むことができたが、レベルが下がってしまった今では、馬車を乗り継いでいくしかない。そのため予定よりもかなり時間がかかってしまった。
しかも、目を離すとすぐにモニカは自殺しようとするし、ユキムラはそのたびに謝り倒して動かなくなるしで、リョウの心労は想像を絶するものだった。
リョウはすぐに国王に報告の場を作るように要請し、報告中は絶対に誰も王室内に入らないように役人たちに言いつけた。
「リョウ、ご苦労だった。そこに連れているのがエルダの話にあった救世主か?」
豪華な王座に肘をつき、偉そうな態度でリョウに国王ゲンシンが問いかける。
リョウ・モニカは並んで跪いて国王に向かい合っている。
ユキムラはその横で、土下座を通り越して上からつぶされたカエルのような体勢になっていた。
「はい……救世主足りえる能力を持った男ではあります」
リョウは苦々しげにそう言った。その含みを持たせた物言いに、王は即座に反応する。
「随分遠回りな言い方だな。何か、問題があるのか?」
「ええと……それを説明するのはとても難しいのですが……」
ちらりと横にいるモニカを見ると、ほとんど泣きそうな顔になっている。
「よい。分かっている範囲で、説明しろ」
ゲンシンの表情に変化はない。王都エイナル始まって以来の賢王と言われるゲンシンは、滅多なことでは動揺を見せない。
「実は……」
リョウはおずおずと経緯を説明した。
「……なるほど、こいつの能力でモニカがレベル1に戻ったと」
「はい」
「そして、もう戻らないと」
「はい」
リョウがそういって頷くと……
「……はぁあああああああああああ……」
先ほどまでの威厳ある顔立ちがぶっ壊れ、ゲンシンはため息、と言うか嘆きの悲鳴を上げた。
途端に口調が砕け、ゲンシンは大層面倒くさそうに膝を抱えてしまった。
「あーー、お前が人払いなんかするから絶対なんか悪い報告あると思ってんだよな……」
「申し訳ありません……」
「おまえさー、これどういうことか分かってる? モニカの王都での立場とか分かってて言ってる?」
ゲンシンの嘆きは止まらない。
「人類史上最速でレベル200に到達した美少女聖剣士!! この存在がどれほど民に勇気を与えてきたか!! 魔物連中が力を伸ばしてきても国中がパニックにならないのは、このモニカがいるってことがでかかったのに……」
ゲンシンの言う通り、モニカはその才能と美貌から、戦術上のキーパーソンであるとともに、王都の軍の広告塔的な役割を担ってきた。
「それが、レベル1? 素人同然に戻った?! そんなの街の連中に知れ渡ってみろ!! 街中パニックで経済崩壊、他国とのパワーバランス崩壊、魔物連中大喜びだ!!」
ゲンシンは椅子から転げ落ち、そのまま嘆きの声を上げながら絨毯の上でゴロゴロと転がり始めた。
「ゲンシン様……お気を確かに……」
そう声をかけるリョウだったが、その声は形式的なものだった。ゲンシンとは長い付き合いなので、こうなることは分かっていた。そして、そのうち気を取り直すことも分かっていた。そのための人払いだ。
「……で、この先どうするつもりだ?」
しばらくして転がるのをやめ、寝たままゲンシンはリョウに問いかけた。
「……王都の民には、絶対にこのことは広めないことが重要です。新聞社などからモニカは遠ざけましょう」
「しかし、そのままでいるわけにはいかないぞ? 定期的に武勲を立てないと、民にも怪しまれる」
「その通りです。ですので、モニカには定期的にダンジョンに潜ってもらいます」
「……しかし、素人同然の今では、低級ダンジョンにしか入れないだろう。そんなところに天才聖剣士が行くなんて……」
「そうですね。ですので、こいつを連れていきます」
リョウが指さした先には……つぶれたカエルのままでいるユキムラがいた。
「……このヒキガエルか?」
「そうです。このヒキガエルを連れていき、モニカのサポートをさせます。こやつの能力は先ほど説明した通りです。民にはユキムラのサポートにモニカが同伴すると伝えましょう」
「「えっ」」
そこで初めてモニカとユキムラが声を出した。
こうして、ユキムラは、王都軍の勇者となったのである。
異世界冒険ものって難しいですね……。
設定がぶれないようにしないと……。