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この作品ははフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
「陽菜ちゃん!陽菜ちゃん、しっかりして!」
必死に取りすがる声が遠くに聞こえていた。病室に響く悲痛な声。それを宥める看護師さんの声。
・・・・・・うるさい、と思った。
静かにして。誰か私の声を聞いて。
「陽菜ちゃん!」
うるさい。静かにして。
朦朧とする意識の中で考えたのはそれだけだった。
そして、数時間後、磯辺陽菜は、死んだ。
心残りは最期に父に会えなかったことだった。
私が死んだのは、父がちょうどアメリカに出張していた時だった。そして、父が帰ってくる日の早朝だった。
母はいわゆるカルトの類いの新興宗教の信者で、その宗教に稼いだお金のほとんどを貢いでいた。父の給料からもいくらか貢いでいたらしい。そのせいで家の生活は貧しくてろくにご飯も食べることのできない状態だった。
それにさすがに不味いと思ったらしい父は私が中学に入学した年の冬に離婚を申し出た。頑なに離婚を拒否した母に父は明後日からアメリカに出張だからその間に考えておいてくれと自分のサインをした離婚届を突きつけた。
父はアメリカ出張は冬休み中だから一緒に来ないかと言ってくれた。今から思えば父についていけばよかった。どっちにしろ死ぬしかないのなら母ではなく父に看取られたかった。
新興宗教にお金を貢いで、私のことなどろくに省みなかった母に看取られるなんて最悪だ。それなら母から私を守って離婚までしようとしてくれた大好きな父に看取られたかった。
・・・・・・さあ、回想などしていないで現実に戻るとしよう。これは、何だ。
「うぁ!」
口から出るのは意味のない音の羅列。
自由に動かないふにゃふにゃしたからだ。
うん、つまりあれだ、転生とかいうやつだ。
「だからね、あなた。この子を信者にして・・・・・・」
「生まれたばかりの子供にそれはないだろう!」
私を挟んで言い争ってるのは両親だろうか。
そしてこの会話、聞き覚えがある。・・・・・・そう、前世とでもいうべきものの、両親の会話。
『どうしてあなたはこの子を信者にしないの!あんなに素晴らしい宗教なのに!』
『子供にろくにご飯も食べさせずに僕が帰ってきた途端にそれか?!陽菜、おいで』
『陽菜ちゃん、行っちゃだめよ!ママのところにおいで!』
悪夢だった。
父が帰ってくるまで私にひたすら宗教勧誘を続け、子供がお腹が減ったと行っても無視。信者になればご飯を食べさせてあげるわ。そう言われ続けて、父が帰ってくるのを泣きながら待っていた。幼心に母の異常さはわかっていて、信者という言葉は私のトラウマだった。
母はパート職員だったから私が学校にいっている間だけ仕事をしていた。家に帰れば母がいる。
私はランドセルを家に置いたら母から逃げるように友達と遊ぶ日々を送った。日が暮れても一人で公園にいたところを通りかかった警察に保護されたこともある。迎えに来てくれたのは父だった。仕事で疲れて帰ってきて、母の宗教勧誘に付き合わされ、それでも嫌な顔ひとつせずに私にご飯を食べさせてくれて頼りない父親でごめんと謝る父が大好きだった。パパは何も悪くないんだからという私の頭を撫でて、ありがとうと言ってくれた笑顔が大好きだった。なんでアメリカ出張に一緒に行かなかったんだろう。
「・・・・・・・あぁ、あいあい・・・・・・」
パパ、会いたい。この言葉すら上手く言えない・・・・・・。
涙が溢れてくる。
「うぁぁあん!」
ねえ、私の声、聞こえてる?
読んでいただきありがとうございます。
この作品は特定の人物、団体を批判するものではないことをここに記しておきます。
亀更新ですが、のんびり見守っていただけたら幸いです。




