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10分間恋愛小説 それでも僕は素直になれない彼女が好きだ

作者: ゴルバチョフてんてー

個人差はありますが、およそ10分で読むことが

できる小説です。初めての試みで至らぬ点も

あるかと思いますが、楽しんで頂けたら

幸いです。

 

 僕は彼女と喧嘩をした。

 理由は、些細な言い合いだった。


 彼女、アイサのことを思い返すたびに

 ぶたれた左頬が痛んだ。

 僕は、アイサとの一連の諍いを思い出すために、

 手元のアイスコーヒーを口に含んだ。


 話は、1時間ほど前に遡る。

 僕はアイサとのデート当日、寝坊をしてしまった。

 耳につんざく、電子音を発する白色の

 デジタル目覚まし時計を止めた頃には時刻は

 朝の8時。デートの約束の9時まで、

 1時間しか時間の猶予はなかった。

 当然、僕は慌てた。朝食を食べる暇がないほど

 バタバタと身支度をしていた。

 そして、ボサボサの髪をセットしてアイサと付き合って

 3年を祝うサプライズプレゼントの紙袋を

 持って、地下鉄に乗った。

 この時、時刻は8時30分。目的地の駅から

 待ち合わせの小洒落た喫茶店まで走れば、

 なんとか間に合う算段だった。

 だが、不幸なことに目的地の駅に着いた時には

 数年に1度しか降らないのではないかというほどの

 豪雨が街を濡らしていた。

 勿論、傘なんて持っていなかった。

 僕は、豪雨の中全速力で走った。

 走りながら、くたびれたベルトで腕にはめていた安物の

 腕時計を見た時だった。アイサと付き合ってから

 買ったスニーカーが濡れたアスファルトの地面に

 抵抗することができず、僕はその場で転倒して

 しまった。

 急いで立ち上がり、腕時計が示す時刻を確認する。

 アイサとの約束の時間まであと10分しかない。

 僕は、ぐちゃぐちゃになったスニーカーと、

 ずぶ濡れのTシャツ、湿り気のある紙袋を

 引っ提げ無我夢中に走った。


 だが、運命はなんて残酷なのだろう。

 僕が待ち合わせの喫茶店に着いたのは、約束の時間を

 10分過ぎた頃だった。

 僕は喫茶店のドアを押し、中に転がり込むように

 入った。入店を知らせる古風なベルの音を聞きながら、

 僕は店員らしいショートボブの女性に言った。

「安河内です」

 店員の女性は、僕がずぶ濡れの状態で鬼気迫る様子だった

 ことに驚いたようだった。

「は、はい。 安河内様ですね。 お連れ様がお待ちです」

 店員は、少々呆気にとられながらもすぐに冷静を

 取り戻して様子を見せた。

 シャンデリア風のお洒落な蛍光灯が眩く店内には、

 コーヒー特有の酸っぱい香りが微かに臭い、

 妙に心地よかった。


 案内された席には、アイサがいた。

 アイサは、褐色の木製のテーブルに

 両肘をついて待っていた。

「遅かったわね」

 アイサは、こちらを一瞥することなく

 そっけなく言った。

 今思えば信じられないことだが、僕は

「いやぁ、ごめん。 寝坊しちゃって……」

 と、よりによってアイサの怒りを買うようなことを

 言ったしまっていた。

「寝坊?信じられない」

 彼女は、対面に座っている僕を睨んだ。

 彼女の目は、軽蔑の意を含んでいた。


 僕は少し反感を覚えた。

「仕方ないだろ……こっちだって色々あったんだよ」

 吐き捨てるように呟いた僕の言い方に彼女の肩が震えた。

 そして、気づいた時にはアイサの右手が、僕の左頬を

 真っ直ぐ捉えていた。

 まるで漫画かドラマのようにパチーンとなった

 僕の頬に周囲の客も注目していた。

「ごめん、今日は止めにしよう」とアイサは1つの

 白色の包みを持って不機嫌な表情を浮かべながら

 矢のように出ていった。

 残された僕は、まずさっきのショートボブの店員から

 冷たいおしぼりを貰うことになった。

「あの、大丈夫ですか?」

 僕がアイサに平手打ちをされた瞬間に彼女も

 居たからなのだろうか、僕のことを心配してくれた。

 ぼくは、強がりと内面と外面の傷を癒すために

 冷たいアイスコーヒーを一杯頼んだ。

 そして、現在に至るというわけだ。


 僕は、ふと外の景色を見た。豪雨は、僕が喫茶店に

 着いた時よりは多少はマシになっていたが、

 依然強い勢いを保ったままであった。

「大丈夫かな」

 喧嘩をしたばかりだと言うのに、アイサのことが

 心配になっていた。

 アイスコーヒーを飲むたびに心がキリキリと痛んだ。


 アイサは、なかなか素直になれない頑固な人だった。

 正直、こういう喧嘩は数えきれないぐらいたくさん

 した。でも、そのたびにアイサと僕はまるで喧嘩など

 したことがなかったかのようにお互いに自然に

 仲直りすることができるようになっていた。

 ふと、ポケットに入れていたスマートフォンが振動した。

 メールボックスには、彼女からのメールが届いていた。


『午後は、雨がもっと降るかもしれないから

 面倒くさいね』


 僕は、クスッと笑みを浮かべた。

 アイサは、ここにやってくる。確かな確信があった。

 僕はホットのブレンドコーヒーを

 飲んで待つことにした。


 数分後、アイサは決まりが悪そうな顔で店にやってきた。

 アイサが僕の対面の椅子に座ったのを見て、

 僕は言った。

「こちらこそごめんね」

 彼女は、やや面食らった顔をした。

「気づいてたの?」

「バレバレだよ」

 僕は、机上の備え付けのメモ用紙を1枚ちぎり、

 さっきのメールの文章を平仮名で書いた。


『ごごはあめがふるから

 めんどうくさいね』


 僕は、文頭のご、めんに丸をつけた。

 これを縦読みすると、ごめんになる。

 アイサは、僕に謝辞を送っていたのだ。

 アイサは僕の説明を聞くと真っ白な頬を真紅に

 染めた。

「だって……」

 僕は、もじもじするアイサに優しく心語りかけるように

 言った。アイサは昔から素直になれない性格なのだ。

「もう言いんだ。 僕の方も感情的になって

 ごめんね」

「うん……じゃあ仲直りの印と記念日を祝う意味で」

 彼女は、白色の小包みを僕に渡した。

 瞬間的に僕は今日が付き合って3年目の記念日である

 ことを思い出した。

「開けてもいい?」

 アイサは、うんと首を縦にうなずいた。

 丁寧に包装紙をはがし、白箱を開けると

 高級感のあるシックな腕時計が姿を現した。

「あなたの腕時計。 そろそろ新調したほうがいいかも

 しれないから」


「じゃあ、お返しに」

 僕は家から持ってきた紙袋を彼女に渡した。

「開けていい?」

 と言いつつ、包装紙に手をかけた彼女に僕は

 苦笑しながら頷いた。


「キレイ……」

 そう。僕がアイサに贈ったのはゴールドのネックレスだ。

「掛けてみなよ」

 アイサは、ゆっくりとそれを首に掛けた。

 彼女の白い肌と対照的に金色のネックレスは

 眩く輝いていた。

 アイサが嬉しそうにネックレスを手に取り

 眺めている様子を見て、

 僕は満足な気持ちで満たされていた。

 僕の心は、熱いブレンドコーヒーのようにポカポカと

 していた。


 そうだ。僕たちは、やり直せる。何度だって。

「さぁ、デートの続きをしよう」

 僕たちは、喫茶店からゆっくりと出ていった。

 不思議と雨はすっかり上がっていた。




 

読んで頂きありがとうございました!

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