プロローグ3 チームメイト
「おー、カイスはん!」
カイとゾフィが酒場に入るや、入口に最も近いテーブルを占領していた三人組の一人が声をかけた。
彼らは今は私服だが、カイやゾフィのチームメイト、C級冒険者パーティ『ホーリースマイト』のメンバーだ。
件の食屍鬼の依頼についての打ち合わせである。
カイが比較的にでも普段から話すのはゾフィくらいで、他はクエストの時しか会わない。
というのも、カイ以外の四人は全員、冒険者以外の生業があるからである。
職業とは能力を示すものであり、生業とは生活の糧を示すものだ。
カイであれば、職業は『剣聖・深淵・軽魔術師・神官の四職兼業』、生業は『専業冒険者』である。
リーダーである『聖騎士』のフィンブレン=フォン=スマイトは伯爵家の三男。
才走った嫌いはあるが、中性的な顔と美しい金髪に、高級な貴族服がスマートに決まったイケメン16歳である。
そして、その従者である『神官』のリサ=ジン=ディン。同じく16歳。
目つきがきつく、口を開けば狂信者じみているものの、長身、スレンダーで長いストレートの金髪が美しい清楚な印象の美少女だ。
彼女はフィンブレンを一目見て未来の『勇者』だと確信し、従者になったそうな。
『神官』は、僧侶系の中でも特に神に仕える専門職である。
修行僧や自然崇拝者といった他の僧侶系に比べて癖がない――のは、仕える神を選ぶまでであり、リサは既に仕える神を選んでいた。大天使ミカエルである。
ミカエルの加護を受けた神官は、癒やしが苦手な半面、浄化・破邪を得意とする。
さらに、ミカエルは戦士にも加護を与えられるのが特徴だ。
それが『聖騎士』である。
聖騎士は戦士系でありながら、闘気に聖気と同様の効果をもたせられるのだ。
フィンブレンとリサは、生業も職業と同じく『聖騎士』と『神官』だ。
彼らは、将来有望なルーキーとして、ジャイド王国ミカエル神殿の秘蔵っ子だった。
そして、他のメンバー三人はこの二人に経験を積ませるためにミカエル神殿に雇われているのだ。
三人――カイとゾフィ、そしてグランデル=グレイヒル=ワイズマンである。
グランデルは虎の獣人族で、特に頭部は完全に虎である。
下級貴族出身で23歳。
身長2m、体重120kgの筋肉ダルマで、強靭な肉体と圧倒的な闘気で重武装を使いこなす『重戦士』の戦士系専門職だ。
しかし脳筋ではない。
虎のくせに伊達眼鏡の似合う知的マッチョだ。
ゾフィの生業は宮廷魔術師、グランデルは王都の近衛騎士である。
だが、生業が何であっても職業技能のレベルを上げるには魔物を倒さねばならない。
そのため、特に高レベル技能の必要な者は、何某かの手段で魔物狩りを経験することになる。
つまり、冒険者になるのである。
2年前のパーティ結成当時、カイ以外の四人はレベル1の初心者だった。
だが、今ではもうカイより実力が上がっており、B級冒険者と比べても遜色ないと言われている。恐らくレベルは10前後のはずだ。
だが、今でも情報収集や折衝、作戦の立案といった『戦闘以外の仕事』はだいたいカイの仕事なのだった。
◆
「依頼は正式に受注してきた。追加で分かったことも含めて時系列で整理しよう。」
カイは給仕から水のグラスを受け取ると、一口飲んでから仲間達と同じテーブルについた。
――行方不明者の数が増えだしたのは2ヶ月前からだ。が、犠牲者の殆どが東のスラムの住人で、身寄りも戸籍もなく、消えても誰も気に留めない者達だった。
そのため発覚が遅れ、ようやく犠牲者の一人の家族が捜索依頼を出したのが2週間前。
その日のうちにC級冒険者チーム『ゴッド&ドッグ』が調査を開始し、そのメンバーの一人ダイデスン=クルッツェ=ツェストランが3日前の朝に死体で発見された。
調査の結果、すぐに直接の加害者が食屍鬼、被害場所がデルッタの街の地下下水道だと断定されたが、『親玉』の存在は確定されなかった。
そこで、ホーリースマイトに討伐依頼の打診があり、この2、3日情報収集と準備をしていたのだ。
「よーするに、ダイデスン以外の犠牲者は見つからんかったんやん?」
尋ねたのはグランデルだ。
喋るたびにヒゲがピコピコ、耳がピクピク動く。
ほぼ猫である。
「ああ。ダイデスンは聖水を使ったから食屍鬼にならずに死んだ。だが聖水を持ち歩いてる奴なんてそうそういない。
他の犠牲者は、たぶん全員食屍鬼になって地下下水道を彷徨ってる。」
食屍鬼討伐がB級クエストとされているのは、『親玉』――吸血鬼が現れる可能性があるからである。
吸血鬼に血を吸われた者が童貞・処女であれば吸血鬼になるが、非童貞・非処女であれば食屍鬼となる。
そして、親玉の吸血鬼は、自分が生み出した吸血鬼や食屍鬼を完全に支配することができる。
一方、食屍鬼に食い殺された者はみな食屍鬼になる。だが、食屍鬼は自分が生み出した食屍鬼を操ることはできない。
だから、普通は食屍鬼が現れれば、鼠算式に犠牲者が増える。
だが、今回は遺体がダイデスンしか見つかっていない。普通に考えれば、吸血鬼がいる可能性が高い。
だが、食屍鬼が、自分が食い殺して生まれた食屍鬼を自分で殺して処分しているという可能性もある。
ごく稀に、そういった高レベルで知能の高い食屍鬼がいるという噂があるのだ。
どちらにしても強敵である。
「にゃるほど。よーするに、現地に行って臨機応変に立ち回るしかないっちゅー事やな。」
グランデルが眼鏡をクイッと上げた。手の甲までもふもふで指先には鋭い爪がある。
だが、指はあって、剣を握るには支障ないらしい。
ちなみにメガネにはつるがなく、鼻に乗せているだけだ。代わりに紐がついていて、落としても無くさない様になっている。
「可能性は悪い方で考えるべきだ。当たり前のレベルを上げるのが大切なんだ。私は吸血鬼の存在を前提にすべきだと思うね。」
「そこに気付くとは、流石ですわ、勇者さま。」
リサの目がギラリと光り、フィンブレンに賛意を示す。
「あら、『良い方』の間違いでしょ?
吸血鬼がいれば、あたし達確実にB級に昇格するわ。」
ゾフィが本音をぶちまける。
グランデルが思わず「せやな」と苦笑した。
剛毅というべきか。彼らはC級冒険者パーティでありながらこのB級クエストに、まるで物怖じしていなかった。