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これが本当に私の手柄ならよかった



 今度こそ私は目を見開いた。

 今、なんと言いました?


「良かったな。望み通り、我が家の一員として励んでもらおう。教会からの呼び出し用件が終わったら必ずディオールジュ家へ戻れ。中央教会に残るようであれば容赦はしない。」

「ひぇ…」


 ここまで何とか喉の奥で押し殺してきた悲鳴が口から思わず出た。

 ちゃんと帰ってくる予定だから、私を脅すのはやめてください。ご当主様。


「我が家の者として、衣食住の予算は全て本家から出す。良かったなアオ。こちらも希望通りだろう。」

「どの辺がですか!?」

「アオの予算は後見であるディオールジュ本家が出すのだから、カーライルの散財はこれでしまいだ。王都にあるディオールジュの屋敷も滞在に使用すると良い。」


 本家の予算組に私の費用枠ができる事の方が怖いんですけど。とはとても口にできなかった。

 王都にもお屋敷がある辺り、さすが大きいお家である。貴族の家の一員って、今私はどこポジなんだろう。さっきの従者のお兄さんとかと同列あたりだろうか。

 渉外窓口担当的な?

 でも、そのポジって普通お屋敷って使わせてもらえるものなんだろうか。

 あまりの怖さに、気持ちをそらそうとカップの中のお茶に口をつける。冷め切ったお茶だったが、それでもお味はとてもよかった。

 ずいぶんと長い対話だった様だ。


 外に出ると、ずいぶんと久しぶりにエレイフの顔を見たような気がした。

 そういえば護衛を置かせてもらったんだった。

 当然のように隊長のはずのエレイフがいるのは何度考えてもやっぱりちょっとおかしいのだけれど、突っ込んではいけない。いけないのだ。


「お帰りなさいませ。」

「お待たせ。」


 天幕の外で待っていたエレイフは、きれいに笑ってみせて私に手を差し出した。エレイフの外行きの顔は私にとっては珍しいものだ。

 出口までまたエスコートしてくれていたレガートを見上げると


「昼食を用意させている。そちらの者たちと一緒にとると良い。」

「お気遣いいただきありがとうございます。」

「慌ただしくて悪いが、私は仕事があるのでここで失礼する。」

「はい。またお手紙を送らせていただきます。」


 一通り言葉を交わすとレガートは私の手をすっと離し、エレイフと行くようにとジェスチャーをする。

 その様子だけで周囲には上下関係が見えるだろう。

 レガートは、私にとってもご当主様の位置付けになりました。おめでとうございます。


「お疲れさまでした。」


 レガートが踵を返し離れると、エレイフは小さな声で労ってくれた。

 本当に、お疲れだよ。

 結局、あちらにもよくわからんと言われたけれど、私にも何が何だかわからなかった。頭がいっぱいだ。


「今はもうご飯のメニューの事だけ考えたいね。」

「お夕飯の事をあえて忘れたふりをしているのは…現実逃避としか…」

「お夕飯…もう、馬車酔いで無理だって事にして残りの町全部ご挨拶お断りできないかなぁ。」


 できるわけがないが、そんな夢をちょっと口にしながら私はご当主様側の陣を去ったのだった。




「そういえば、エレイフは中の会話って聞こえてた?」


 私は恐る恐る聞いてみた。

 怖いと思いつつ、確認せずにはいられない。


「あぁ、普通は知りませんよね。天幕はきちんと出入口をふさげば中の会話はさほど聞こえないように出来ているんですよ。」


 まじか。天幕すごいな。


「布にそういう加工でもあるのかな?」

「音の遮断に向いた素材があるんですよ。特にあの天幕の布はだいぶ良いものを使われてましたから、大きな声を上げない限りは外に会話は漏れません。」


 内心安堵の溜息をつく私と打って変わって、エレイフは苦い顔をしている。


「護衛についても中の様子がわからないので俺としては歓迎できない話ですが。」


 聞こえなくてよかったと思ってごめんねと内心つぶやき、これはきちんとねぎらって上げた方が良いんだろうかと言葉を探しかけて…やめた。

 よく考えて。私よ


 私はエレイフの上司でもなければ主でもない。

 護衛対象としての立場も受け入れてないじゃないか。

 歓迎すべきか否かわからないが、本日めでたく私はディオールジュ本家に迎えてもらえる事となった?らしい?ので、そうなると中央教会に属するエレイフとはちょっと関係を意識して対応しなくてはいけないのだ。今まで以上に。

 もともとはカーライルさん自身が私の自由意思を尊重するスタンスを取ってくれていたから、お互いの関係を手探りで試せる時間があったというだけだ。

 そういうことを考えると、私にできる一番親し気な態度はこれしかなかった。


「護衛を付けさせてもらえただけでも譲歩してもらったんだし、文句言わないの。」


 弟ポジション。

 これである。


 エレイフにはちょっと嫌そうな顔をされたけどそれはスルーさせてもらった。



 その後、アレクシスさんの待つ場所へとたどり着くと、「交渉に持ち込めたようですね」と言われて心が痛んだ。

 自分でも何を会話したのかよくわかっていないのでどう説明したものか…と、額を抑えたくなる思いだった。

 こちらは天幕は持ってきていないので簡易的に衝立で囲ったテーブルと椅子のセットがいつものようにセットされている。

 そこには驚くことに食事がすでに用意されており、私が首を傾げると


「ディオールジュ家ご当主様からです。」


 と、アレクシスさんに言われた。

 ご飯を用意してくれてると言われたけど、既にセットされているとは思わなかった。


「先ほど届いたばかりですから、ご安心ください。」


 いや、時間が経っているのではとかそういう心配はしていない。

 私は曖昧に笑うくらいしか反応ができなかった。


「あれ、カーライルさんは?」

「カーライルでしたら、ご当主様と話をしている頃かと。」

「あぁ、そうですよね。情報のやり取りは必要ですもんね。」


 私が頷くと、アレクシスさんは料理の乗ったテーブルに設置された椅子を引き、私を呼ぶ。


「昼食は先にお摂りください。と、カーライルからの伝言です。色々とお聞かせいただけますよね?」


 何を言ったらいいかわからないけれど、家庭教師様に報告しないという選択肢のない私は、一瞬逃げ腰になりつつも頷いてその椅子へと腰を落ち着けたのだった。


 お昼ご飯を食べながら、ご当主様との会話内容をお伝えするのに大変難儀した。

 ただ、家庭教師様からもらった課題は意図せずクリアできたので結果オーライという事にする。私の功績はゼロだけど。


「頑張られたようで何よりです。」


 と、アレクシスさんに褒めてもらえたけど全く嬉しくなかった。

 実際のところ私は何もしていないから当然なんだけど、大変むなしく心に風が吹きすさぶ。

 食事の途中で、席を外していたカーライルさんが戻ってくると開口一番に


「どうなる事かと思いましたが、やはり兄も聖女様を気にいられたようですね。」


 と、おっしゃられた。


 やはりって何。

 嘘でしょ。

 会えばどうにかなると思ってたの?本気で??


 と、カーライルさんの正気を私は疑った。

 いや、カーライルさんは、私の事となると基本正気じゃなかった…いや、そんなこと言ってはいけない。それにしたって、疑うよね。私のどこがそんな評価になったのか、教えて欲しいよ。


 胡乱な目を向けないように気を付けつつカーライルさんを見ると、思ったのと違った表情をしていた。

 なぜだろうと首をかしげるとその表情はぱっと消えてなくなる。


「ただ、当主命令として商家への繋ぎ等を言い渡されたようですが、大丈夫ですか?」


 心配顔が眩しい。

 正直私も心配です。心が折れそうです。

 しかし、できないとも言い難い。

 だって、仕事が欲しいと言ったのは私だ。そして、対価は私の生活費。

 事前投資にしても額が大きいのではないだろうか。人一人養ってもらうって…。

 この対価、想定していた形とは全然違うし、何か意味合いが違う気がするとは思うが、その場で拒否もできなかったので致し方ない。ディオールジュ家の一員としてとか、怖いこと言われた気がするけど。


「経験はないですが、できる事を頑張る所存です。」


 社会人として、できませんとは言えないのだ。しかし、必ずできるとも言えない。


「なので、カーライルさんにもお力添えいただければ幸いです。」


 どうぞよろしくお願い申し上げます。と、心の中で社会人メールテンプレみたいな言葉を連ねつつ、淑女の笑みをにこりと向けた。

 基本が真顔の私だが、いつかこの淑女笑顔も自然な笑顔として私の顔に定着したら嬉しいな。

 私だけでも表情筋の仕事をさせなければ。でないとこのメンバー、全員が生き物らしさのないグループになってしまうとご当主様を前にして気が付いた。


「お任せください。」


 生き物らしさが足りないメンバーではあるが、それでもカーライルさんの顔は嬉しそうなものだった。

 それがまた、好意を利用してるようで心が痛いです。手伝ってくれたら嬉しいという気持ちは本物なんだけども。



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― 新着の感想 ―
[一言] アオさんは自分で自分を追い詰めてしまいましたね(笑) 交渉の結果、ディオールジュ家の意向にそって苦手な仕事をすることに。 今にして思えば、アオさんがレガートさまに欲しいもの聞かれた時に真っ先…
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