ふたつ目の町 ファンサをしないためのファンサ
さて、部屋へ案内された私は、カーライルさんに確認しておきたいことが…と、意を決して声をかける事に成功した。
そうして、私、カーライルさん、アレクシスさん、エレイフの四人だけで案内していただいた部屋の中に消えた。
泊る場所を提供していただいたのにすみません。すみません。と心の中で謝りつつ、道中自分自身の状態の把握がし切れていなかった私は、ここで一度話をしておかなくてはと、自分を守りつつ周囲に迷惑をあまりかけない方法をとるには今しかないと思い、何とか声を上げたのだった。
パタリと扉を閉め、全員がソファーに座ったところで…いや、嘘ついた。エレイフは私の後ろに立って待機している。
息をするように護衛に徹するなこの人。
「…エレイフ、悪いけど、一旦座って。」
ハウス。みたいな温度で私の斜め前にある一人掛けのソファーに誘導する。
エレイフは少し不満のありそうな空気を出すも、この顔ぶれなのでふざけた態度をとることなくおとなしく座ってくれる。たぶん、私の話したい内容を察してもくれたのだろう。
さてと。気合を入れなくては。
ごめんなさいをする時は、どんな時でも緊張するものだ。
「今日は、道中ご心配をおかけし、申し訳ありませんでした。私自身が思っていた以上に、人に見られるという事が重く、気持ちをコントロールすることが難しくなってしまいました。」
私はゆっくりと頭を下げた。
この国の作法にはない所作ではあるが、誠心誠意、私の気持ちを傾けて、頭を下げる。
「いいえ、私共も、聖女様が威厳ある対応をしてくださったことに甘えて対策を怠ってしまいました。こちらが謝りこそすれ、聖女様に謝罪いただくなど…」
ぎゅっと眉間にしわを寄せ、眉尻を下げるカーライルさん。
今日も今日とてきれいに髪を撫でつけ、飾り付け、かっちりとした服装をされている。
見慣れない姿だが、その表情はいつもの私をおもんぱかってくれるカーライルさん。
ありがたくも、申し訳ない。
その隣のソファーに座るアレクシスさんも、カーライルさんの言葉に首肯し、同意を表している。
「それこそ、謝らないでください。ただ、今回の事でよくわかりましたが、やはり庶民の私には、ここまで人に望まれる環境で周囲の反応に対応できるだけの経験がありません。これ以上視線にさらされるのも、精神的に難しいでしょう。」
カーライルさんとアレクシスさんは、そうですね…と、思案気な顔をし、エレイフが私の言葉のどこに反応したのかわからないが、ピクリと少し眉を寄せ、疑問といった色を浮かべたのだが、すぐさまそれをひっこめた。
何を思ったのだろう?と、誰何する暇もなく、彼は口を開く。
「そうでしょうね。昨日外出した際も、相当緊張されていらっしゃいましたし。」
「え、そんなに?」
どうやら自分の疑問はどこかにしまったらしいエレイフ。
ただ、そんな彼の態度に深く疑問を持つよりも、エレイフの言葉の内容に私はポカンとした。そこまで気にせず歩いていたつもりだったのだけど、本当は全然ダメだったという事か?
「相当顔が固くなっていましたよ。おかげで下手に近づく人がいなかったのでありがたかったですが。」
「外出時のアオ様のご様子は隊長殿より報告を受けています。楽しみにされていたので、今後ももし町に出られるようでしたら反対は致しませんが、どうされますか?」
「うぅ…町は、見たいです…が、今は、体調を崩さず旅を終える事を目標にしたいと思うので、致し方ないです。諦めます。」
せっかくの異世界。せっかくの…
と、うなだれるも、私も大人として、優先順位をきちんとつけていかねばならない。
やりたい事とやれる事は別物なのだ。
何より、道中熱を出したり、病気になる方が大迷惑だ。
そんな事になれば、迷惑をかける自分に自分でへこんでまたダメダメになるのだろう。自分でもよくわかってる自分の性質。
「では、王都についてから、お忍びでお出かけできるルートをお教えしますよ。」
「!」
内心うなだれる私に、アレクシスさんの口から、まさかの言葉が飛び出た。
え!?硬質なアレクシスさんの口から、お忍びでって言葉が出るとは、果たしてこれは白昼夢ではあるまいな?
驚きにとっさにカーライルさん、エレイフの顔もチラリとみてしまう。
エレイフも私と同様、驚いている。
カーライルさんは何か言いたげな顔で隣に視線だけで抗議をしているところを見ると、どうやらくだんのお忍びルートはアレクシスさん独自のルートなのだろう。
「ぜひ!」
色々思う所はなくもないが、ここで飛びつかなければ憧れの異世界を堪能することはできない。私は笑顔で絶対ですよと念を押す。
「おい、アレクシス…」
視線だけでは収まらず、抑え目のトーンで抗議の声を上げるカーライルさん。
本当に申し訳ありません。あと、久々に地が見えましたね。
二人のそういう関係を見るのは好きだな。と、思う。
「これまで外にご興味がないのかと思っていましたが、そうではないご様子。市井の暮らしぶりを知るのは、大切な経験となりましょう。何より、ご興味があることを、我々が阻む等、よくないのでは?」
「それは…そうだが。」
最後の一言は、カーライルさんに向けて放たれる。
「ディオールジュ殿の過保護は私も過剰と感じますが、お忍びで…というのは、聞き過ごせませんね。」
「着いてきたいようでしたら、アオ様の許可をご自分でどうぞ。」
じろり。と、睨むエレイフの視線を、知らん顔で流すアレクシスさん。
許可といわれてもなぁ?
どちらがいいかは私にも判別がつかない所である。
「その話はまた後日にしましょう。」
バッサリと話題を切ることにした私である。
「まずはこの旅程で、聖女様のご負担を減らすのが大切ですね。」
「いつもご迷惑をおかけします。」
話題を切り替えれば、即座にカーライルさんがそう言ってくれる。
本当に、いつもありがとうございます。いつまでたっても恩ばかりが増えていく。
「これくらい、迷惑ではございませんよ。」
「馬車がたどり着く時間は、知らせないわけにはいきません。今後は馬車のカーテンと、顔を隠すベールを付ける時間を直前に設ける事と致しましょう。」
「それは助かります。」
今回、わざわざ町が見えるか見えないかの距離で一時休憩をしてくれて、その時に、エレイフが何かレース等あれば顔を隠しては?と、提案してくれたのだ。
高貴なる方々にはどうやらその発想はなかった様で、なるほどと目から鱗って顔をしていた。そして、荷物からちょうど良いものを出してもらってすっぽりとかぶる事にしたのだ。
最初からやっていれば良かったのかもしれないけど、誰も思いもよらなかったのだから致し方ない。
「外出はしないという事で、騎士達にも通達しておきます。庭くらいはお出になりますか?」
「今日はやめておこうかな…」
「わかりました。町に着きましたら都度確認しますので、いつでも外出したければ言ってくださいね。」
「ありがとう。」
多分一番私の心苦しい、つらい。という気持ちを汲み取ってくれているエレイフ。
彼の感性がここまで心強いと、ほんと、私、こんなにほだされて大丈夫なんだろうか。と、思わなくもない。
「お食事ですが、昨晩のご様子ですとあまり楽しめていなかったのでは?」
「そう…ですね。せっかく食べたものの味もわからなかった…」
アレクシスさん、さすが私の食いしん坊万歳な精神をご存知なようで。
ははは…心の中で空笑いしちゃうぜ。
「晩餐を辞去するとなると、多少貴族の方々から不満が出そうですが、体調不良を理由におやめになってもよろしいかと。」
「それで不満が出るようなら、夕飯くらいはご一緒したほうがいいような。」
ここにきて私は困った顔になる。食事は楽しくおいしく取りたいけれど、でも、軋轢は生みたくない。
どうしよう。
冷や汗を流す私。
そこへ、カーライルさんが、では…と、控えめに声を上げる。
「まだ日も高い事ですし、こちらの領主ご一家をお茶に誘われては?」
「お茶ですか?」
「あぁ、アオ様がご準備してふるまえば、喜ばれそうですね。」
「なるほど。」
「え…?」
私は宇宙猫の顔をする。
今、なんと?
…え?
私が淹れたお茶でちゃらになる?それ??
果てしなく疑問しか浮かばないというのに、全員がうなづいているので、まじか。と、思っているのは私ばかりという事だ。聖女の付加価値の高さ、相変わらず意味が分からない。わからないが、納得するしかない。
なにせ3対1だ。私が少数意見だ。
つまり、彼らの意見のほうが世間一般という事だ。
けど、夕飯の時間をギシギシしながら過ごすよりはいいかもしれない…いや、どうだろう。本当にそうか?わからんけれど…
「確認ですが、お茶を淹れるのはやぶさかではありませんが、私、高貴な方との会話なんて、できませんよ。」
「そこは、カーライルがうまくやるでしょう。」
「聖女様はなるべく微笑んでいらしてください。」
なんという丸投げか。アレクシスさん。
そして、笑顔でという注文よ。大まかですね。
「旅の疲れがあるので、晩餐はお部屋でと希望されているという事で、話を通しましょう。」
「代わりに、お茶の時間をお誘いされていると、伝えさせていただきますので、ご安心ください。」
何はともあれ、やってみるしかあるまい。女は度胸というではないか。
「わかりました。では、晩餐をご一緒しない代わりに、短時間ですが、お茶の時間にお誘いしましょう。」
こうして、ふたつ目の町のご領主と、再度顔を合わせる事にしたのだった。
よく考えたら、聖女としてこれはファンサのようなものかもしれない。なんて思い至った。
晩餐というファンサをしないための、お茶会というファンサである。
さて、何を淹れようかな。
ついでだ。出発前に料理長が持たせてくれた開発途中のお菓子を出そう。
あわよくば、周囲に噂を広めてもらえますように。
方針が決まって心が安定すると、ちゃっかりそんな下心を盛り込む余裕が生まれる私だった。