ド性癖様が来たのにそれどころじゃない!
週に一回多くて三回、光の貴公子を呼んでしまう私は一体何なんだ。聖女様か。そうだったそうだった。はっはー…はは…は…
モウダメダ。
みんな私を拝まないでほしい。拝まないでほしいんだ。
頼みの綱のカーライルさんにもそれを伝えてみようとしたけどダメだった。
朝食の席で、頑張って話しかけたのにダメだった。
「あの、カーライルさん」
「何でしょう?聖女様」
「あ、あの、あのですね。折り入ってお願いが、ありまして。」
「聖女様のお願いなら何なりとっ」
お…おぅ…いつも硬質な薄氷の美形が、語尾を気持ちはねあげていらっしゃる…。
「実は、その、周囲の方々なんですが…」
「何か失礼が…?」
うおっ何だこれ。こわっ怖いっっ!怖いよー!!もしかしてこれが殺気ってやつなのか!?
平和な世界で感じたことの無い威圧感よ。こんにちは。
私の手は意図せず震えてお皿と握ったスプーンがぶつかってカタカタと鳴ってしまう。でも震えを止められない。
どうやらその震えに気づいたらしいカーライルさんが慌て始めて殺気はなくなった。
「も、申し訳ありません。聖女様にご不快を与えるつもりでは…」
あわわわとなってるカーライルさんの顔をうまく見ることができない。
「えっと、あの、はい。だ、大丈夫です。わかってますから。」
必死に言葉を千切って張り合わせて絞り出して少し呼吸を繰り返してからアイスブルーの瞳を見上げた。良かった。怖くない。
ほっとして私は途中だったスープにまた口をつけた。
そしてそのまま言いかけた言葉の存在を私は忘れてしまったのだった。ポンコツかよ。
そんなこんなで三十路過ぎ喪女ヲタクにポンコツまで称号がついたところで1週間後、かねてより約束してた家庭教師様がいらっしゃる事になった。
長かった。
このお宅に転がり込んで早1ヶ月半。
暇だったー。
まじ、暇だったー。
家庭教師様のお陰で日中誰も来ないと約束された勉強部屋なるものができたのは控えめに言っても最の高では?
因みに、家庭教師様は住み込みで、お勉強以外の時間はご自分の研究をされるんだそうな。
なるほどなるほど。研究の邪魔だけはしないように勉強部屋に引きこもろう。一人思う存分今までできなかった読書に勤しもう。楽しみだなぁ。異世界の書物ー!
魔法の成り立ちとか基礎とかの本ってあるかなぁ。
あーん期待しちゃうよぉー。わくわくするぅ。
だって魔法だよ?ファンタジー大好きな私からしたら憧れの力な訳だよ。
期待しかないってやつですよ。
今、家庭教師様をお出迎えしようと玄関にまで出てきたわけだけど、これからのワンダフル引きこもり生活を考えるだけで全身が喜びでうち震える。
生きてて良かった…!
あ、一回死んでることはノーカンで。
って、なんでや●藤。
天使の梯子掛かってんじゃねぇぞ!呼んでないってばよ。
玄関の前には馬車のためのロータリー。ロータリーの真ん中の花壇へは、お花がいつもきれいに咲いている。
そして、ロータリーに馬車がまさに入ってきて私から見て3時辺りを走ってる中、私の元に不自然なスポットライトが降りてきている。
なぜなのっなぜなのよー!?
馬車が玄関にたどりつく前に馬車止まっちゃったよ。御者さん気を確かに。ここまであともう少しでしょう?ほらがんばって。あんよはじょーずあんよはじょーず!
心の中でパンパン手を叩くけどだぁれもあんよしてくれねぇっす。
ただ、慌ただしく馬車の扉が開いて、かっちりしたお洋服の男性が飛び出てきてこちらを…いや、天を凝視している。
えぇえぇわかります。
今まさに美々しいお姿が降りてきているのでしょう。そうでしょうそうでしょう。ほらみろ、右の爪先からふわっと重みを感じさせずに地面に足をお付けになった。続く左足は右足の後ろに、少し斜めの角度で着地して。
美しい上、美しさを熟知してるその爪先が憎々しい。禿げろ。いや、禿げるのはいかん。世の損失か。
私を壁か床にしてくれ。
頭を抱えたいけど、理想の清楚系聖女様のガワにそんなことさせられないやん。女神様にも申し訳ない。
なのでせめて、あっ目眩が…な、貴族令嬢的に額に手の甲を当てて虚空を見上げた。
オワタ。
家庭教師様もオワター。
「聖女よ、無意識で呼ぶにしても場所を選べ。全く、仕方の無い聖女だ。」
笑いを喉の奥で転がして光の貴公子は額に当てた私の手を握り、そっとどけさせた。
上を向いてた私の視界にドアップで入り込む美々しいお顔立ち。
あーこれ、スチルなら大層萌えたんだろうなぁ。私じゃなければなぁ。
残念すぎて目が虚ろになる。
「こら聖女。我がいるというのにその顔は何だ。せめて茶と菓子で呼び出したわびをせよ。」
「カシコマリマシター」
よっこいしょ。と、光の貴公子を横にどけ、馬車の方を見ると既視感のある光景が見えた。
始めてお会いしたカーライルさんとおんなじ顔だなぁ。申し訳ない。
「神様、先にいつもの居間でおくつろぎください。」
「む、良かろう。」
「あの、マリエ…さん?お茶と甘いものを至急お願い…でき…ます?」
光の貴公子を中に押込み、キョロキョロと一番近くに居る侍女さんにお願いしてみる。お名前は…ほら、お察しください。名前覚えるのなんて力の限り苦手なんだい!自信が全く無い。無いけど、確かそのはず。たぶん。
たぶんマリエさん?は、私の言葉にギギギ…って錆び付いた音がしそうなぎこちない動きで頷いて屋敷へ入っていってくれた。
よかったぁ。ありがとう。
余計な仕事増やしてごめんなさいごめんなさい。
さて、私は本日の本当の目的のため、馬車の方へまた向いて、ゆっくりとそちらへ歩を進めた。
御者さんはびびってひぇっ みたいな声をあげた。
いやいやさーせん。まじさーせん。
馬車から飛び出てきたお方は御者さんほど及び腰ではないが、じっと私を見据えてる。
やーすごい。すごいよー。
モノクルの似合う美丈夫!つやっさらのまっすぐな黒髪美しすー!紅玉色のつり目なのに眉毛が愁いを帯びてるんだわー。
なんていうのかな。乙女ゲーでいうとこの歳上攻略キャラ?王さまの弟とかでさ、メインヒーローの第一王子の叔父さんみたいな?
気品や色気があるのに、メインヒーローには負けようとするというか、引こうとするもどかしさとかなんちゃらかんちゃらありそうなそんな陰りのある美丈夫感。
まぁ、どうせ私の実年齢から見れば年下か同い年くらいなんだろ。けっ
所で、この世界は髪が長い男性がデフォなのかな?
肩甲骨を覆うくらいのつやっさらのお髪が結ばれもせずその背をおおっていらっしゃるわけですよ。
正直言っていいっすか?
性癖ドストライクです。
マジかよ。
サラサラ黒髪ストレートロングヘアーの似合う愁い顔美丈夫…はーやばい。眼福。
今なら死んでもいい。
バターンッ
「ぎゃっ!?」
サラサラ黒髪ストレートロングヘアー愁い顔美丈夫まであと4歩位のところで玄関の扉がすごい勢いで開いて、私は驚いて変な声をあげてしまった。
タイムー!!!
タイムだタイム!なんで性癖ドストライク様がいる目の前でカエルつぶれたみたいな音を出さなければならないんだ。どんな恨みが私にあるんだ。
振り返るといつもはきらっきらの光の貴公子様が青い顔で私にかけよって来るところだった。
「い、今、し…しを…」
光の貴公子は両手を伸ばし、単語にならない言葉をバラバラと溢しながら息を乱して目の前に立つ。両の手は頬を包みなですさり、髪に指を差し込みまた撫でてくる。まるでどこかにある傷でも探すような動きである。
「か、神様、なんですか、どうしたんですかっ」
いきなりの行動に全く頭が追い付かない。
兎に角されるがままではいかんと思うのだか…光の貴公子様の顔は真っ青なままなのだ。
何を心配しているのかさっぱわからん。だが、良心が痛んで仕方ないので、私は両手で光の貴公子の背中を優しく撫でてやり声もなるたけ優しくかける。
「神様、神様、どうしたんですか。大丈夫。大丈夫ですから、落ち着いてください。ね?」
見上げた顔は悲壮感でいっぱいだ。
「い、今、そなたが言ったのではないか。」
「私ですか?」
「死んでも良い…と。」
ぽかぁん…
なん…ですと?
私の、感動にうち震えたあの声が、聞こえたと?
それはなんだ。今までの神様に届いてたのって、そういうことか?
生きてて良かった!
神様ありがとう!
尊みで世界が眩しい…
などなどなどなど!私の問題発言モノローグが、この神様を呼んじゃってたと、そういうことか。なんたることか…
尊みにうち震えるのなんて、息をするようなもんなんだぞ。やめろというのか。息をするのを、やめろと?
今度こそ、私はご令嬢の如くふらぁと足元をふらつかせた。
私、オワタ。