森の中のお話し
簡易的なテーブル。
簡易的な椅子。
用意された暖かなお茶。
そして、それを囲むのは、キラキラとした貴公子と騎士。
なかなかどうして、違和感しかないワンダーランド。
二次元ばりの男性ばかりが目の前で優雅にお茶をしている森のど真ん中…というのは、いやはやなんとも、シュールに過ぎないだろうか。
そんな簡易式の円卓の、私の左斜め前にカーライルさん。右斜め前にアレクシスさん。そして、正面にエレイフという布陣のお茶会がしめやかに行われている現在は、王都へ向かう旅路の最初の休憩時間だ。
私は目の前の光景をあまり直視しないようにと焦点を遠くに追いやる努力をする。
じゃないと思考する力を全て別のところに振り分けてしまうからね。
さて、旅路の最初にやって来た謎のイベント、町中の人が私の姿を見に沿道に詰めかける…というのを目の当たりにした私ですが、よくよく話を聞いてみると、あれだけの人が詰めかけるとは、予想だにしていなかったと、彼らは私に語ったのであった。
「中央教会へ向かう道中、事故が起きてはいけませんので、安全に関する命令は徹底しておりましたが、あれだけの規模で町の者が詰めかけるとは…予想しておりませんでした。」
とは、カーライルさんの言である。
既に彼らに詰め寄る気力もなくなっていた私は、致し方ないので、過去の事は端に置くとして、この先も似たような事が起きる可能性の方に切り替えることにした。
「結果はどうあれ、私の事を慮って下さったことには感謝します。」
お気持ちは汲みましょう。お気持ちは。
それに、いつも何かしらしてもらうばかりの私である。
いろいろ気遣ってくれた事柄に対し、そんな強い姿勢でいられるはずもない。
「驚かせてしまい、本当に申し訳ございません。」
それについては全くですが。
「しかし、主様はなかなか堂に入った態度で対応されていらっしゃいましたし、この先の街中で似たような状況になっても大丈夫そうですよね。」
頭を下げるカーライルさんと打って変わって、テーブルの向こう側で朗らかに無責任なことを言うエレイフ。
私はエレイフにゆっくりと笑顔を作り、目に力をこめた。
「今、何て言いました?エレイフ」
目は全く笑ってないし、口調も全く朗らかじゃない私ですが致し方ない。
なにいっとんのやわれぇ!って感じの気分だもの。
「隊長殿の発言はいささか無遠慮が過ぎますが…先に走っておりました馬車の窓から拝見したご様子は、とてもご立派でございました。」
そこへまさかの、先生からのおほめの言葉。
こ、これはうれしい。
さっきから、私の怒りを他の感情で散らそうとしてはいませんか。カーライルさんも、アレクシスさんも。
「これから7日間。通る町全てで同様の事が起きる可能性は大いにあると予想されます。聖女様にとって、それはあまりに大きな負担となりましょう。なにか対策を講じねばなりませんね。」
真剣な顔で、カーライルさんが顎に指を添える。
優美な姿形に優美な所作。
ちょっと頭がおかしくなりそうなほど美しいですね。
以前、心の中で勝手につけたあだ名がピッタリ過ぎるよ。氷原の貴人。
普段から普通以上に綺麗なことは知っていたけど、普段と違う姿と言うのは、綺麗度が増して慣れたはずのお顔も見れなくなるからやめていただきたい。直視できません。したら思考が爆散します。
「今からでも伝令を飛ばしては?」
しかし、カーライルさんを見ないようにと視線を左から右に振れば、アレクシスさんの赤い瞳と視線が合ってしまう。
こっちはこっちでいつも通りの硬質なお顔とお姿だが、シンプルながらに品のある服装とモノクルが似合う顔立ち。
そして、見ないようにしているカーライルさんといつも以上に対のお人形めいて見えるせいで、倍増しで心臓に悪い。
カーライルさんの服装が変わると、アレクシスさんも直視できなくなるとか、それ何の呪い?
「主様のお姿を見るために詰めかけるなって?それこそ、せっかく敷いた規制が無に帰して、危険が増す事になるだけでしょう。なんでも止めさせればいいというものではありませんよ。」
結局紅玉も避けると、目の前の騎士様を主に見ることになる。
あーでも、こうやって正面からちゃんと見るとさぁ、ほんと、この子、顔面偏差値高いよね。
うん。
騎士様のそろいの制服もかっこいいし。
隊長故のいくつかのカラーやデザインがほかの皆さんと違ったりしているところとか、ほんともうかっこいい。かっこよすぎてじっくりその色違いとデザイン違いになっているところ私にじっくり見せて欲しい。
衣服だけ貸してくれればいいから。
いや、やっぱ嘘。
着た状態で見せて欲しい。
「隊長殿の言うことは一理ありますね。急に方針転換しては、せっかく通達してきた規制も無意味なものになってしまいますし、集団というものは、抑圧しすぎれば間違った方向に爆発するものです。」
「そうか。民衆の動きについては二人の意見に従うとしよう。」
「意外と素直に引き下がりますね。」
「となると、やはりこちらの方で聖女様の負担を減らす工夫をする必要がありますね。」
と、ここまで彼らの声が右から左状態だった私に、一斉に三対の視線が集まる。
わーかおがいー。がんりきつよー。
とか、思ってる場合じゃない。
心ここにあらずだったと知られてはならないのだ。
何せ話し合いの焦点は全て私。
それなのにほんと、違う所に心が飛んでてすみません。
でもね、私も、好きで正気を失ってるわけじゃないんですよ。
こんな至近距離で、無駄に顔も姿も所作も美しい人たちに囲まれすぎて、キャパオーバーなんですよ。
「えーっと、とりあえず、たくさんの人にめちゃくちゃ見られてるなーっていう所が本当にしんどかったので…まずは、そこ?でしょうか」
と、とりあえず、一番しんどかった点を挙げてみた。
おおよそ話題の流れとしては間違っていない…はずだ。うん。
ただ、言葉を全くとりつくろえてないので、だれか私のスペックを上げてください。お願いします。
HDDからSSDにグレードアップしたいよー。
「そういえば、アオ様、馬車のカーテンは閉めないんですか?」
「カーテン?」
エレイフの言葉に私は首を傾げた。
あれ、カーテンあったっけ?
「気づいて、ない?」
「え、ごめん。全然。」
ぽかんとしていると、話題を振ったエレイフ以外の2人も何とも言えない顔になった。
いや待ってくれ。
そもそも私はほとんど馬車を使ったことがないのだ。
「これは、盲点でございました。」
「そう…ですね。考えてみればアオ様は外にほとんどお出になっておりませんでしたから、馬車自体馴染みがありませんでしたね。」
なるほどなるほど。
そう、だね?
普段から使っている人からしたら、そこにあって当たり前の物というわけだね?
「もしかして、必要に応じてカーテンを使うだろうと、みんな思っていた?」
返る言葉はないものの、全員がそう思っていたことは明々白々。
「ちなみに、カーテンは、薄手のものです?」
「馬車内の点検の折に見ましたが、厚手の物と薄手の物の二重構造でしたので、街中に入るときには薄手のカーテンでシルエットだけ見える状態にされてはどうでしょう。」
「走行中眠られるようでしたら、両方閉めていただければと存じます。」
こうして私たちの休憩時間という名の作戦会議はお開きとなった。
私の間抜けさが落ちとして付いた感じであった。チーン…
「主様、常々あなたの生まれや育ちに疑問を抱いていたんですが…どれだけ箱入りでお育ちになったんですか?」
休憩の終わりに、真剣な顔で言うエレイフの目を私は直視できなかった。
箱入りではないんだが、あいすまん…。
今後、騎士様達の間で、又しても事実に沿わない噂が流れるのだろうなと遠い目をした。