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これが巧みの技!


 カーテンをかけ替え。

 要所要所を紐で結い、窓際に美しいドレープを作っていく。

 天井から布を垂らし、壁を見えなくすることで、壁紙がまるで変ったかのように錯覚させていく。

 それだけで、室内の印象ががらりと変わる。

 皆さんの手際の良さに、私は目を見張った。


 男性陣がカーテンの架け替えをしたり、天井へ布を設置していくと、すぐさま女性陣が紐をかけ、調整し、飾っていく。

 その流れ、その連携のなんと見事な事か。

 女性陣がカーテンや壁の布の細かい調整をしている間に、今度はテーブルを搬入していく男性陣。

 予定図を見つつ、実際の状況から位置の微調整をお願いしたり、通路の広さを確認し、当初の位置から大幅に変えたりと、私もそこから大わらわになる。

 私がかいた大雑把な縮尺ではやはりうまくはいかないところもあった。

 テーブルの個数を変えてしまうと、載せる料理の数が変わってしまうのでそれは避けたい。私は周囲を見渡し、また指示を出す。

 一度入口側から全体を確認する。そうして再度全体の配置の調整を呼びかけ、何とか収まったとみるや、テーブルクロスがぶわりと広げられた。

 まるで花が咲いたように宙を広がる布がきれいで、見惚れているとくくくっと、かすれた低い笑いが上から転がり落ちて来た。

 はっとして、視線だけちらりと隣へ投げかけると、さらりとつややかな黒髪が見える。

 いつの間に、隣にいたんだろう。

 そして、私がぼーっとしてるのをいつから見てたんだろう。


「うぅ…なんですか。アレクシスさん」

「いえ、何も。」


 硬質な声が、どこか明るく響いてて、何だろう。何を思ったんだろう。と、勝手に恥ずかしくなってしまう。

 私はしばし、隣に立つ相手のつま先を恨めしく見つめてから、気持ちを切り替えてフロアを見た。

 たくさんのテーブルをエリア別に距離を調整し、並べ、壁に掛けた布やカーテンの色に合わせた配置でテーブルクロスをかけ終わったその光景を。


 真ん中はつややかなベージュの布で飾りつけをしたテーブル。

 麗しさや美しさが際立つ様に、カーテンの形や飾り紐の色が調整されている。

 そのテーブルに向って右と左はまた違う様相となる様調整して整えてもらった。

 カーテンの生地は同じにし、飾りつけの紐や、ドレープの形で印象を変えさせつつもバラバラな様相にならない様にとしてもらっている。


 そうして出来上がった空間は、私がこうしたいと希望した以上の仕上がりであった。


 もとのサロンも、窓が大きくて明るく、上品さのなかにもくつろげる雰囲気のある素敵な場所だったが、飾り付けたあとのサロンは、全体の華やかさとキラキラ度がぐっと上がっている。

 室内を見渡せば、一目で壁の布やテーブルクロスの色のお陰でエリアが分かれているのがすぐわかる。

 もし、全体を見渡す余裕が無くても、自分の居る位置が色で認識できるようになっているので、記憶にも残りやすかろうと思うのだ。

 目で見た情報で味の情報を覚えていてくれてれば、それをより集めて集計もしやすかろう。

 参加者には三色のカードを渡し、そこに感想を記入してもらうお願いもしている。

 カードの色はもちろん、それぞれのテーブルの色や雰囲気に合わせてある。


「凄いなぁ。」

「良い仕上がりになりましたね。」

「アレクシスさんのおかげですよ。ありがとうございます。」


 心の底からそう思う。

 多少、出資をしていただいた事に対する思う所はあれど、それはそれとして置いといてだ、こんな素敵空間になったのは、間違いなくテーブルクロスやカーテン等、きちんとバランスと印象を考えて備品をそろえてくれたおかげである。

 金をかけないとできない事があるのは、よくよく身に染みて分かっている。

 特に、装飾等はきちんと一式一括で揃えなければどこかちぐはぐになってしまうものなので、このお金の使い方はほんと、大正解なんだよねぇ。


 という、私の微妙な心境が顔に出てしまったのか、こちらを見下ろしている硬質な瞳が、訝しげにすがめられ、問うように首を傾げられた。

 アレクシスさんでも、首か傾げる所作、するんだ。

 それにしても、そんな風に無言のままでも問われると…。


「うぅ…正直に言いますと、ちょっと、お金を出していただいた事に申し訳なさを感じてるんですけど。でも、こんな素敵な空間が出来上がって、素直に嬉しいです。」

「…率直に良かったとは返し難い感想ですね。」

「一方的に頂いてばかりで返せる目途もないので、心苦しさを感じざるを得ないですよ。」

「なんと表現すれば正確に伝わるのか悩ましいですが」

「はい。」

「アオ様のそういう部分が変わらないのは、どことなく安心してしまいますね。」

「へ?」


 私は、驚きに目を見開いた。

 視線の先には、苦笑…と、思われる表情で微かに笑い声をこぼすアレクシスさん。

 不意にそういうのを見せるのは、反則だと思うのだ。

 私はどんな顔をしていいかわからなくなる。


「聖女様、こちらの飾りつけですが――」

「あっはーい!」


 テーブルクロスへの飾りつけの微調整をしていた女性に声をかけられ、私はこれ幸いとそちらへ向かった。

 少しばかり、顔が熱いのは、忙しさで体温が上がってるから。そう、自分に言い聞かせる。


 そうしてお屋敷の皆さんへの感謝を込めたお茶会の準備は整った。


 お菓子の試作はこれで完成形で良いのでは?と、思う出来だったけど、料理長に言わせればあともう一歩との評価。

 改良前だけれど、まずは多くの感想を寄せてもらうためにも、試食会用に大量生産してもらっている。

 この急なお仕事に対して、彼らへ特別手当が約束されているのでそこは安心と言えば安心だけど、これまたカーライルさんから約束されたお給料なので遠い目しかできない。

 これって本当に恩返しになっているんだろうか。

 カーライルさんに返せるものがあるかもしれないと意気込んだ当初のひらめきに、疑問を投げかけざるを得ない。


 お茶会に向けてあれこれと考えたり今日までの出来事を思い出しつつベッドへとよじ登る。

 思えば、アレクシスさんも最初と比べて表情を変える様になったなぁ。

 枕を抱えて今日見た赤い瞳を思い出す。

 私も、神様に言われてから意識するようになって、ずいぶんと自然と笑えるようになったと思う。

 淑女教育のおかげで、表情のコントロールを意図的にできるようになったけど、そういうのとは違う自然な気持ちの表現は、相手も笑ってくれるからできるようになるのかもしれないなぁ。

 なんて、思ったりして。

 これからも、いい関係を紡いで行けたらいいなと、ここを離れる日のその先を思うのだった。




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