感謝の品って難しい
女神さまに呼ばれて早4か月半程。
思い起こせば色々ありました。
出会ってすぐの薄氷の美人に膝まづかれたり。
天から光の貴公子的な神様をお呼びしまくったり。
信じられないほど二次元的に推せる美丈夫が専属家庭教師になったり。
私を選んでくださった女神さまに、き、キスを、してもらったり。
中央教会から騎士様方が押し寄せたり。
少し前の事だけど、一度だけ、恥ずかしながら人前で泣いてしまったりとか。
一人の食事の際、突然の不安感に押しつぶされ、ボロボロと泣いてしまった。その時、ジェシカさんという侍女さんに優しくハンカチを頂戴した出来事は、恥ずかしさもあるが、心温まる思い出の一つにもなった。
ジェシカさんは髪質のしっかりした太めの三つ編みが特徴の、なんとも心根の優しいお嬢さんだ。太い髪質の三つ編みってなんであんなにかわいいんだろう。
しかも、私が気に病まずに済むような言葉選びでハンカチをくださったのだ。本当に素敵なお嬢さんだ。
そんなジェシカさんに、ここから去る前にお礼をすべく、私はちょっとした試みをしていた。
それは、淑女教育の一環で教わった刺繍を施したハンカチを新たに差し上げるというものである。
実は、刺繍に関してはアレクシスさんの管轄外で、アレクシスさん付き添いのもと、侍女長のノラさんがびしばしと私に教えてくれた。
えぇ、それはもう、びしばしと。
口調は優しく、態度はどっしりと、絶対に一定以下の結果では許して頂けない眼光で、私の成長を見守って下さった。
ノラさんのおかげで、少しはみれる物が作れるレベルになった私は、まずはきれいなハンカチを選定し、次に、贈り物にはどのようなものが定石なのかをアレクシスさんやノラさんにリサーチした。
やはり基本は名前の頭文字という事だけど…
え、まって?
私の文字って…
手で書いた文字は、自動的にこの世界の物に置き換わるという奇跡を体現するようになった私。
読む文字はこちらの文字として認識しているのか、あちらの文字として認識しているのか自分でもわからないけど、すらすらと読めるという奇跡も最初から持ち合わせている私。
刺繍で刺す文字…とは?
絶望したので、他に定石を聞いてみると、生まれた月により花があるのだという。
その花を挿しては?というご提案に私は迷うことなく飛びついた。
それから毎日チクチクチクチク。
練習でいくつかお花をさし、念のため予備のハンカチに配置が良いか見るためにさし、最後に本番を緊張しながらさし、昨日めでたく完成したのだ。
出発する前に出来上がって良かった。
さて、問題はジェシカさんだけに何かを差し上げるというのは胸が痛むという事だ。
一人だけ贔屓は良くない。例え貰ったもののお返しだとしても、現在の私のネームバリューの高さを考えてみればすぐわかるというもの。ジェシカさんがいじめられたりしたら私が嫌だ。
あんなに素敵な三つ編みの似合うお嬢さんである。
大事にせねば。
そんなわけで、今度はカーライルさんに事前に許可を取り、お菓子を作ってお屋敷の皆さんに配る事にした。小さな焼き菓子を振る舞うだけだとしてもかなりの数だが、まぁ、一日それに時間を使っても構わないとアレクシスさんにも話しを通した。
ついでに一日サロンを開放するから好きに使ったらいいとまで言われたけど、逆に聞きたい。
サロンを使って皆さんに何をしろと?
え?ごめん?
私休みの日は気心の知れた友人たちを呼んでフェスをするのが普通なの。みたいな生き方してきてないし、そういう文化の元に生まれてないんだけど、この世界ではこういう時、何をするものなの?わからない…
話がだんだん広がってきて、これは収拾がつくのだろうか?
朝食の後、部屋に戻る最中難しい顔をしていたら、エレイフがにこにこと私の顔を覗き込んできた。
「アオ様、何かお悩みですか?」
精悍な顔を見つめ返し、私は一応エレイフに聞いてみる事にした。
良い案は特に期待していないけど。
「実は、出発の前にお屋敷の皆さんにお礼がしたくて。」
「良いんじゃないですか。」
「それで、皆さんにお菓子を焼こうかと思って。」
「我々の分はありますかね。」
「10人だっけ?そのくらいなら作るよ。それで、カーライルさんがサロンを自由にお使い下さいっていうんだけど。」
「良いんじゃないですか。」
「いや、サロン開放して何をしたらいいのかわからないんだけど…」
困った顔の私。
驚いた顔のエレイフ。
え、なんでそんなに驚いているのかな。
「え、な、なに?」
「…いえ、薄々感じていましたが、アオ様って、やっぱり貴族出身じゃないんですね。」
「……」
「……」
これはしまった。
年齢の事だとか、体自体女神さまに貰っただとか口走った事はあるけど、肝心な事を何もエレイフは知らないままだったのだ。
私の顔は今まさに無そのものだろう。
やっちまったな。
「貴族じゃないというよりも、ここの土地の生まれでも育ちでもないんだよね。」
世界線すら超えてるし。
「なるほど?」
「だから、そういう時のこの辺りの風習や習慣がわからなくて。」
「まったく…あのお二人はそういう所がなってない…」
「??」
呆れ顔のエレイフに私は首を傾げる。
「アオ様が例え大人であろうと、生まれや育ちが違うなら、自分の知る尺度で話すなんてありえませんね。これだからお貴族様は嫌いなんです。」
ぷんすこしながら少し毒をはくエレイフ。まぁ、言いたい事はわかる。
二人は、言葉が足りない所が確かに多い。それが貴族故かは知らないけど。
だが、それを言うと私自身にもブーメランだから、そっと心にしまってないないする。言葉が足りてる人間にいつかなりたいものだよね。
「文句は良いから、こういう時ってこっちではどういう事をするの?」
エレイフの袖を引っ張ると、はっとした後でバツの悪そうな顔になり、すみません。と謝られた。
悪感情の溝は深いんだなぁとしみじみ思いつつ、まぁいいよ。と、私は返すのだった。