立場とか立場とか立場の問題
「我が主には申し訳ありませんが、この方を信用できる要素がないため、私としてもにこやかな対応は難しく。」
「特段他意はございません。しかし、売られたものは返す主義ですので。」
私の願いは、聞き届けられませんでした。じゃんじゃん
え、こんなんどうしろと?
空笑いを宙に投げる。
「仲良くできる要素なしかぁ。」
「仲良くという響きが鳥肌立ちますね。」
「喧嘩を売られなければどうという事はない話なんですがね。」
「それは単に、私の様な下々の者など人の数に入っていないというだけでしょう。」
エレイフ…ステイ…ってめっちゃ言いたい。
むやみやたらと喧嘩を売るなよ。噛みつくなよ。嫌味を言うなよ。
あと、アレクシスさんについて何かとっても地位だかご身分だかが高いらしいようなヒントを与えなくていいよ。
あえてそこは聞かない姿勢なんだよ。私は。
「だいたい、家庭教師などと、どのようなご冗談です?」
「冗談でやってはおりませんが?」
「それこそご冗談を。」
熱くなってく様子が手に取るようにわかる会話。
二人のやり取りで見えて来たぞ。
これは、個人的なものだけの話じゃなく、立場とか派閥とかが絡んでるべらぼうにめんどくさくて私が間に入りようもないってやつだよ。
というか、下手にそこに手を突っ込めば火傷をするのは火を見るより明らかだ。
私はそれほど愚かではない…つもりではいる…。派閥とか面倒事はごめんだ。
まぁ間に入っても取り付く島もないんだけどね。この二人。
ただ、ここまで黙って聞いていたけれど、これ以上は聞き捨てならなくなってきたんだよね。
「はいはい終了。」
パンパンと手を叩き、会話も空気もぶった切る。
「カーライルさんがアレクシスさんを家庭教師としてつけてくれたのは本当だし、家庭教師としてきちんと教えてくれている私の先生に対する暴言は許さない。」
「アオ様は騙されてますよ。」
「私がしたことが評価されて今があると言ったのはエレイフでしょ。アレクシスさんが私に教えてくれているという事実は私の中に根付いているわ。それを評価して今がある。アレクシスさんは、私の家庭教師で、恩師よ。そこに他人が口を挟む権利はないわ。」
「…わかりました。」
しぶしぶといった体だが、エレイフはそう引き下がった。
先生がちゃんと先生してくれてるのに外野が文句を言うのは個人的に許せない。という気持ちが通じたのだと信じたい。
「それから、アレクシスさん」
「はい。」
私はちらりとアレクシスさんを再度見上げる。
「私は、教会でのアレクシスさんやカーライルさん、エレイフの立場や状況はわかりませんので、そういった面での対立を、私からは何も口出しするつもりはないです。」
口を挟む上で、ここはきちんと伝えておかないと、どのように思われるかわからないし…と、私は精一杯まずは言い訳とは言わないが、線引きとしての前置きをお伝えする。
見上げた先の静かな顔から、何とか感情を読み取ろうとしてみるが…わからない。
あまり顔色を窺いすぎても何も言えなくなるので、一旦気にするのはやめて、続きを言うだけ言ってしまおう。
「ただ、これから教会に赴くにあたって、エレイフが私を害すつもりはないのだという事だけ、ご理解頂ければと思います。」
「アオ様は、この騎士を護衛騎士にされるおつもりでいらっしゃいますか?」
仰ぎ見る赤に気押されつつも、私は少し言葉を模索する。
現段階での答えは否だが、将来的な答えはまだ出していない。
わからないと答えるのでは、大人として無責任だと感じるし。
気持ちと照らし合わせて、一番近い言葉を探す。
「アレクシスさんが現時点でのみの気持ちを聞きたいのであれば、否です。が、正確にお伝えするならば、考える時間を今しばらく持とうと思っている段階です。」
「個人的に、あまりお勧めはしませんが。」
「アレクシスさんが感情のみで判断する事はないだろうと、私はそう思います。ですが、それとは別にエレイフは私に誠意を示してくれました。それにきちんと向き合うべきだと、私はそう判断します。だから、今しばらくは私のために時間をくれませんか?」
じーっと見上げていると、馬の進行方向を見つつも、私へと視線を投げかけるアレクシスさんが、小さく息を零すのが聞こえた。
「隊長殿が示した誠意…ですか。」
まぁ、納得をするはずはないですよねぇ。わかります。
私はちらりとエレイフを見た。
「エレイフ、話してもいい?」
「隠し立てするつもりは毛頭ございませんよ。」
胡散臭い程の爽やかさを振りまいて、エレイフはにっこりと笑いかけてくる。
私に笑いかけても意味が無いと知っていて、よくもまぁ愛想を振りまけるなぁと、その胆力には感心する。
「昨夜、私が部屋を抜け出したのは一旦置いておくとして。」
「…そこもきちんとお話し頂きたい点ではありますが。」
「置いておくとして。まぁ、エレイフと話す機会があったわけです。」
私はもう一度念押しをする様にごり押して、話しを進める。
「会話の流れも割愛しますが、お互い砕けた物言いをする程度には友情を結んだ結果、何故か、エレイフは私に騎士の誓いを立てまして。」
「アオ様の本心に触れ、剣を捧げるにふさわしい方であると判断したまでですよ。」
「あの流れで何を見込んだのか私にはさっぱりだわ。えーっと、そしたらですね、天上の方がその誓いを聞き届けられ、剣をエレイフに授けたんですよ。」
「……………は?」
アレクシスさんはたっぷり数秒の無言の後、それだけ声を漏らし、私とエレイフを見た。
何を言われたのかわからないといった風情が表情に現れ、怪訝さと不可解さを隠しもしない。
「二心なく私を守り続ける限り、その剣はエレイフの元にあるという様な事を言ってたかなと。」
「あの時、生まれて初めて天上のお方をはっきりとこの目にとらえる事が出来ました。とても美しいお方でいらっしゃいました。」
「え、見えてたの?」
「はい。お声も確かに。」
エレイフから出た新事実に私もびっくりである。
皆さん神様の姿も声もはっきり見えないらしいとは、カーライルさんから聞いたんだっけな?アレクシスさんだっけか??
「そういったわけで、そこに関しては疑う余地がないと言いますか…エレイフから示された誠意に、私も誠意を返したいとは思うわけです。」
まさか、あの流れで私というものを見込まれるとは思ってなかったわけですが、それでも、示された気持ちは本物だ。
それに、騎士の誓いとかっていう、まじ重いもの貰っちゃったし。
お祝い貰ったらお返しをしないと精神の祖国の魂がうずくんだよ。意味合いは違うけど。
「アオ様は、どこでどのような奇跡を起こされるのか、本当にわからない方ですね。」
呆れと笑みが一瞬浮かび、致し方ありませんね。という言葉と共に、また硬質な表情に戻ってしまった。
「天上へ届くほどの誓いです。私がとやかく言う事は許されない領域の話です。出来ればこの者に護衛騎士を任じて頂きたくはありませんが…それは私の都合でしかありません。アオ様の為の時間と思えば、腹もたちますまい。アオ様の、ご随意のままに。」
「ありがとうございます。」
とりあえず、何とか話はまとまった。
私はほっと胸をなでおろし、アレクシスさんに笑ったのだった。
「アオ様は、あの方と特別な関係でもあるのか?」
のちに二人きりになった時、エレイフにそんな耳打ちをされて、私は目を丸くして振り返った。
エレイフは、そんな私の表情を正確に読み取ったらしく、そのまま言葉を綴っていく。
「あの方とは、色々な意味で関わらないのが一番良い事と思うが、どうも聞いていた人となりと様子が異なる。二人の関係を勘繰るのは無理ない事でしょ?」
最後だけ、茶化したように笑ってきたが、その目は一切笑っていなかった。
「色々な意味の中身は語らなくて結構です。」
一番大事な事なので、まずはそれだけ念押ししました。
もうありとあらゆる事にぐったりです私。




