私のために争わないで!(迫真)
清々しい朝の空気。
まだ明けきらぬ空の輝き。
そんな全てが目に入らないような修羅場が目の前に展開されています。おはようございます。
昨夜、部屋を抜け出した私は、なんと、ずっと避け続けていたエレイフと打ち解けて帰ってきた。
結果、朝から待ち伏せされ、アレクシスさんとエレイフに板挟み状態にされている。何てこったい。胃が痛い。
「何故大隊長殿がこちらにいらっしゃるのですか?」
「アオ様の警護を万全にするためですよ。」
「私が付き添いますので、けっこうでございます。」
「いえいえ、貴方様にそのような事はさせられません。どうぞ、私共にお任せを。」
「これは私の職務の一貫ですので。無用な気遣いです。」
「職務の一貫とは…これはまた、ご冗談を」
硬質な紅玉 バーサス にこやかな琥珀。
なにこれ怖い。
これをどう納めるべきなのか、私にはさっぱりわからないよ?
半笑いで視線を泳がせると、エレイフの部下の方と目があった。
あちらもひきつった顔をしている。仲間だね。騎士さん。
さて、朝の時間をこのまま浪費するわけにも行かないわけで。私は数回静かに深呼吸すると、ぐっと腹に力を入れた。
「お二人とも、このまま言い合いをしても堂々巡りです。わたくし、そろそろ出発したいのですが?」
自分が元凶であることは華麗に棚に上げ、しれっとそんなことを言ってみる。
内心冷や汗だらっだらだけど、淑女の仮面万歳。美少女万歳。
このけた違いの美しさがなんやかんやと説得力を持たせてくれると信じて、強気で仮面を纏う。
「では、どうぞ私の馬へ」
「けっこうです。」
自分の馬へと誘おうとするエレイフの手を優しく下げさせて、私はハッキリと断り、アレクシスさんの所へと歩いていく。
「散歩はいつも通り行きますから、良ければご一緒にどうですか?エレイフ」
「はい。アオ様」
これでまずは3人になれる。騎士さんの居るところでどこまで話していいかわからないし、誰かに聞かれるのはあまり推奨できないから、たぶんこれでいいはずだ。たぶんね。
と、アレクシスさんの横に辿り着き、顔を見上げると硬いだけじゃなく何か怖い顔をしていた。え、すごい怖い。
美人って変に迫力在るからほんと怖い。
後ろめたさがあるから、怖さ倍増し。
朝日を浴びた白皙の美貌に、途端緊張して体が固くなるが、アレクシスさんは何も言わずいつものようにこちらへ手を差し出してきた。
私は少し迷ったが、やはり何も言わずにいつも通りその手を取って、馬上へと上げてもらった。
「行きましょうか。」
「はい。お願いします。」
馬がゆっくりと走り出す。
それにあわせてエレイフも馬を繰り、並走する。
しばらくは無言の馬上。
林を抜けて小高い丘へ、ぽくりぽくりと、いつもよりゆっくり馬を歩かせるアレクシスさん。
私は痛い胃を押さえながらも、何とか言葉を出す勇気を貯めようと頑張る。
このままうやむやにしても、戦争状態を解除できませんし。
胃が…痛い…。
くそぅ、エレイフめ。
恨みがましくエレイフを見るも、目が合うと爽やかな笑みをにこりと投げてきた。腹立つな。
自覚したイケメンはたちが悪い。アオ覚えた!
いらっとした気持ちをバネに、私はぐっと顎を引き、口を開いた。
「あの、アレクシスさん」
ぽくり…ゆっくりな馬上で、普段は意識しないようにしているアレクシスさんを見上げる。
うわぁ…やばい。
なにがやばいって、視覚の暴力がやばい。
近いだけじゃなく、この胸の前の空間に自分がいるっていうのがごりごりに思い知らされるんですよ。この視界。
って、そういう場合じゃない。
邪念よ去れ。
「既に察しているとは思うんですが、昨夜、たまたま、偶然にも、エレイフと話をする機会がありまして。」
「故意ではないことを強調しますねぇ。」
茶化すエレイフを無視して、私は話を進める。
「何と言いますか、友誼を結ぶに至ったと言いますか。そんな感じで…」
久々の、しどろもどろ発動で、もごもごと話す私。
うぅ…
だってこれ、何て説明したらいいの?
こんな修羅場が続くくらいなら話す必要があると思ってるけど、何て話したらいいかはわからないんだよぉ。
「…アオ様…」
「はい…」
「色々と伺いたいことはありますが、夜にお一人で抜け出されるのは、危険なのでおやめください。」
まず真っ先にそんなことを言われると思わず、私はきょとんとした。
エレイフと仲良くなったことをなにか言われると思ったのだけど…アレクシスさんは、ただ静かな顔でそう告げてきた。
「なるべく善処します。」
「…あなたのそれは、『やめないけど心配かけない様やり方を考える』位の意味だと、そろそろ私にもわかってきましたよ」
私の返答に対し、アレクシスさんから諦め混じりの苦笑がこぼれてきて、私は驚きの視線でその美貌を見上げた。
「ばれてないとでも思っていましたか。」
「そう…ですね。あぁでも、アレクシスさんはいつも本当によく私を見ていて私の気持ちに気付いてくれるので、驚きましたが、意外では無いですね。」
気付いてくれるアレクシスさんのそんなところが嬉しくてつい言ってしまったが、よく考えると自意識過剰ぎみな気がする。言ってしまった言葉に自分でちょっと照れる。
「いやぁ、見せつけてくれますね。お二人とも、私が同行してるのを忘れてませんか?」
そこに、それまでやり取りを聞いていたエレイフの明るい声が割り込んで来て、私は はっとする。
うおお、こんな照れるやり取りを人に聞かれてどんな顔をしたらいいかわからない!
笑えばいいかな!?
「忘れていませんよ。大隊長殿」
真顔でしれっと答えるアレクシスさんはさすがの強心臓ですね。
見習いたいものです。
「あはは、貴方様でもあの様な言葉を紡げるのですね。驚きました。」
「それはどうも」
冷え冷えとした二人のやり取りが交錯する。
この二人、仲悪いの?
なんでエレイフは喧嘩を売ってんの?
ここはひとつ、場を和ませるべきなのだろうか…凍てつく空気に耐えかねて、思考がどこか斜め上を目指し始める私。
「一瞬意識の外に追いやってたわ。ごめんごめん」
半ばやけくそで、フランクに軽快な言葉を口にしてみた。
「アオ様、私に対して雑過ぎますよ。」
「まぁ、エレイフだし。」
はははーと笑う私とエレイフ。
エレイフの様子は氷解した。
しかし、その空気に反してアレクシスさんの空気が更に凍てつく。
あーうん。あちらを立てればこちらが立たずってか?
「随分と、打ち解けたご様子ですね。」
「あーはい。それはまぁ。」
「私の方が話し易い雰囲気がありますから。致し方ないですよね。」
「何に対しての『致し方ない』なのか、理解に苦しみますね。」
「それはもちろん。貴方様と比べて、打ち解けやすい空気があるので関係を結ぶのに時間をさほど必要としないのは、当たり前なので致し方ない。ですよねという話です。」
だから、喧嘩を売るなよ。
何でそうなる。
これはあれかな。
ヒロインっぽさを追求するなら、涙ながらに喧嘩はやめて!と、言うべきなのだろうか?
でも、私は別にヒロインでも何でもないので、ここでそんな伝家の宝刀は無いわけで。
「二人とも、いい加減空気悪いので、喧嘩腰はやめてください。」
本日何度目かになるが、腹筋に気合を入れて、ビジネス用の声を淡々と出した。
抜け出したのは私が悪いので反省しますから、頼むよ二人とも。という気持ちを込めて。