光の貴公子を呼び出しすぎな件
いやー展開が早すぎてもー私おいてけぼりっすわー。あっはっはっはっ
自分の状況に自分でも笑ってしまう今現在。
この世界に来て私を最初に見つけたお兄さんは、私が目を覚ました教会を管理してる人なんだそうな。名前はカーライルさんというのだと教えてもらった。
私も名前を名乗ろうとしたんだけど、なぜかもとの世界で父母にもらった名前が口にできなかった。訳がわからなくて涙目になってしまう私にカーライルさんはあわあわと大丈夫だと言ってくれた。
他の世界との調和などの関係で外の世界の名前は持ち出せないのかもしれないから、私のせいではないと…聖女の名前は特別だから、そのまま隠しておいて欲しい。とも…。
なんだかわからないけどカーライルさんは初対面から私に対して丁寧に接してくれて、ともすれば、尊敬と信仰の対象のような扱いをしてくれるので大変困った。ごめんなさいごめんなさい。三十路過ぎの喪女に尊敬の念なんて持たなくていいんです。
なので私は、あやふやなとこもあるけど覚えてることの全てを包み隠さずカーライルさんにお伝えしたのだった。まぁ、ヲタク喪女なのでしどろもどろでつっかえつっかえな拙い説明しかできてないんですけども。
そしたらなぜか、
「しばらくは貴女様をわたくしの姪だということにして、邸で保護させてください」
と言われて、あれよあれよという間にカーライルさん宅で寝起きし始めたわけだ。カーライルさん展開が早い上決断もお早い。
そんなこんなで私は今、呼び名がないのは困るだろうからと、カーライルさんに仮の名前としてアオと呼んでもらうことにしてお世話になっている。
女の子っぽくない名前だけど、私の誕生月に関連する色を名前の代わりにした。生まれた世界のことを忘れないように。
さて、この世界については、カーライルさんにじわじわ教えてもらってるとこだ。
教会の管理や組織のトップに立てる人ってのは、神様からのご指名がないとダメなんだそうな。カーライルさんも、神様に教会の管理者としてご指名されたってことだ。
でも、神様からのご指名があってもその能力がなかったら周りの人から神様にこいつじゃダメですって言われておろされちゃうらしい。
神様身近だなー。
そう思うんだけどどうやら私が思うほど気安いものじゃないらしい。
なるほどよくわからん。
それに、神様に声かけても必ず返事をくれる訳じゃないらしい。返事をくれるかどうかの違いって何だろうね。不思議だ。私には信仰っていうのがどうも身近じゃなかったからなぁ。一応家代々の墓もあったし、お墓参りも毎年してた。けど、宗派がどうのは聞いた覚えもないし知らないし。周りの友達にも何らか信仰してるとかって話は聞いたことなかったし。
まぁ、ヲタクとしては、薄い本をつくる神々に日々感謝しかなかったが。
神よ、これまでほんとにありがとう。
ぱぁぁ…と、天が明るくなり天使の梯子が真っ直ぐ降りてくる。
あちゃーまたやっちまったわー。
私は額を押さえて天を仰いでしまった。
この世界には、神がいる。神はちゃーんと人に応えてくれる。しかし、そう簡単に応えたりしない。そう、応えたりしないのだ。そう教わった。
そのはずだ。
「また呼んでしまった…」
「ふむ、またそなたか。」
光と共に降り立たれた光の貴公子。それは神様だか神様の眷属だかなんだかで、私の落とされた教会周辺を担当してるんだそうで。
教会からそう離れてないカーライルさんのお屋敷も、当然担当地区に入るので祈りが届くとこのお方が来ちゃうんだわ。
因みに、担当地区から外れると別のお方が来るらしい。
「よくもまぁ我をそうほいほいと呼び出すものだ。で、今日こそは届けたい言葉があるのだろうな?」
「スミマセンデシタ」
神様に届けたい声なんてないんですよ。ほんと申し訳ない事に。
何で声が届いちゃうのか私だってさっぱわからんのだけど、この世界に来て何度も何度もこの光の貴公子をお呼び出ししてしまっている。
光の貴公子は今日もとっても美々しい。
正面から見ると緩い癖っ毛のショートヘアーに見えるけど、一部の髪が長くなってて襟足できゅっと縛ってるから後ろに柔らかく一本のうねりができている。均整のとれた体つきで程よく筋肉がついて見える体格は男性として頼りがいがありそうにみえる。ほっそりとした顔、通った鼻筋、きりっとした目元…いや、私じゃこの天上の美を言語化できん。
しかし、分類するなら貴公子。剣も扱え、馬上も心底似合いそうな貴公子だ。
その貴公子が私の言葉をどう受け取ったのかよくわからないけど、私の座っていた椅子にするりと座って悠々と足を組んだ。
「茶ぐらいは出すのであろうな?」
「セイイッパイオモテナシサセテイタダキマス」
私は今、スッキリとしたお庭に出したテーブルと椅子でくつろいで…いや、家の中が落ち着かないから兎に角誰とも同じ空間を共有しないでいられる場所に避難してたのだ。
お庭のあるこの家…というにはでかい邸は、当たり前だけどカーライルさんの家である。
そして私は、カーライルさんの姪っ子としてここに来た…はずだったのだが、私がこうほいほい天から天使の梯子をかけてしまうし、この美々しい光の貴公子をお呼び出ししてしまうものだから…お屋敷で働く人や、近隣の村の人から毎日毎日拝まれる。
しかも、拝み方が黙って両膝ついて少し頭を下げるって所作だから死にたくなる。やめてお願いお願いします。
そんな感じで、なるべく人と触れあわない場所で無為な時間を過ごしていたというわけである。
何にもしない時間って尊い。社畜ってよくないよ。うん。
「あ、あの、私の手作りのお菓子って嫌じゃないですか?」
「害のあるものは一目でわかる。そうでなければ何でもよい。」
暇を極めた私は、ご迷惑を承知で最近厨房で料理なんぞをやってみたりしている。竈やなんかの扱いは難しすぎて私にはできないが、混ぜたりこねたりはできようぞ。と、試しに頑張っているのだ。現代日本のちょー便利道具に慣れた私にはきつい作業もあるけど、運動と思えばそれも一興。
読書も難なくできるとわかって、最初はとにかく読み漁る気満々だったんだけど、本は部屋以外で読んでると精神が焼ききれそうなほど拝まれるし、部屋は日中お掃除とかで人が出入りするから申し訳ないし、ここでぼんやりするときにお茶と菓子があれば不自然じゃないだろうと、そんなことをあーだこーだした末の今である。
「聖女」
「うわ、あ、はいっ!何ですか?」
カチャリと、光の貴公子の前に淹れたての紅茶を置き、自分の分も置くと声をかけられた。
「そなたそろそろ我に名を教えても良いと思わぬか?」
組んだ長い足の膝の上に肘をつき手の甲に優雅に顎をのせ、ゆるりと小首を傾げる。
くっ…!この美形である。
直視しながらは心底きつい。
私は困りつつ光の貴公子の肩辺りに視線を落とした。
カーライルさんが言うには、神様と名前を交わすというのは神様と婚姻するってことらしいんだよね。光の貴公子にほんとかどうか聞いたことはないけど。
なんだけど、あんまりにも私がこの神様を呼ぶもんだから、呼ぶ名にいい加減不便を感じるから名を告げよと言われたのだ。
私は日本人特有の、曖昧に濁す、曖昧に笑う、否定はせずに後回しにするを絶賛フル活用中である。
今日も困ったなぁと苦笑して、数時間前に焼いたばかりの焼き菓子を光の貴公子に食べません?と、誘導しておいた。光の貴公子は、甘いものがとてもお好きなのだ。
私が作った菓子でも美味しそうに食べてくれてる。
ヨカッタヨカッタ。
「この菓子はなかなか美味であった。特に上に塗られたジャムが気に入った。特別にこれを作り出す人々への祝福を約束してやろう。」
本日も無事、光の貴公子はご満悦な様子で帰っていかれた。天罰とか怖いからマジ良かったひと安心だわ。
でもちょっと待って。
私の為の私が焼いた私の焼き菓子持ち帰るなよ!帰ってこい光の貴公子!!!
次のはなし、少し時間が戻ります。