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全て女神様の為ならわかる


 女神様の石をはめ込むための装飾品が出来上がり、一番時間がかかる懸念のあった物が早めに揃いましたねと、カーライルさんに微笑まれた私。

 なるほど、彫金師さんが頑張って作ってくれても気に入らなかったら作り直させる気満々で取り掛かっていたわけだ?さて、私のための予算ハウマッチ?

 そろそろ恐ろしい額に膨れ上がっているであろう、私のための総予算。

 小さなおうち位建つのでは?


 悶々としつつも、一番時間がかかる予定のこれが出来上がったという事は…やってくるのだ。とうとう、運命のその日が…。


 私は、高額装飾品――ただし日常身に着ける物 に対して頭を抱えたらいいのか、中央教会という未知なるハイソサエティの世界に対して頭を抱えたらいいのか、どっちだ!?

 忙しすぎだろ。私の悩みよ。

 せめてひとつに絞ってくれよ。


 お昼ご飯をおいしくいただき、ドレスの襟の下に隠したペンダントの感触にもぞもぞしつつ、私は午後の実践のお時間を迎えた。

 今日はですね、なんと、ダンスです。


 死ぬ。

 いっそ殺せ。


 私ね、自分でいうのもなんだけど、毎朝ほんとーーーに、頑張ってると思うんだ。

 近すぎる距離に耐えながら、毎日毎日お馬さんの上で揺られてね、景色を楽しむ事もできやしないお散歩をね、頑張ってると思うんだ。


 何なら全てを無心で受け流す事に長けてきて、乗るだけなら意識せずできるようになったんですよ。

 すごくない?

 腰を支えてもらわなくても平気ですよって意気揚々とお伝えしてからは、鞍を軽く捕まる程度で安定した相乗りをしている。

 ほんとにすごいと思わない?

 腰に腕が回らなくなったことで、アレクシスさんとの密着度が下がったし、その胸の中にすっぽり収まる状況もなくなって、私は意気揚々と相乗りをしたよ。

 ただ…ただね。

 こんな罠が待ってるとは思わなかったんだけどね。


 ねぇ、両手で手綱を握るアレクシスさんのさ、腕がさ、私の背中側と前側にあるんですよ。

 わかりますかね?

 私の視覚的に、どう見ても、私を囲う腕がね、見えるの。

 密着しなくなったのに、視覚的に直視できない!

 ただひたすら真っ直ぐ馬の頭の向こうの空間だけに意識を集中してないと、馬上で心臓止まりそうなの。

 それを毎日頑張ってるんだよ。私えらい!って言ってなきゃやってられない。


 それなのに、とってもがんばっててえらい私に、こうして数日おきに訪れるダンスレッスンとか、鬼の所業だと思わないかな?思わないよね。そうだよねー。淑女は偉いよ。こんなに色んなボディタッチイベントに日々耐えてるんだもん。

 それともみんな、生まれた時から鋼鉄の心臓を装備してるのかな。

 これはダンス。

 これは義務。

 そうじゃないと無理すぎる。

 死ぬ。


 重なる手の平も、腰に回される腕も、肩に触れなきゃいけない私も。

 全部全部、鏡で姿勢チェックさせられるんだよ。これが。


 女神様がくれた私かわいい!

 清楚!

 憂い気味の儚さ!

 なるほど最高じゃねぇの。

 心の中で賞賛してテンションを上げてみるけど、無理みが強いよ。

 何がつらいってさ、鏡を見る事で現実をより突き付けられるという事なんですよ。

 日々の鏡チェックではこんなにまじまじと自分を見ないし、見なくても私の身支度は進むから見ずに済んでるとも言える。

 しかしダンスレッスンでは、自分の姿勢を意識する為にポージングを鏡越しに自分できちんと直視しないといけないと指導されてまして。はい。

 女神様のお仕事のすばらしさを堪能するのはいいけれど、これが自分であるとゴリゴリに押されて、そして、自分が、この、体の、自分が!アレクシスさんと密着しているという現実と、何が悲しくて向き合わなくてはいけないんだろうか。


 何度も言うけど、アレクシスさんって私のド性癖詰め込んだ二次元の萌えの権化なんだってば。


 そして、私の体も、私の理想を詰め込んで、女神さまが選んでくださったカラーリングで生まれた、超超希少価値高い美少女なんだよ。


 動く私と同じ動きをする鏡の向こう。その度にこの姿は自分なんだと言われる私。

 細くて小さくて以下略の聖女様ボディ。それが、今の私。

 そろそろサン値チェックダイスで破綻しそうだ。

 くるくると踊りながら教えられたステップを軽やかに踏む。

 ふんわり広がるドレスとか、柔らかく踊る髪だとか、心ときめき踊るのに、次の瞬間萎えるというのを繰り返し、私は今日もレッスンに耐えた。

 耐えました。


 レッスンできたね。えらーい!


 誰か私に某子ぺんぎんちゃんを派遣してくれ。


「腕の角度もステップもよく身についてますね。ダンスは今日で終了に致しましょうか。」

「本当ですか!」


 レッスンが終わり距離を取ったところでお褒めの言葉を頂いて私は歓声を上げた。

 やったー!

 心の中で拍手喝采を自分に送っていると、アレクシスさんが口元を軽く押さえて小さく笑いを零した…ように思えた。

 いや、実際は違うかもしれないけど。

 私は高い位置にある綺麗なかんばせを見上げて、首を傾げた。

 どうかしただろうか?


「そんなにダンスレッスンはお嫌でしたか。」


 声を発した事で忍び笑いが抑えきれなくなったらしく、言葉に続き、くくく…と、軽く喉が鳴る音が…私の鼓膜を振るわせて、脳内にじんわり広がっていく。


 低い擦れたその音は、私の耳にはあまりにも毒で。

 一気に湯気が噴き出しそうになるくらい顔が熱くてたまらなくなる。

 うわぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ

 つ〇ったーがあれば、140字全部叫び声で埋めるほど語彙力を失う色気と艶。

 私は思わず顔を俯けて、頬を抑えた。

 しずまれー。

 しずまりたまえー。

 私の萌えよ、静まり給えー!


「ダンスが苦手なわけじゃないんですよ。」

「えぇ、それは十分わかっております。アオ様は、優秀な生徒ですよ。」

「…苦手な理由…ばれてるんですね。」


 私はとうとう顔を覆った。

 ひえぇぇ

 恥ずかしい。


「それはまぁ、エスコートも慣れないと再三に渡り訴えられておりましたので。本当は、ダンスも覚束ない可能性を考えてはいましたが、アオ様は、私情と義務を切り分けてご自分を追い込む性質でいらっしゃるのだなと感心しておりました。」


 感心しないで。

 助けてください。

 お願いします。


「ダンスはよくできておりますので、本日までと致しましょう。」

「ありがとうございました。」


 話してる間に大暴走しかけてた萌えは静まってくれたので、私は顔から手を外し、しずしずと家庭教師の先生に礼をとった。

 見上げた顔は…なぜか、不可解そうな?顔をしていた。

 何かしくっただろうか?

 わからないが、表情の意味を誰何するのも変な話だ。私はただゆっくりと体勢を戻した。


「今朝、ガルトが来ていましたね。」

「あ、はい。彫金師さん、来ていました。」


 私が少し裾を直すのを待って、アレクシスさんは口を開いた。

 ガルトさん。彫金師のガルトさん。

 やっぱり事情をよく知っていたらしいアレクシスさんである。


「彼の作品は気に入られましたか?」

「はい!とても」


 元気に答えるが、しかし…気が重いのも確かで、直後、少し遠い目をしてしまう。


「何か気がかりでも?」

「あ、いえ、そうじゃないんですけど…あ、そうだ。アレクシスさんもご覧になりますか?すごく素敵なんですよ。」


 さすがというかなんというか、アレクシスさんはそんな私のちょっとした変化にもよく気が付いてくださる方で、普段はとてもありがたいんだけど、今回は素直に話すにも憚られる気がして困ってしまう。

 貢がれ過ぎて心が痛いとか、どの面下げて言えと?

 勘違い女かって突っ込みをいれてしまう。

 だから、追求を逃れたい一心で私は、返答を待たずに首と襟の間に指を差し入れた。

 首の後ろから鎖を引っ張り、しゃらりとネックレスを襟の上に出してから、金具のフックを外して、その美しい丸い台座を手に置いた。


「女神様から頂いた石も、きちんとつけて頂きました。こんなに素敵な装飾品、初めて見ました。」

「これは…さすがガルトの手ですね。精緻な造りです。」

「やっぱり、ガルトさんって有名な方なんですか?」

「この辺りでは随一の工房の彫金師ですよ。彼の作るものはとにかく立体的で緻密な事で有名です。この大教会近辺では一番の彫金師だとか。」

「へぇー…」


 周辺地域で随一の…彫金師…へぇ…

 手の中の物が怖い。


「この位の出来のものでなければ、至上の御方より頂いたものと釣り合いも取れませんからね。良い物が仕上がって何よりです。」

「……」


 な る ほ ど !!


 私は、アレクシスさんの言葉に目から鱗が転げ落ちた気分だった。


 確かに、はめ込む石は女神さまから直接頂いたものだ。そう考えると、最高の品でなければ釣り合いなどとれるわけがない。

 粗末な岩の上に王冠を置くようなものか。

 金額が怖いとか、言ってちゃいけなかった。

 だいたい、神様から頂いたという事はだ、聖遺物とかそういう物じゃん。聖杯とかと一緒だと思わないといけなかったわけだ。

 女神様からってだけで舞い上がるほど嬉しいけど、それにのほほんと喜んでいてはいけなかった。

 ほんと、神様ってものの感覚が足りない。


 私は色々な意味で大変反省した。


 これは私の付ける装飾品ではなく、女神様の石のための装飾品だ。

 私の身を飾るものという考え自体がどうかしていた。

 もー自分バカだなー。と、再度反省をしなおして、手の中のペンダントをそっと握りしめたのだった。


 女神様、石、大事にしますね。



 


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