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最高額の貢がれ品


 ここ数日の私は、淡々と散歩・勉強・練習・美容・着替を繰り返す日々を過ごしている。私の希望としては、勉強と練習だけでお願いしたいところなんだけど、そうは問屋が卸さない。


 というわけで、爆散しそうになりながら散歩をし。

 申し訳なくなりつつも癒されながら数々のお手入れをされ。

 なぜか1日3,4回もお着換えをさせられて…。

 まさに貴族のお嬢様のごとくな生活。

 お食事毎にお着換えとか、コスパの悪い事はやめようぜって心底思うんだけど、侍女さんたちの嬉しそうな顔を見ると、なんか、言い辛い。しかも、ほんと、何着あるの?って思うくらいやたらと着たことのないドレスが多い。

 なぜだろうな?ほんと…。

 カーライルさんが金持った貴族だってのはよくわかったけど、果たして私のための予算はどうなっているのだろうか?

 きちんと予算組した企画書を提出してから運用して欲しい。


 それから、騎士の方々数名が滞在しているはずなのに全然会わないなぁと思っていたら、どうやら、私の居る一角とは全然違うところに部屋がご用意されてるらしいと判明した。わぁお。ひろぉい。

 あの林もカーライルさんの持ち物というか、このお屋敷の一部らしいと、早朝に出会ってしまった隊長様の言葉でわかっているし。お屋敷に別棟があってもおかしくない。

 知れば知るほど、私の生きてきた常識の範疇外の話である。

 風の噂で隊長様が私に接触したがってるらしいと聞いたけど、激しい攻防戦の末それも防がれているのだそうな。カーライルさんの突き進んでいる行く末がなんだか心配になる私である。


 さて、そんなカーライルさんに珍しく呼ばれて、私はサロンへと足を運んだ。

 まだ勉強の途中の時間ではあったが、事情を知っているらしいアレクシスさんは心得たように、今日の勉強は切り上げましょう。と、早々に予定変更を口にした。当の私はといえば、呼ばれた理由に心当たりはなくて、何だろうと首をかしげるばかり。

 そしてたどり着いたサロンには、お客さんが一人いたのだった。


「し、失礼いたしました。お客様がいるとはしらず…」


 私は慌てて退出しようと引きかけたが、カーライルさんとお客様がそろって私を引き留めてきたので、驚きつつも退室せずに留まる。


「聖女様、本日お呼びしたのはこの者をご紹介したかったからなのです。」


 私の慌てようにくすくす笑いをこぼしながらカーライルさんは部屋の中へと手招いてくる。

 傍らのお客様は、何がそんなに驚きポイントだったのか、カーライルさんをガン見しながら目を剥いている。面妖な。

 部屋の中へ導かれるまま進めば、お客様はすっと立ちあがり礼を取った。その所作は、私の知らない物だ。

 身分とかの関係か、国などの関係なのだろうかと疑問に思っていると、すっとカーライルさんが私の横に立ち、お客様を手で示し紹介してくれた。


「こちらは彫金師のガルトです。」

「ガルトと申します。我らが町に現れた希望のお方にお会いし、名を告げる機会を頂けましたこと、心より感謝致します。」


 ガルトさんは固い顔で大仰な挨拶をしてくれるが、小市民でしかない私は戸惑いが半端ない。


「はじめてお目にかかります。ガルト…さま?」

「そんな!私ごときに敬称などお止めください!」

「え…えーと」


 よび名に困ってカーライルさんを見上げるが、視線が合うも、ただにこりと微笑まれるだけ。

 何これなんていやがらせなん?

 困った末にもう一度、私は続きにトライすべく口を開いた。


「では、ガルトさん。わたくしは、アオと申します。」

「あ…アオ…様!おぉ…なんと、なんと、勿体ない。ありがとうございます。」


 感極まるガルトさんに私はドン引いて、ひきつる頬を静めるために全力を注ぐ。

 彫金師のガルトさん。

 カーライルさんに呼ばれるくらいだから、それなりに腕も地位もあるのではないかと思う。そんなに私を持ち上げなくともいいだろうに。

 困ってカーライルさんを見た…が、カーライルさんはにこやかな顔を見せるばかりだ。え、ドン引いているのは私だけなの?うそぉん。


「聖女様をお呼びしたのは、ガルトに頼んでいたものが出来たため、それをお見せしたく。」

「お願いしていたもの?」


 カーライルさんの言葉に何の事だろうと考えてしまう。

 彫金師さんにお願いするもの…とは?

 さっぱり答えがでない。

 そもそも、彫金師さんという職業に馴染みが無さすぎる。


 そんな私の一連の思考が読まれているのか、カーライルさんはそっと少しだけ笑い、ソファーへどうぞと、勧めた。

 私は誘われるままに大人しく座り、隣にカーライルさんが収まると、ガルトさんがいそいそと手荷物をテーブルの上に置いた。それは綺麗な手のひらサイズの箱。

 綺麗な箱がカパリとあいて、中の物を包んでいるのだろう柔らかそうな布が現れる。恭しく布を開くガルトさんの指の動きを注視していると、中から細かな細工の飾りが現れた。

 全体の形は円を描くようになっているが、金属がうねり絡み合い、美しい模様となっている逸品だった。

 恐らくは装飾品だろうそれ。

 私はその価値はとんと推し量れないけど、絶対に、高いだろうということだけはわかる。すごく、高いはずだ。


「いかがでございましょう?アオ様」

「す、すごく綺麗ですね。」

「気に入られましたか?」


 カーライルさんが恐ろしい感想を求めてくる。

 そりゃぁ、こんな綺麗で細かくて繊細な装飾品、素敵だと思うけど、怖すぎる。


「こちらでは、お気に召しませんでしたか?」

「作り直すとしたら、どれくらいかかる?」

「え、つ、作り直す?!」


 少し眉を下げるガルトさん。

 そしてまた、カーライルさんが恐ろしいことを言う。

 なんで作り直す何て発想になるの。


「こちらは、聖女様のため作らせたものです。気に入らないものをお渡しすることはできませんから。」

「え?えぇ?」

「以前、店のものがはかりに来させていただきました宝石を納めるための台座として、作らせていただいた次第でございます。」


 ガルトさんの言葉に、私はもう一度じっとその装飾品に視線を落とした。

 言われてみれば、5ヶ所、少し不自然な場所がある。ここに嵌め込んで固定しようと作られた台座だと言うなら、いらないと言ったらもう他のものに転用なんてできないかもしれない。

 戦々恐々とそれを見つめ、恐る恐る聞いてみる。


「い、一度、手に取ってみても?」

「もちろんでございます!」


 ガルトさんは嬉しそうに箱から取り出し、恐る恐る差し出した私の手の平に置いてくれた。

 それはペンダントトップになっていて、シャラリと鎖がついていた。そっと手に鎖を引っ掻けて目の前でペンダントを揺らしてみる。

 目の前で見るとその精緻さがさらに際立つ。一番奥に女神様のような存在が、そして、その周囲や上を蔦が覆う意匠。

 どうしてこんなに立体的にできるのだろう。

 そして、そんな緻密な中に、宝石をいれるべき場所が計算されて作られているのだ。

 本物の石が手元になかったと言うのに…これがプロの仕事なんだなと、ため息が出る。


「凄すぎて、本当に私が持っていいんでしょうか…」


 完全にキャパオーバーで、淑女の仮面はグッバイだ。

 ため息と一緒に脱力するが、こくこくと頷くカーライルさんはきっとお似合いになりますよ。と、なんとも気軽に言ってくれる。

 高額装飾品を目の前に、これを受け入れるか、それともこんな高い物はもらえないと、廃棄の憂き目にあわせ、その上で更に別のを作らせるという所業に出るか…ゴクリと、喉を鳴らす。

 どちらもハードルが高すぎる。


「宜しければ、お持ちの宝石を仮留めしてご覧になりますか?」


 私は真っ青になりながらもお願いしますとペンダントを返し、いつも持ち歩いている女神様の石を取り出した。


 そうして出来上がった装飾品は、それはそれは美しかった。

 蔦の這う意匠に、きらめき落ちるように配置された紫の石。最初の段階から立体感が凄いと思っていたが、最終形態はそれ以上だった。

 言葉なく感動して居る私を見て、カーライルさんは流れるようにペンダント受取りのサインをし、仮留めだったものの最後の調整を目の前でさせ、私に最高に恐ろしく高そうなペンダントを渡したのだった。

 私から言える言葉はもうこれしかない。


 ナニソレコワイ。




「これで至上の御方より賜りましたものを身に付けていられますね。聖女様」


 ガルトさんを見送ったあと、カーライルさんは心底嬉しそうに私にとどめを刺してお仕事に戻られたのだった。


 これ日用品レベルか????


 一人、それをガン見した。



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