秘密と約束
さっきの冷たい視線は気のせいだったんだろか…。
と、微妙に逃げ腰な思考回路に舵を切りそうになる自分に対し、こらこらと待ったをかける。
あれは気のせいではないと、わかっている。
もしかしたら、後見人の話なんて重たいものをいきなり言い出したから、アレクシスさんの中でそういう話をするスイッチが入ったのかもしれない。
どう考えてもアレクシスさんも貴族だと、私の中では答えが出ている。ほぼ決めつけているともいえるけど。
つまりは、私なんかじゃ及びもつかないようなどろどろとした権力争いを見てきてるかもしれないわけだ。権力争いの事はよく知らんけど。
そういう世界にいた人だという事を念頭に置いてみれば、あの視線の意味は、一瞬でもアレクシスさんが警戒をしたという事ではないだろうか。
結論、不用意な発言をした私が悪い。
いたたまれなさにとっさに謝りたくなったが、何を?と言われたら続く言葉もないわけで。
内心頭を抱えたくなる。
「…ご自身の事だけでも大変な状況で…」
あう…やっぱり身の程知らずと言われるのだろうか。一般人の分際で、貴族の方を心配するなどちゃんちゃらおかしいだろう。しかも、今現在既にカーライルさんに守られて生活している私である。
衣食住完備の左うちわ生活だもんね。今の私。
きゅっと肩を竦めて言葉の続きを待つ。が、アレクシスさんはその言葉の続きを口に出さず、薄い唇を閉ざした。
「あの…?」
恐る恐ると声をかけるが、続く言葉は出てこない。
その事に対し首を傾げるとアレクシスさんは椅子に深く座り、ゆっくりと長い足を組んで息を吐きだした。ため息というよりは、深く吸った息と一緒に何か、こう、気持ちを切り替えようとしている様なそんな感じがした。
「申し訳ありません。アオ様」
「あの、な、何が…ですか?」
逆に私が謝りたいのですけど!?
「少々早とちりをし、失礼な態度をとってしまいました。」
私は目を丸くした。
アレクシスさんが、早とちり…するの?この完璧そうな人が??
私の視線に、アレクシスさんは肩を竦めて見せた。皮肉げに少し口角を上げているその顔は、カーライルさんとやりあっている時にたまに見せるようになった顔で、ちょっと嬉しい。
「あの、私…アレクシスさんの事も、カーライルさんの事もよくわかっていないので、それで失礼な事しているかもしれないって思ってて。それで、あの、なので、これも私の無知が原因かなとも思うので、そういう齟齬が起きない様にしたいと思っているんです。」
しどろもどろな言葉は相変わらずの私です。早く成長できるといいね。
まぁ、三十路過ぎてるんですけどね…。
アレクシスさんは私の言葉を聞き届けて、頷いてくれた。
「私としても、アオ様の考え方や人となりを知るべきだと気づきました。」
「え、あ、わ、私ですか?いや、あの、特別何もありませんが。」
「…自己評価が周囲と合わないのは…ままあることですね。」
「えー?」
何か、残念な視線を向けられてる気がする。けど、さっきの冷たい視線と違った、ちょっと親しみのあるもので、私はやっぱりちょっと嬉しい。
「話を戻しますが。後見人の件、カーライルは何と言っておりましたか?」
「えっと、教会関係者と、貴族の方それぞれからつくから、どちらの立場でもいいので…と、話されてました。」
「そうですか。他には?」
「他?特には。ただ、気になったんですが、どちらかをカーライルさんにお願いして、もう一人をどのような基準で選んだらいいのか…と」
「ごもっともな話です。立場が近すぎても同じ一角にしか睨みがきかせられません。」
「カーライルさんは今大教会の管理をされてますが、貴族としての地位ってどうなっているんでしょうか?」
私、ほんとに3か月もいるのに何にも知らない。
そもそも、個人的な事に対してのアプローチを一切した覚えもない。質問も、この世界の事や、社会の成り立ちだとか、魔法、神、そういう話しばかりに意識が向きすぎていた。
お屋敷にいたんだから、例えば侍女さんにカーライルさんの評価を聞くとか、色々あっただろ。私。ボッチ極めてる場合じゃない。
「アオ様に爵位の話をしても難しいと思いますので、かみ砕いてお話しします。」
「はい。」
大変ありがたい。そして、私の勉強進捗をほんとによく把握されていらっしゃる。さすが。
「カーライルの生家は、爵位や財力、発言力などを総合すると、10番目位に名前が上がる位の家柄です。」
「え、こわ。」
「えぇ、かなり力のある家ですね。カーライルを見て分かる様に、勤勉で周囲への教育も厳しいですが、その分結果を出します。それに、カーライルが大教会の管理者に選ばれたことでより発言力を増しました。」
「教会の管理者と貴族って、ある意味全然違う立場ではないんですか?」
「教会管理者だけでなく、教会に属する上の立場の者は必ず天上の方々より指名を賜るのです。」
「そうですね。」
「つまり、この世界で一度は天上の方々の視界に入るだけの人物であると証明されているわけです。」
なるほど?
がつんと理解できたわけじゃないけど、何となくわかったぞ。なるほどなるほど。
つまりは、あの家は神様に認められるような人間を輩出したぞと、特別枠になるには十分な話しなわけだな?ある意味徳が高い的な感じだろうか。ふむふむ。
「この一族は天上より覚えめでたき一族である。という感じになるってことでしょうか?」
「不思議な言い回しですが、その通りです。何より、信仰心の高い者達からは尊ばれます。なので、カーライルの生家は、カーライルを一族から外すことはありません。大教会の管理者であり、かつ、ディオールジュ家の一員。なので、アオ様の後見人として、どちらの立場からでも発言力は十分と言えますね。」
あ、話しが戻って来た。
というか、壮大過ぎて困った。
カーライルさんの家の事だとか、ついついアレクシスさんに聞いてしまったけど、もしかしてこれってカーライルさん本人から聞いた方が良かったんだろうか。なんか…すみません。って気持ちになって来たぞ。
「そういえば、私が中央教会へ行く場合、アレクシスさんは…どうなるんでしょう?」
「…どう、とは?」
「えっと、あの、家庭教師として来て頂いているんです…よね?」
「そうですね。」
「あの、えっと、私、カーライルさんの個人的な話しも全然知らないし、アレクシスさんの事もやっぱりそうで。えーっと予想でしかないんですけど、アレクシスさんも、貴族の方…ですよね?」
目を、丸くされた。
う、すみません。ごめんなさい。人様の事をほじくり返すのいくない。わかってる。アレクシスさんとか、絶対過去の話だとか好きじゃないタイプにしか見えない。
あーでもなんか、今度は怖い目になってないから大丈夫なのか?どうなんだ。
コミュ力底辺には分析無理だよ!わかんないよ!ああ、でも、変な誤解だけはされたくない!
「言い辛い事や知られたくない事ならお返事なくて大丈夫です。ただ、中央教会に行く場合、アレクシスさんは元居た場所に帰られるのかなって。まだ色んなこと教えて欲しいとは思うんですけど、それをお願いするのは難しいのかなとか、アレクシスさんにも迷惑かかるかなとか、そもそも家庭教師のお願いって期間決まってたのかなとかそういう色々を考えてしまって、とりあえず、今後ってどうなるのか知りたくて。別にアレクシスさんの事をほじくり返そうとか、個人的な話だとか家の事とか聞き出したいとかじゃないのでほんとにそういうところだけは安心して欲しいというか!」
私は一気にそれらをまくしたてた。綺麗に言葉を並べる余裕はない。もう、考えてたこと全部ぶちまけて話す以外に私にできることが思い至らない。
ただ、カーライルさんにも、アレクシスさんにも、不快な事をしたくないと思ってる。
それだけはわかって欲しい。
それで、不快じゃない程度に、話を聞かせてもらえたら嬉しい。そう思うのだ。
私の言葉を聞き届けた後、アレクシスさんは数秒、何かを考えるようなそぶりをし、それから私を見た。
「疑問に全てお答えしなくても構わないと?」
「は、はい。知られたくない事を無暗に聞こうとは思ってないので。」
「それではご自身の身の振り方を考える素材が足りなくなるのでは?」
「でも、隠し事をしたい人に無理強いしても、協力してもらえないのでは?」
「…そう…ですね。」
複雑な表情を浮かべている。
とても珍しい表情で、なんというか…煮え切らない感じ?決めかねるというような?アレクシスさんが何かを決めかねているというのが不思議な感覚だけど、少し視線が宙に浮く様子はなんかいいなと思う。
普段ちょっと人っぽくないから、少しだけ、この人も自分と同じ人間なんだなって思える。
「では、アオ様の疑問にお答えしない代わりに、今後については協力する事をお約束します。」
またこちらに向き直ったアレクシスさんは、はっきりと私にそう言った。自分の事は、話したくないとはっきり言っている。
「今後質問しない方が良い事ってありますか?」
「生まれについては聞かれてもお話し致しません。」
「承知しました。」
「それと、私の教会内での地位も人に聞いたり詮索したりしないでいただきましょう。」
「誰にも詮索しません。」
「これだけ知っていて頂ければ結構です。」
私は素直に頷いた。
「それから、もともと私は中央教会に所属しておりますので、中央教会へもご一緒しますよ。家庭教師として、協力させていただきます。」
思ってもみない申し出に、私はすごく驚いて、でも、嬉しさが一気に全身を駆け巡る感覚に満面の笑みを止められないまま、宜しくお願いします!と、アレクシスさんに言ったのだった。