家庭教師様と私
お昼ご飯を食べ終えて、今度はアレクシスさんのお部屋の扉をノックした。
ノックをしてから思ったが、そういえば、アレクシスさんの部屋も入ったことないな。
カーライルさんの執務室といい、3ヶ月も生活してるとは思えない程の活動領域である。見よ、これが引きこもりヲタク属性だ!
って、誰にいってるんだ。私よ。
そんな一人突っ込みをしている間にがちゃりと扉が開き、アレクシスさんが出てきた。って、あれ?
完全に部屋から出てきてしまった。そして、扉がしまる。
「?」
目を瞬かせてアレクシスさんを見上げると、アレクシスさんは私の疑問に気づき小さなため息をついた。
「アオ様、未婚の女性が男性の部屋に不用意にはいるのはお勧めできません。」
「あ、そうでした。」
すぐに色んな事を失念してしまうが、貴族がどうだとか、淑女がどうとか、そういう社会なのだった。普段強い注意を受けたことがないのは、たまたま私が活発な人間じゃなかっただけだし、基本引きこもりだからだ。
こうして実際になにかをしようとすれば簡単にボロがでるし、考えの齟齬が見える。
それは致し方ない事だけどなるべく気を付けないと、このお屋敷で守られてる間は良いけどそれがなくなったときが怖い。
そう、中央教会で誰とどんな何があるかわからないのだ。よくよくマナーをもう一度おさらいしておこうと、私は心に決める。
あと、もとの世界でもテーブルマナーは一般人がまぁなんとか知ってる程度はわかってるし実践できるって感じの私だけれど、食べ方はとりあえず良いでしょうってラインだった様で、ちょっとしたこの国特有のあれこれを教えられた位で済んだ。もっときちんと指導しようと思えば色々ある。とも言っていたけど、とりあえず見苦しくない程度で勘弁して頂いた。
アレクシスさんはその辺りはまたおいおい…と、言ってくれたので助かった。
私は細かい指導を受けるより、美味しくご飯をいただきたい。だってここの料理人さんのご飯美味しいし。
一応、目の前に驚くほど美形で、所作も美しい二人がいるので、それをお手本にはして、気づいた点は真似る努力はしている。わからない時も、二人の動きを見送ってからなるほどと真似ている。ヲタクなので興味本位で真似たりこっそり演じるのは得意なんだな!
そのおかげか、少し前に食事の所作については自力での改善が見られるとお褒めの言葉も頂いた。
あれはめちゃくちゃ嬉しかった。
これからも頑張っていこう。
「テラスへいきましょう。話が聞こえる距離に人を近づける恐れもありませんから。」
そう言ったアレクシスさんは、とてもさりげない所作で手を差し出した。
これはあれだ、淑女の練習…。
実践しなければ身に付かないですからと、最近隙があればこういう風に促してくる。練習…練習だけど、アレクシスさんに触れるのは緊張する。
男性の手だからなのか、アレクシスさんだからなのか、それともただただ彼の顔面偏差値に殴られているからなのか。どれなのか全くわからないが、心拍数と体温がぎゅんと上がるこの感じは何度練習しても全然だめだ。これは家庭教師これは家庭教師これは家庭教師…呪文のように唱えるが、ほんとだめだ。
そして、淑女の練習がちゃんとできているのか、過度の緊張で全くなんにもわからない。これって練習になるんだろうか?
誰か教えてくれ。そして助けて欲しい。
私に冷静さを与えてくれ!こちとら恋愛偏差値底辺喪女だぞ!
そんなこんなで茹だった頭でもなんとか廊下を歩ききり、外へ出る。
よく一人でお茶会をしていた簡素なテラスと簡素な庭。アレクシスさんが先に言ってくれていたのか、お茶とお菓子のセットが完璧にされた状態で、芳ばしい香りが私の鼻をくすぐった。
「さ、どうぞ。」
アレクシスさんに引かれた椅子にそっと腰をおとすとちょうど良いタイミングで位置を直され、椅子はとてもちょうど良い案配で収まった。さすが、完璧なエスコート。緊張で何もかもわからなくなってる私とは違う。
というか、絶対的に育ちが違う。
わかる。わかるぞ。
アレクシスさんもカーライルさんと同じく貴族なんだ。そうに違いない。絶対そうだ。私にはわかるぞ。わかってるんだからな。
私の斜め前の椅子にかける姿を眺めるともなく眺め、やっぱりかっこいいなぁと思う。何でこれが3次元にいるのか本気でわからない。
存在そのものがマジで2次元。
「アオ様、今何を考えていらっしゃるんです?」
ぼーっとしていた私に、アレクシスさんがそう問いかける。
おっといけない。あまりにもキャパを超えていたからといって現実逃避してどうする私。
家庭教師様の指導が座学から実践に移ってきてからというもの、キャパ越えかーらーの、現実逃避が増えている。
「すみません。その、触れるのは、やっぱりなかなか慣れなくて。」
緊張でと誤魔化す事にする。私は元々人との接触が少ない人種なのだ。と、数度に渡り私はアレクシスさんに伝えてきた。
そもそも民族が違うんだ。
「では慣れてください。」
そして、その都度、アレクシスさんもそう重ねてくる。
いつもの流れだ。
そう、いつもの…いつものスパルタ。ちくせう。優しさをください。
アレクシスさんは、こう、いろいろと印象を裏切らない人で、家庭教師として厳しいというか、そういう理由での妥協は許してくれないというか。
もうちょっとまともな理由であれば、淑女らしからぬ行動でもけっこう融通を利かせてはくれたりするので、まぁあれだ、適当に誤魔化すにしてもそのうちこの言い訳は使わせてもらえなくなるんだろう。
もうちょっとましな理由なぁ…思いつかない。
だから私は
「善処します」
と、日本人らしい首肯を返しておいた。答えはすべていいえです。的なあれだとはおくびにも出さず。
さて、今後の話をするために自分用メモ用紙をテーブルへ出し、ペンの準備をしてから顔を上げる。
そのメモを、アレクシスさんは疑問の色を浮かべながら見てきた。
「これは自分用の覚え書きです。中央教会へ行くにしても、行く前に何とかしておいた方が良いと思った課題を書き留めてあります。」
「なるほど。」
メモの内容にゆっくりと頷き、確かにこれは理解していた方が良いでしょう。と、言ってくれたのでちょっと嬉しくなる。
自分で自分のウィークポイントを分析し、クリアするのは大事なことだが、そのウィークポイントがずれていれば無駄な時間を割くことになる。アレクシスさんのお墨付きであれば、この辺りを課題だと判断した自分の分析力に間違いは無いと自信がもてるというものだ。
アレクシスさんは本当に頼りになる先生だから。
私は上機嫌でそのメモに指を添えたのだった。
気づいたら家庭教師業の話になってしまいました。
おかしい…全然新キャラを出せない。
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