神の祝福とイケメン接種致死量限界
さて、私の思出話は一区切りとなったが、話の本題はそこではない。むしろ、この一番悲しくも痛々しい年齢の話は前座だ。
「私がこちらへ来た経緯と女神様とのやり取りについてはご理解いただけましたでしょうか?」
質問があるなら今のうち…と視線を向ければ、カーライルさんは多少呆然とした状態を引きずりつつ、アレクシスさんはキラリと光る眼光のまま、こくりと頷いた。
「では、本題に入りたいと思います。」
「本題?」
「はい、カーライルさん。ここまでの前置きは、お互いの認識齟齬を減らすための情報の公開でしかありません。」
既にダメージが大きそうなカーライルさんには申し訳ない話だけれど。
「既にお二人も感じていらっしゃるかと思いますが、どうやら神様とお会いしてる際に私に見えている光景と、皆様に見えている光景は全くの別物の様子。」
「それは私も思っていた事です。」
アレクシスさんが重々しく頷いた。
その頷きに私も頷き返す。
「その認識の相違をまずは改め、世間一般における常識を私は知りたいと思います。」
「お待ちください。わざわざ聖女様が我々の側にあわせる必要など…!」
あり得ないことだと訴えるかのような悲鳴に私はぼんやりと考える。
カーライルさんは一目私を見ただけで私を聖女と断言して信じ続けて敬い続けてくれている。
でも、そこでお互いに立ち止まるのはよくないだろう。依存は危険だ。どんな関係でも、私は私で立ちつつ、お互いが困ったときに助けられるような関係に修正する必要がある。
それをカーライルさんが望むかは別の話だけど。
「申し訳ないですが、そちらのご意見は却下致します。」
「まぁ、そうなるでしょうね。」
「アレクシス!」
「カーライル、アオ様の実際の年齢を鵜呑みにするかどうかはさておくとしてだ、普段口数が少なくわからなかったが、この方がご自身で道を決め進める精神年齢であることは確かだ。」
そうだろう?と、カーライルさんへ念押しするように声をかけるアレクシスさん。
以前からの勉強の様子で、見た目と中身が合致していないと考えていただろう事もあって、カーライルさん程のショックはなさそうで何よりだ。
それに、私とアレクシスさんの関係は完全にドライな教師と生徒のそれだ。アレクシスさんが、多少私に対しての何らかの責任を負っており、近くで守ろうとしてくれている様だと思うことはあるけど、それもまたお仕事であると思えば、私に必要以上に執着していると思う要素は皆無だろう。
気持ち残念に思うのは私の勝手な性癖のせいなので、考えてはいけない。
そう、恋ではない。
これは性癖だ。
見た目と声と所作と性格が、どれをとっても好印象なだけ。恋ではない。
見た目と声と所作と性格…ここまで来ると、もうあと何で減点したらいいんだ?
彼氏レベルの高さ…?
バカみたいなことを考えてるな。
彼氏になれるはずないじゃーんと、心の中で笑い飛ばす。そもそもほぼ二次元レベルのド性癖様と付き合うとか、現実味なさすぎである。
「話を戻すのですが、まず、私の場合、カーライルさんのお屋敷で…えーと、祈りが天に届いている?という状況なのはご存じだと思います。」
「屋敷の者から必ず報告するよう伝えていますが、多くて週4回。少ない時でも2回程は呼ばれていらっしゃると記憶しております。ここ最近はしばらく祈られていらっしゃらなかった期間があったようですが。」
カーライルさんの報告にちょっと引く。
カウントされている…。
いや、優秀。すごく優秀だ。ちゃんと数を把握し、その統計をとることは重要な事。
「その度私は神様とお会いしています。」
「それは…!」
アレクシスさんの目の色が変わった。
そんなにこの話題について知りたいのか。まぁ、話すけど。
「神様が言うには、担当されている場所の割り振りが神々の間にはあり、無作為な祈りであればまずその土地を担当する神様に届き、最初に届いた神様の裁量で行動されるか決めているということでした。そのため、ここ2ヶ月半、私は同じ神様とお会いしてます。」
「地域ごと…どのように割り振られているかはお分かりですか?」
「神様の感覚は人間と違うので、私たちの感じるここからここまで。というものとはどうやら違うらしい事だけは何となくわかったのですが…神様の言葉は、基盤となる世界の捉え方がわからなくて。」
私は首を捻りながら言葉を探す。しかし、やはりうまく伝えられる言葉が出てこない。
「つまりは、同じ領内でも、担当されていらっしゃる神様が異なる可能性があるわけですか?」
「むしろ、領地の境等それこそ神々には関係ないかと。」
「なるほど。アオ様の目には、この地の神様はどのように映っていらっしゃるので?」
「具体的な形は避けますが、ちゃんと人と変わらない姿形に見え、言葉も聞こえ、こちらの言葉もお聞きいただいており、毎回願いする事柄がないためお茶とお菓子をお出ししておもてなししてます。」
「お茶…」
「お菓子…」
「おもてなし…」
神様との交流にそういう行為を挟んだことがないお顔である。
本当に、神様への祈りと、願い事を聞き届けるだけの関係なのか。なんとも不思議だ。
私がお供えとか、生け贄とかの過去歴を持つ世界にいたせいだろうか?
こんなにも身近に神様がいるのに…いや、いないのか。そばに降り立っても見えない、聞こえないんだっけか。
お酒も交わせないのか。なんだかとってももったいない。
「では、祝福を賜るようなことはこれまで何度ございましたか?」
「うーん…私は神様にお願いしたことはないですが…」
思い出してみる。
あれ、そうだよ。そうだった。
「いつもの神様からはたびたび何かにつけて気に入られたものに対しての祝福を口にされてましたね。それから…」
私は、心底幸せな気持ちで、テーブルに置いた石を見た。
とてもきれいな紫の色。
「女神様が、願い事ができたらこれで直接お呼びしていいと、くださいました。あ、遅くなりましたが、アレクシスさん、ハンカチありがとうございました。とても大切なものだったので、本当に助かりました。」
麗しい麗しい女神様が、わざわざ私にくれた石。ただただそれが嬉しい。
「お役に立てまして、何よりです。」
「至上におわす御方から…直接…」
かっちりと頭を下げるアレクシスさんの隣のカーライルさんがどんどんと脱け殻のようになっていく。なんということでしょう。
温度差が広がってくなぁ。
「御方のお姿も…アオ様には見えていらっしゃるのですか?」
「女神様は…うーん。たぶん、見えてはなかったのかなと、思います。自信がないですが。言葉を交わし、撫でていただき、そ、それから…き…」
「き?」
「キスを…」
思い出して、ぷゅーっと赤くなってしまう。あの素晴らしい感触。やさしくやさしく撫でてくれた指先。
「「キス!?」」
ガタンッ
二人が同時に立ち上がり、その高身長から見下ろされる。
「ひゃっ!?」
高さがあるし、べらぼーに顔が良いし顔が良いし顔が良いので、なんか、めっちゃこわい。
ここまでお仕事モードで、半ば、上からモードも被っていたのに、それが一気にひっぺがされそうになる。
「あ…あの?」
ビクビクしてはいけない。仕事をするときは毅然と。じゃないと、相手がくみしやすしと付け上がってくるだろ。いや、このお二人は付け上がるとかは無縁だとわかってるけど。
「キス…ど、どちらに?」
「神からの…祝福…最上位の方から…?あり得るのか…?」
さっきまでと打って変わって私に聞いてくるのはカーライルさん。
アレクシスさんはブツブツと自身の思考をまとめようと何事かを呟いている。大丈夫だろうか。尋常ではない様子だけど。いや、カーライルさんもどうも尋常ではない様子だけど。
「あの、額に…」
さらりと、前髪に触れて、思い出してまた赤くなる。やっぱだめだ。嬉しさと幸せと色んな物で満たされてしまう。
恐るべし。女神様。
「!!」
「み、御印…」
私が照れて心底でれでれしていたら、唐突にアレクシスさんに腕を捕まれた。
いつの間にか、テーブルを回り込んで…いや、乗り越えたのか?どっちかわからないけど、前髪を弄っていた左手を掴み、私の顔もとい、額を凝視している。赤い瞳が近い!近すぎる!!
ひえっ!まって!心の準備ができてないのにそんな接近されたら…されたら…………
「…っ!」
恥ずかしすぎて、心臓ばくばくしすぎて、身体中がぶわって沸騰したみたいになって、な、なにも、わからなくなる。
ひぇ…なに、これ。
なにこれぇぇ…
見えているはずの顔もわからない。
綺麗な赤だけが鮮やかだ。
爆発しそうな体と、感極まったかのような感情の振り切れで、私は、段々と視界がぼやけ始めた。
「あ…あれく…しす…さ………」
声が震える。
喉になにかが引っ掛かったように上ずる。
そして、アレクシスさんの視線が、歪んだ視界の向こうで私を見てくれたようだった。
「っ!」
息を飲む音がした。
手がやっと離されて、その瞬間、ぐんっとなにかに引っ張られるようにアレクシスさんの体が私から遠退いた。
い…今までで一番危なかった…。
イケメンが致死量で死ぬ…きっと死ぬ…!