赤と青の温度差に風邪ひきそうです
人間とは、同じものを見ている様で、全く違ったものの見方をしているものである。とは、30と少し生きた人生でずいぶん私を痛めつけてきた事実であった。
ごめんね。と、謝って『いいよいいよ』と言ってくれても、裏では『ヘラヘラ笑って』と言われるもので。
友達面した女の子程、聞きたくもないそういう知らなくても良かった事実を教えては、柔らかいところをえぐってくるのだ。
でも、言っちゃなんだが、みんな結構へらへら笑って『ほんとにごめんね』って言って手を合わせて『ね?ゆるして?』って言って『しょーがないなぁ』って言葉を引き出してそれで終わりにお互いしている。私が突出しておかしいわけでもない事を、後に気づいたりなんかして。その頃にはどんな顔して人と相対すればいいかわからなくなって正解を見失ったりして。人とのコミュニケーションはだいたい他人に踏みつけられた後だったりして。
まぁ、そんな明るくない話はさておいてだ。
これまでの経験から言うと、人は同じものを見てるようで見てないっていうのは、感受性や予備知識やその人の生きてきた常識の枠によって決まるものだったわけだけど、物質の種類やその存在を作るエネルギー体等の根源的理由でそういう事が起きるという事態に直面している今現在。
私は一旦自分と相手がどのくらい何が違うのかという話しから向き合う事に…決めた。
深く、息を吸って、吐く。
なるべく落ち着いて話そう。と、気持ちを仕事モードに切り替える。
人と違うという事実は酷く恐ろしいものだから。
ギシギシと鳴る心を必死に動かして、私は一歩を踏み出す。
「以前、私は別の世界からこの世界に神様に呼ばれてやってきた事はお話ししたと思うんですが…」
カーライルさんはこくりと頷いて私の言葉に同意を示した。
アレクシスさんはいつもの硬質な顔に戻っているけど、あの話をするのか?と、その目が問いかけているような気がして…やっぱり、カーライルさんに話さないでいてくれたんだなと、私はちょっと笑顔を浮かべた。
私がいたのは魔法のない世界である。
カーライルさんたちが生きるこの世界の様な身分制度は、昔はあったけど民主主義だとか、共産主義だとか、資本主義だとか、そういう別の体制にとってかわった後の世界。
王族は残っているけど、国の顔として敬われているし私も陛下の事は大切だと思ってるけど、国を動かしているのはもう王ではない世界だ。
文明の進歩率は、普通に生活している分には…そんなにこっちも不便じゃないから、比べるのは難しいんだけど、そもそも魔法があるのとないのじゃ進歩する方向もやり方も変わるわけで、一市民からどっちの方が上とは、ちょっといいがたい気もする。
でも、馬車で移動してるのを見ると、そっちの手段はあちらの世界の方が上なのかな?と思った。
水の事情は魔法で解決されているし、下水処理も完璧。
厨房の火も、魔法で賄われている事は料理長にお菓子を作らせてもらっている時に知った。
炊事洗濯お掃除も、人の手でやる場所、魔法に頼る場所さまざまなのもチラチラと見てきた。
それはさておき。
そういう世界だったから、ほとんどの人間は身分がどうとかっていうのと関係なく、勉強をして、自分のしたい事を見つけて、その仕事をしてたし、私もそうだった。
働き始めてからずっと馬車馬のように働いて、大分頭おかしくなっていた自覚はあるけど。
とにもかくにも、私の生活といえば、自分の事は自分でして、ごはんも掃除も洗濯も自分でやって、働いて稼いで、一人で活きていた。
そうして、死んだ直前の記憶はないけど、恐らくはもう、私は死んでいる。女神様も言ってたし。私もすんなり受け入れられた。純然たる事実だと。
そんな、恐らくは死んでいる程度の事実しか持っていない私。死因は思うに、過労死かと思われる。
さすがに毎日エナドリは死期を早めるとか、30で死ぬとか、ツイッターでもこういう知り合いがいたからやめてくれ!みたいなツイートもよく見かけた。
でもなんだろうね?私はたぶん、私に追い込まれて、追い込んで、そこまで来ててもそれでも、仕事をしなくなったら出来ねーやつと言われて席が無くなるのが怖くてできなかったんだよね。
今ならわかるが、あれだけ貯蓄してたんだし、半年くらいニートしたって罰はあたらなかっただろうに…と、思う。
おっと、直ぐ私は思考を脱線させてしまう。
そんな感じで、私はきちんと成人し、自分で稼ぎ、生計を立ててきた。それは特別なことは何もない生活だった。
私はとても平凡で、突出した才能もなく、普通の生き方をしてきた。
「そして、理由は不明ですが死んだ私を女神様がなでなでしてくださっていたのが、ここに来る前の、私が関知できた事柄だったと思います。」
「…なでなで…?」
カーライルさんの疑問符のついた声がそっと出て、思わず出た本気の疑問なんだろうなと思った。
「女神様との会話の詳細はもう曖昧になってしまって判然としない箇所が多いですが、何でも、世界に聖女が足りないのだとか。それで、聖女として世界を越えてきて欲しいと。」
私の昔語りが終わると、アレクシスさんが目を光らせた。
「選ばれた理由は?」
「不明です。」
「聖女の基準は?」
「不明です。」
「なぜ聖女になれたのですか?」
「不明です。」
「死んだという事は生き返ったという事でしょうか?」
「正確には違うかと。」
「しかし、新しい命として生まれてはいない。」
「時間をかけられないという事で、体は女神様が用意されましたのかもしれません。」
「なぜそう言い切れるのです?」
「私、お二人より年上なので。」
「……」
「……」
ここまで怒涛の応酬となったが、唐突に静寂が部屋に広がった。
私がここまでしゃきしゃきとアレクシスさんの言葉をぶったぎっていることに驚かれたのかもしれないし、内容に頭が追い付かなくなったのかもしれない。またはその両方だろうか?
昔から、私は自分のことを話すのは苦手だったが、役割に則った対応はスムーズだった。
仕事とはいいものだ。役割、役職、職務内容に則れば人と話すのはとても楽にできる。
今の私は、全て神様と私のことをありのまま話すという役割を自身に課した状態で話している。つまりは、知らないことは知らないし、そこに責任を持つことは一切できないと割りきれる。そして、わかる事は全て純然たる事実。
こちらに来てからこれまでで一番しゃべっているなと思いながら、痛みを感じ始めた自身の喉を撫でた。
と、テーブルのお茶を思い出す。
アレクシスさんが淹れてくれたお茶だ。
ありがたく、そのカップに口をつける。さめていてもお茶は美味しかった。
「としうえ…?」
カーライルさんが呆然と口を開く。
まさか、一番衝撃を受けてるの…そこですか?
私はそれにビックリしながらこくりと一つ、首肯を返した。
「恐らくは。お二人のご年齢をハッキリと聞いたわけではありませんので思い違いの可能性もありますが。」
しかし悲しいかな。私はだいぶお年を重ねているのだよ。
もし見誤っていたとしても、ギり同い年の可能性。わずかでも、その可能性にすがりたいが、どうせそうは問屋が卸さないのだ。そうに決まっている。
心の中は半ばなげやりだ。
「歳を聞きたいですか?」
ショックを受けているカーライルさんに追い討ちをかけるのもなぁと思いつつ、一応、ご希望を聞いてみる。
すると
「是非」
と、アレクシスさんがだいぶ食いついてきた。
研究バカとはカーライルさんが言っていたが、私の年齢も、彼の研究の参考対象になってしまったらしい。なるほど。なかなか強靭なお心のようで良かった。
「先にお二人の年齢を伺ってからでもよろしいでしょうか?」
「なぜ?」
「これでも、私もお二人の方が歳上でいらっしゃったらいいなと思っているんです。ショックの緩和にご協力頂きたく存じます。」
「…」
カーライルさんを置き去りに、アレクシスさんは思案げに私をじっと見ている。
これでも心は乙女なのだ。
ほんとうにほんとうに心のそこからアレクシスさんが事実歳上であったら良いのにと思っている。初対面の時から。
「カーライルが29、私が31です。」
「そう…ですか」
結局、聞いてすごくがっかりした。そうか。31か。カーライルさん、20代かぁー。
あーむなしい。
「では、手を出してください。」
「?」
さすがに声に出すのは恥ずかしい。
永遠の18歳()って事にしたいくらいである。
でも、今事実をねじ曲げてもいいことがある気がしない。
いぶかしげな目を向けて来ながらも手のひらをこちらに向けて差し出してくるアレクシスさんの手の上に数字を二つ並べる。
「この歳です。」
「……」
私が数字を書いた手をじっと見たあと、また私を見る。
「この体は女神様から頂いた。ご理解頂けましたでしょうか?」
年齢、言わない方が良かっただろうか。
カーライルさんの顔をみるに、少しばかり思いきりすぎた自分に後悔し始めるが、いやいや、決めたじゃないか。話すと。
私は二人の視線の温度差にさらされて風邪ひきそうと、心の中で呟いた。