尊すぎる麗しの女神様
私の精神的疲労はさておき、辿り着きました教会です。
「教会へいらっしゃるのは、聖女様がこちらにいらして以来ですので、2か月半ぶりでいらっしゃいますね。」
「そういえば、そうですね。」
カーライルさんが嬉しそうに話しかけてくれて思い出す。お世話になり始めて2か月以上も…経っているのだ。
馬車からは先にカーライルさん、アレクシスさんが降り、私もそれに続こうとすると、手が差し伸べられた。
正装のアレクシスさんは白い手袋をその手にはめている。
硬質な美貌にどぎまぎする。
めちゃくちゃ緊張しながらそっと手を重ねて、踏みそうなドレスの裾をよけようと、スカートを軽く左手でつまむ。
ぎくしゃくした動きながらもなんとか無様に転ばずに済んだ。
教会の壁は白い材質でつるりとした表面をしている。これまた継ぎ目とかどこなんだろうって不思議になる材質だ。
カーライルさんが先導する後についていくと、両開きの大きな扉が開け放たれていて、一般の方々が出入りしているのが見てとれた。周辺地域にお住いの方だろうか。みんな、これから働きに行く様な服装で、仕事前のお祈りの時間なのかもしれない。
しまった。朝から来たりして、参拝のお邪魔になってしまうのではなかろうか。
マイナス思考が先走るが、いやいや、私よ、落ち着き給えよ。
私もただのお参りさ。
ささっと終わらせてしまえばいい話だよ。
というか、参拝とかお参りって言うのかな?この世界。
首をひねりつつカーライルさんの背中を追って、アレクシスさんに手を取られて中へ入る。
多くの人々が入れ代わり立ち代わり思い思いに祈りをささげている。
扉から入ってすぐ左右の通路へ進み、並ぶ長椅子に腰をおろし、胸に両手を重ねて頭を垂れる。
皆余計な言葉は発さず、粛々と祈りを捧げていらっしゃる。
そんな皆さんを眺めながら、私はなぜか、扉からまっすぐに伸びる通路を通って真っすぐに一番奥の祭壇へと誘われていく。私たちが通るたびに、皆さん顔を上げ、息をのむ声がする。
いたたまれない…。私はもう、遠い目をした。
祭壇に辿り着く前に3段の段差。
う…思い出した。これが難関なんだよ。罠なんだよ。
私を無様に転ばすために存在しているとしか思えない。
アレクシスさんの手という支えと、スカートのすそを持ち上げる自分の左手が頼りだ。頑張ろう。
そろりそろりと段差を上がり、突き刺さる視線に耐えて歩を進めると、正面を歩いていたカーライルさんが左側に避けて行った。
しばしその背中を視線で追ったが、正面からの光が直接私に当たり、きらきらと視界の端に映る。見上げると、大きなステンドグラスが眼前の壁にはめ込まれていた。
ステンドグラスには神々が天より大地を見下ろし、その手から惠の光がもたらされ、大地に百合が咲き誇る様が描かれている。
その一番上に描かれた方は、きっと女神様だろうと直感でわかった。
神々を統べる美しく慈愛に満ちた方。
その様に描かれるのは、きっと不本意だろうお方。
たった2ヶ月しか経ってないというのに、もうどのような形だったかほとんど朧気でわからなくなっているけれど、それはそれは麗しい方。手の柔らかさ優しさ安心感を覚えている。声の美しさ素晴らしさを覚えている。今でもこんなに胸がいっぱいになる。
ステンドグラスのはるか高い位置にあるお顔は判然としないけど、ただ、そこに在るだけで尊いと思える。
そんな風にぼーっとステンドグラスを見上げ続けていると、ふわりと、ステンドグラスの女神様が輝いたように見えた。
あれ?と思って何度か目をパチパチさせていると、次第にステンドグラスから光をまとった美しい姿が現れ、降りて…きた…。
「め…がみ…さま」
「うふふ、やっぱりあなたは私の聖女ねぇ。私に直接声が届くなんて、いつぶりかしらぁ。」
大きく胸が鼓動を打ち付ける。
すごい。すごくきれいな声と、全容が全くほんとに全くわからないのにただひたすら麗しい姿。
私が覚えている通りでもあり、違う様でもあり、でも、お会いできるだけでこんなにも嬉しい。
「また声が聞こえてしまっているわよ。」
「えっ!わっ恥ずかしい…」
うふっと笑って、女神様は満足そうに私の頬を両の手で挟んだ。
この手も、私は覚えている。とてもとても幸せになれる手。とてもふわふわで安心する手。
「そのドレス、よく似合っているわ。あたくしに見せに来てくれたのかしら。」
「あ、えっと、教会に来るなら着たらどうですかって、カーライルさん…この教会の管理の方が言ってくれたんです。喜んでもらえて、すごく、うれしいです!」
心底嬉しそうな瞳が目の前にあって、私は心のそこからカーライルさんに感謝した。
まさか、女神様にお会いできるなんて思ってなかったのに、奇跡だ。
「そう。ふふ、では、この地へ、あたくしから贈り物を一つしなくてはね。」
「贈り物ですか?」
「貴女は無いのかしら?あたくしへのお願い事」
「そんな、私なんかが女神様に直接お願い事なんて!」
「…貴女はあたくしの願いを叶えてくれる。あたくしの聖女。自分をもっと愛しても良いのよ。」
「愛する…それってすごく、難しいです…あの、女神様の願い事って、なんですか?」
私は、それを、叶えたい。
「そんなに不安がらないで。大丈夫よぉ。」
優しい手が、頬を挟んでふわふわと触り続けてくれる。
「貴女はあたくしの願いを叶えてくれた。そして、これからも叶え続けてくれる。」
額に唇がふわっと落とされて、満たされる。
「でもそうね、貴女は願い事を持たずにまたあたくしを呼ぶでしょうから、これをあげるわ。」
「わっわっ」
頬から離れた手が無造作に何かを放る仕草をするものだから、私はあわてて両手を掲げる。
何も持っていなかったはずの手からは、紫色の小さな宝石がキラキラ輝きを放ちながら落ちてきた。
小指の爪程もない縦長の宝石は、ちょっと何かの種のようにも見える。
「あたくしにお願い事がある時に、それを潰してあたくしをお呼びなさいな。」
「綺麗…」
「ふふ、素直で本当に良い子ね。ではね、きっとまたお呼びなさい。」
「女神様っ」
呼び止めようとしたけど、女神様が優しくさっきキスしてくれた額を、それはそれは優しくなでてくれて、私は声も動きも息すらも全部、止まってしまった。
額が、顔が、熱い。
あとはその姿がまたステンドグラスに戻っていく様な、神々しい光景を見送るのみ。
あぁ…やっぱり…やっぱり…
女神様はめちゃくちゃべらぼーに尊いお方でした!
鼻血を出さなかった私グッジョブ!!