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いざ、約束の地へって早くない!?


「仕事は片付けましたので、是非、本日教会へお越しください。」


 朝食の席で、美しい顔を綻ばせて言われた言葉に、私は口に運ぼうとしていたサラダをポロリとお皿へリリースさせてしまった。

 お皿の上で良かったー。セフセフ!


「え、あの、お願いしたの、昨日ですよ…ね…?」


 私だけ実は数日時間をすっ飛ばされたのかと疑ってしまうが、笑顔のカーライルさんはしっかりと頷いてくれたので、私の勘違いだとか、私だけ世界に置き去りにされてるとかそういうことではないらしい。異世界にこれるなら、時間も飛ばされる可能性も無きにしもあらずと思ったが、そんな現象に見舞われてはいなかったらしい。ひと安心。


「昨日のうちに急ぎのものは片付けましたので、ご安心ください。」


 ゆ…優秀ー!!


 呆気に取られる私の耳に、アレクシスさんの小さなため息が聞こえてきた。たぶん私とは違って状況を知っているだろうアレクシスさん。ちらりと盗み見た顔はいつもの真顔よりも少し呆れている色を浮かべているように思えた。


「せっかくですし、最初にお召しになられていました白いドレスでいらしてはいかがでしょう?」

「えっ?」


 私は目を白黒させてカーライルさんの言葉を聞く。


「いと高き頂きにおられる方がお与えになられたお召し物ですし、きっとお喜びになられるのでは?」


 そもそも、こちらに来た時に着ていたものに対する記憶がとんとない。

 別の世界にいた時に着ていた様な服ではなかったとは思うのだけど…。たしか…裾を踏みそうな位長くて、転ばない様にするので必死だったような…?

 うーん。

 やっぱり思い出せない。私の記憶力よ頑張って!?


 その後もぐもぐと朝食を食べて、あ、今日はガレットでした。生地が私好みでめっちゃおいしかったのでお水を注いでくれたマリエさんにそれを伝えて綺麗に完食した。


「では、玄関ホールでお待ちしておりますので。」


 と、にっこり笑うカーライルさん。

 着替えは決定事項かぁ。そうか。美形の笑顔って圧があるよね。

 まぁでも、せっかくだから女神様が私にくださったものがどんなドレスなのか、興味はある。だって、女神様がくれたものだよ?あのすごく麗しい方がくれたもの。なんて素敵なんだろう。

 記憶はないけど。


 部屋に向かい、クローゼットを開ける。

 どれだろう?

 首をひねる私に、一緒に部屋に来た侍女さんたちが、にこにこと笑いながらこちらですよと一着のドレスを出してくれた。

 基本、着替えや入浴は手伝ってもらう文化ではなかった…というか、私はただの一般市民だった事をあらかじめカーライルさんに伝えていて、自分でやっている。

 ただ今回は、裾の長いこのドレスをしわくちゃにせず着れるかが問題だった。

 また、首をひねる。

 いけるか??


「宜しければ今回はお召し替えのお手伝いをさせてはいただけないでしょうか?」


 一歩進み出てくるのはノラさん。

 その方が良いのは明白なんだけど、すごく、恥ずかしいのも事実で、自然、顔が熱くなる。


「う…その、そういうのは慣れてなくて…」


 視線をうろうろさせるが、このまま着替えないわけにもいかないだろうし。

 私は何とか羞恥心を胸の奥にねじ込んで、小さな声でお願いした。


「よろしく…おねがいします。」

「はい、承りました。」


 ノラさん他、周囲の女性たちは嬉しそうににこにこと笑った。


 ドレスは柔らかい白色の生地で、とても不思議な光沢をもっていた。まるで真珠みたいだなぁと、その表面を見ながら思う。

 胴体部分は柔らかく体にフィットして締め付けもなくとても快適で、飾り一つなくとてもシンプルだった。

 襟ぐりは、鎖骨が見える広さで開いていて波を描くような不思議な形をしており、灰色がかった水色のラインが二本入っている。

 スカートは記憶通り長くて、普通に立つと私の足がきれいに隠れる長さ。柔らかい生地のため真っすぐに下に落ちて清楚さが際立っているけれど、このスカート、いわゆる全円スカート的な奴で、くるりとターンしたらきっときれいに広がるような、そんな感じだった。

 袖は肩から肘まではピッタリとしていて、肘から先が広がっている形。袖の長さは手首の骨が出てるとこより短めで、手が動かしやすくてとてもいい。

 そして、これは手袋というのかわからないが、中指から手の甲、そして肘までを覆うレース生地のものをはめている。中指の上には紫の石が付いていてとてもきれいだ。

 それにしても不思議なもので、このドレス、身頃やスカートに至るまでどこにも縫い目や境が無いんだけど…どういうことなの。それで体にフィットするのだから本当に不思議だ。これが神の御業か…。


 着せられたドレスが美しすぎる…。


 ところで、ドレスの裾で転びそうという心配は、カーライルさんの悪癖であった貢ぎ癖のおかげで事無きを得ていた。いつ作ったのか知らないけれど、このドレスにあわせて作られた靴が用意されていたのだ。

 白い生地に光沢の変わりに半透明のきらきらとした小さな石をそれとなくいくつもつけてあって、灰色がかった水色のラインと、大き目の紫の石がポイントになっている綺麗な靴だった。

 これ、いくらしたんだろう…怖い。

 恐る恐るそれを履くと、ヒールのおかげでドレスの長さがいい感じになった。

 恐るべし。カーライルさん…


 着替えが一通り済むと、今度は顔と髪らしい。

 相変わらず侍女さんたちはにっこにこである。


「普段お化粧はされていらっしゃらないですが、本日は少し白粉をさせて頂きますね。」

「髪型はいかがいたしましょう。結い上げるのも素敵だと思いますが、清楚なドレスでございますので、髪を後ろで流すのもとてもお似合いになると思います。」

「口紅はご希望ございますか?最近はピンクが流行りだとか。」


 口々に言われる言葉に、そんなに色々しなくて大丈夫。大丈夫です。女神さまがくれたこの容姿は、それはもうとても十分清楚でかわいい理想の聖女の顔なので安心してください。

 と、心で唱えながら鏡越しに嬉しそうな顔を眺める。


「出来れば、あまり色々塗りたくはないので、白粉だけで口紅はなしでお願いします。髪は…お任せします。」


 何とかそう言葉をひねり出すと、彼女たちは髪型について白熱した議論を始めた。


 気高さを押し出すように上に高く結い上げてまとめ上げるのはどうでしょう。うなじがきれいに見えるでしょうし…いえいえ、まとめ髪を横から垂らしつつ、そこに幾重にも細いリボンを巻き付けてさりげない華やかさを。まってこのドレスとお化粧のご希望からうんぬんかんぬん


 いやぁ、ほんと、すみません。

 申し訳なさが募るばかりだが、議論を交わしながらも化粧水をつけ、乳液をつけ…と、その手はプロの技を私に見せてくれる。される側は、まさにまな板の上の鯉。この世界に鯉っているのか知らないけど。

 すごい。すごいよ侍女さんたち。

 出来上がっていく顔。

 丁寧に塗られるリップ。

 いつの間にか話がまとまったらしく細工されていく髪型。


 最後に出来上がったのは、言葉にするのは難しい髪型だった。

 後頭部右上から左こめかみにむかって私の知らない編み方がされ、それをお花のコサージュでとめ、コサージュの根本から今度は右下へ同じように編まれ、耳の後ろでとめられ、また左下へ。

 計三カ所コサージュでとめられ、残る髪は全て綺麗に後ろへ流れている。

 こ、これ、なんて…エルフ的髪型ーー!!!!

 うおおおおおおっ私じゃなければ、後ろからもっとじっくりしっかりこの美しさが見えるのに!解せぬ!この髪型をしてるのが私とか、ほんと解せぬ!!

 しかし、女神様がくれたこの見た目に、この出来上がりは本当に素晴らしい。

 それはちゃんと胸にとどめておこう。


「ありがとうございます。とても素敵です。」


 いつもはしないが、どうせ見た目若いのだから、少しくらいはしゃいでもいいだろう。と、私はくるりとその場で1回転半して侍女さんたちに淑女の礼をとった。礼儀作法もアレクシスさんから習っているのだよ。ふふふ

 私の作法の出来栄えはわからないけど、皆さんが感激して涙目になってくれているので、まぁ、その、なんだ。ファンサみたいなものだよねと思って笑顔もつけておいた。

 恥ずかしくなるのでもう深く考えるのをやめよう。


 部屋を出て、玄関ホールへと向かうと、既にホールにはカーライルさんとアレクシスさんが待っていた。

 長身で手足が長くきれいな顔をしている二人は、同種のお人形のようにも見える。


 銀髪にも見える水色がかった薄灰色の髪と、切れ長のアイスブルーの目をしたカーライルさんは、生真面目さや潔癖さからくる硬さがあり、そこがビスクドールのような冷たさをはらんでいそうなのだ。

 漆黒の髪に、紅玉のつり目のアレクシスさんは、どちらかと言えば鉱石や金属の様な頑なさや気難しさが強く、表情を大きく変える事のない静謐さが、無機質さを生んでいる。


 本当に、美しいなぁとしみじみ思いながら私はホールに進み出た。


「聖女様、やはりそちらの装いはあなたのためにありますね。とても美しいです。」


 臆面もなく言われる言葉に、顔が火照るのがわかる。


「あ、ありがとう…ござい…ます。」


 言葉もどんどんと小さくなってしまう。

 恥ずかしい!めっちゃ恥ずかしい!

 そんなたいそうに誉めなくていいよ!女神様が作ってくれた私はほんとに綺麗なのは私も知ってるから!だから!似合ってますね。位の言葉でおk!!


 床に落としてしまった視界に、コツリコツリと歩いてくる黒い靴とズボンが見え、私は顔を上げた。


「アオ様、お手を。」

「えっ」

「せっかくですので、マナーでお教えした事を実践致しますよ。」

「そんな、急に!?」


 正直めっちゃビビってる。

 うまくできる気が全然しないよ!?

 困り顔で見たアレクシスさんは、いつもちゃんとした装いを崩さないが、今日は更にきちんとした正装をしているように見えた。


「もしかして…着替えてくださいました?」

「アオ様に合わせた装いにするのも仕事のうちですのでお気になさらず。」


 こ、これは…できないとは言えないやつ。

 埋まりきった外堀…もとい、アレクシスさんの正装を見上げて、私は観念した。


「で、では、エスコート、よろしくお願い致します。」

「承りました。」


 何故だろう…

 私はただ教会へ行ってみたかっただけなのに。


 既にぐったりしながら、私は馬車へ乗り込んだ。

 裾をやっぱり踏みそうで、心底恐怖を味わいながら…




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